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波照間島・照島荘のある風景コミュの波照間島節について【島の民謡】

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 島に行ったら、島の人・土・風・汗、そして切実な思いを謡いこんだ民謡を聞いてみたいもの。
 代表曲は、やはり「波照間島節」。1975年11月26日付で「波照間伝統芸能」として竹富町無形民俗文化財に指定されている、文化遺産です。島の芸能で舞踊として謡われるほか、島の人はもとより波照間を訪れる民謡好きな旅人にもよく謡われています。
 なお、八重山古典民謡の「波照間島節」と、波照間島で謡われている「波照間島節」は、やや違います。離島の民謡には、そういうものがよくあります。
 正確に謡うことは難しいですが、島そのものといってもよい曲であり、間違った伝承にならないようできるだけ原音に忠実に謡うことが求められています。(島の唄者によく怒られました)

 ここでは島の唄者のひとり、後冨底周二氏のCDやムシャーマでの演奏から採譜したものを掲載します。方言の表記は標準語50音にない音もかなりあり、ひらかな表記は難しいですが、できるだけ忠実に拾うようにしました。

るんるん歌詞
波照間の島やよ ハリ男女ユイナ 豊まれ ショウライ
(はてぃるまのすぃまやよ ハリぃだんじゅユイナ とぅゆまりぇゑ ショウライ)

下八重山の島やよ ハリ男女ユイナ 豊まれ ショウライ
(しむやいまのすぃまやよ ハリぃだんじゅユイナ とぅゆまりぇゑ ショウライ)
※「しむやいま」の発音については、書き込み(1)(2)(3)(4)を参照のこと。

肝ん受き願より ハリ胸に受き 願より ショウライ
(しむんしきにがより ハリぃんねにうき にがより ショウライ)

首里ぬ上が願より ハリ上ぬ上が 願より ショウライ
(しゅいぬうぃがにがより ハリぃういぬういぃが にがより ショウライ) 

白水ば給らり ハリ甘水ば給らり ショウライ
(しるみづぃぅばぁたぼらり ハリぃあまぁみづぃぅ ばぁたぼらり ショウライ)

*音韻上の特徴
・1番と2番は冒頭の格助詞が「波照間の島や」というように、「ぬ」ではなく「の」で謡われている。所有格によって使い分けがあるのか。
・「下八重山」「肝」「白水」の「し」と「島」の「すぃ」は使い分けられているように感じる。
・「胸」の「む」は「ん」に近い。(沖縄全域)
・「波照間」「白水」の「る」、「給らり」の「ら」「り」、「ショウライ」の「ラ」などラ行は、舌で口蓋を弾く音の「r」より、舌が前歯の裏の根元につく前舌音、もしくは中舌音に近い。
・「上が」などの「う」は、口を丸く突き出す「う」。(母音を明瞭に発音する関西方言の「う」に近い。関東方言は口をあまりあけない「う」)
・「肝ん受き」など「ん」は、口を開かない「ん」。

るんるん工工四

(前奏)合七'五 尺 工 工老'上 尺老'工(繰り返し) 

はてぃいるー  ま  の    すぃ    ま   や 
 ○ 工 五 工 五 工老'上尺'上 工 老 上 尺 四 老 

  よ    はりぃだ ん じゅゆいなー    □  とぅ
 合 合老'四 上 四 乙 合 合老四 工 老 合老'上 尺

  ゆ   まー  りぇぃ しょう ら  い  □(後奏)
 工 合尺'工 五 工 ○ 尺 上 尺 工 合七'五 尺 工

 工 工老'上 尺老'工


exclamation ×2無形民俗文化財「波照間島節」
 波照間にはユンタ、ジラバといわれる労働歌や行事歌などの古謡が豊富で、「昔は『波照間の人とはユンタ、ジラバなどの歌のカケ(競争)はするな』といわれるほど古謡は盛んだった」といわれるくらいでした。昭和3年から36年にかけて盛んだった鰹漁で、壮年男子が夏場の農作業から消えたことでそれらは一気に衰退してしまい、今ではごくわずかしか伝承されていません。戦時中、西表島のマラリア汚染地域への強制疎開による「マラリア地獄」で島民の大半が亡くなられたことも、影響はあったかもしれません。
 この「波照間島節」のような、ユンタやジラバと相互的または派生的に発展した「節歌」は、今日でも三線にのせて謡われ、保存・継承がはかられています。1975年11月26日、「波照間島節」は「夜雨節」「祖平花節」「太鼓(テーク)」とともに「波照間伝統芸能」民謡・舞踊の部として竹富町無形民俗文化財に指定されています。1991年9月11日付で、「波照間口説」「世果報節」が追加されています。

   

コメント(11)

冨嘉出身の玉城功一先生によれば、「下八重山」は「シィムヤマ」(「ヤ」は「イェァ」みたいな発音に聴こえる)で、本来「シムヤイマ」とは言わないとのこと。周二さんのCDで「シムヤイマ」と唄われているのは、あれが定着してしまうとちょっとまずい、とおっしゃられていました。81年に出た「波照間のムシャーマ」に載っている、功一先生の採譜した島節の工工四では「シィムヤマ」とふりがながふられています。
確かにC.Ouwehandの”HATERUMA"で採譜されている、アミジワーのときに詠われる雨乞いの神歌の歌詞でもshimuyema(eの上に-)(simuyema)(iの上に.. 、eの上に-)となっており、訳書では「シムイェーマ(シィムイェーマ)」と記されています。
ちなみに「下八重山」は波照間を指す言葉で、「上八重山」で石西礁湖以北の八重山諸島を呼ぶのと対になっています。兄妹の神が八重山諸島に降り立ったとき、兄が石垣の於茂登岳に、妹が波照間に降り立ったことに由来するとの話もあるとか。
すみません、書名訂正です。
誤:81年に出た「波照間のムシャーマ」
正:1982年に出た 「波照間島のムシャーマ〜南国の豊年祭と祖先供養の祭典〜」(波照間民俗芸能保存会編)
 yuduamiさん、実は僕もここの部分が気になっていました。
なぜそう感じたかというと、これまで何度かたましろ荘のお客さんで民謡をよく勉強されている知人の何人かがこの部分を歌っているのを聞いて、玉城先生の影響でしょうか、みなはっきりと「シィムヤーマノ」と発音されているのです。それで、たしかによく考えたら「シィムヤイマノ」はおかしいなと思っていました。「八重山」の発音は地元では「イェーマ」としか聞こえず、なぜだろうと思っていたのです。もちろん、自分の知る範囲では、石垣島でも「イェーマ」「エーマ」でした。
 それと、格助詞の「ノ」と「ヌ」の使い分けが正しいのかと思っています。
なかなか深いところですが、またご教唆ください。


  
yuduamiさん
沖縄国際大学南島文化研究所「波照間島調査報告書」(1982)の豊年祭の神歌の中の表記に「シムヤマ」、沖縄県立博物館「波照間島総合調査報告書」(1998)の豊年祭の同じ神歌の表記にも「シムヤーマ」の表記がありました。


  
うちなだんちゅさん。
やはり本来は「シムヤ(ー)マ」「シムイェーマ」で、標準語風な読み方に変化すると「シムヤイマ」なんでしょうかね。「日本民謡大観 八重山篇」には1978年に当時70歳の老人から採譜した譜面(おそらく冨嘉部落の方)が載っているのですが、ここでは実は「シムヤイマ」と記載されています。まあ芸大の学生が採譜したものですので、漢字の表記にひきずられた誤記の可能性も大ですが。
「ノ」と「ヌ」の問題ですが、どうにも謎です。。。これは「波照間島のムシャーマ」「日本民謡大観 八重山篇」、八重山古典民謡バージョンの「波照間島節」いずれも表記上は「ヌ」になっています。ところが、ご存知のように周二さんのCDでは「ノ」で唄われていますし、玉城先生に唄っていただいた音源でも「ノ」と発音されてました。アウエハント静子さんが紹介されていた、60年代半ばと思われる音源でも、はっきりとは聴こえないのですが「ノ」と唄っているように感じます。
果たして意図的に使い分けているのか、標準語風の発音が混入しているのか、興味深いところです。
yuduamiさん
 ありがとうございます。これまで、学者ではなく現場をよく訪れて独自に学んでおられる方と情報交換できる場がなかったので、深いやりとりができることは感謝です。既成の理論に裏打ちされた研究者の論文も重要ですが、現場に通ってカンや経験でモノを見る視点を持っている現場主義者の感性の方が自分にとっては有効に感じます。
 さて、考えれば考えるほど深みにはまっていくおもしろさを実感していますが、さらにいろんなデータを集めたいですね。「シムイェーマ」は、現地で複数の方に聞いてみることにしましょう。「イ」は本来中舌母音で「イェァ」に聞こえるのが、新方言を話す世代は中舌母音ができず、ア行の「イ」を代用するようになったのかもしれませんね。
 「ノ」と「ヌ」に関しては、私見ですが八重山民謡で母音を立てて長く謡うところでは「ヌ」は発音しにくく、(u)から(o)に引きずられてしまい「ノ」に近くなっていったのかな、とも思えます。安里屋節の最初「アサドーヤーヌークヤマーニヨー」など、歌詞は「ヌ」ですが実際には「ノ」と聞こえる気がします(安室流5世・玉代勢長伝「八重山の歌」CD上巻其の2)。また、もしかしたら4母音化した時期(もしくは本土と同じく5母音化した時期)なども関係するのかもしれません。

   
超マニアックで漢字ばっかし!さすがです!
そんな事より、練習せい!!(冗談ですよ!)

シムヤイマとは歌いません。高齢者全員。
exclamation ×2
練習、全然してへんなー
それより森本さん、今年は「スッチョイ」ですわ。
といいつつ、当日までたいした練習せんでしょうがー
刺激されたので、「ムシャーマ」のトピック立てました。

やっぱり「シムヤイマ」はいいませんか。
なんかすっきりしたような・・・
森本ジョーさん。
高齢者の友人が多いだけあって、重みのある証言ですねえ。

ちょっと思ったのだけど、崎山ユンタでも「波照間ぬ 下八重山ぬ」という歌詞がありますが、こちらも八重山古典民謡の工工四などでは「しもやいま」と書かれているのしか目にしたことがありません。で、「しもやいま」という言い方は、ひょっとすると工工四の表記から始まったのではないかという気もします。誤記なのか、あるいはもともとは「かぎやで風」と書いて「かじゃでふう」と読むように、表記と発音が一致していない書き方なのか・・・
方言や唄などいろいろやっていると、文字表記の限界を感じてしまって・・。自分なりの発音記号とかでは無意味ですし。
前の職場で、”しまむにカルタ(波照間の方言、島での普通の会話や格言などをカルタにしたんですよ)”を作ったとき、どうしても違和感があって・・。結局、札をじいさん、ばあさんに読んでもらって、MDに録音しました。プレイする時は、ランダム再生!おもしろいでしょ。
普段の会話でも難しいので、表記されたものがすべて真ととらえるのは・・ねぇ。上手く合ってるのもあるし、全然意味合いが違うのもあるからね。やはり、信頼できる人に直伝!が良いのでしょうか。コーランみたいに暗証して。
現実には、残念ですが衰退していってます。唄も歌詞もCDや本にすれば正しいと錯覚しますし。これも自然のなりゆきでしょうね。流派とかいっぱいあるし。
知る人ぞ知る、yuduamiさんと森本ジョーさんの音楽対談が実現するとはexclamation ×2ちょっと感動的です。

本来的には、文字表記も譜面というのもなく、あくまで口頭伝授、というより子供が言語を獲得していくのと同じように伝承されてきた世界だったわけですから、表記すること自体無理があるのでしょうか。CDや本を頼みにする危うさですね。たしかに、正しいと錯角していますよ、みんな。
それにCDや本は、音や文字という「1感」でしかとらえられない。生身の人が発するものを全5感で体得して、さらに言葉に込められたメッセージや「気」を6感、7感のアンテナで無意識に感じることで、伝わってきたのが民謡でしょうか。
ここに、コピー音楽とそうでないものとの違いがあるのでしょうね。
  

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