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水流と水神コミュの沼河比売(水分神)

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沼河比売(ヌナカハヒメ/ヌナカワヒメ)は
「玉(ヒスイ)の(採れる)川の若い女性」の意。

ポリネシア語により音を解釈すると

ヌヌイ・カハ(沼河)=偉大な・巫女
ヌヌイ・カワ(沼河)=偉大な・相続人

となるといい、
霊性の強い国であり、
畿内王権とかかわりを持ちながら独立性を持ったという
越の国(高志王国/敦賀湾から津軽半島にわたる日本海沿岸域北東部の古代王国)国王の
娘(巫女)であった可能性もある。

古事記の表記=
 沼河比売(ヌナカハヒメ/ヌナカワヒメ)
別称=
 奴奈川比売命(ヌナカワヒメノミコト)
 高志沼河比売命(コシヌナカワヒメノミコト)

翡翠を使用した呪術により、収穫の予想や、病気の平癒を祈る巫女であり、
翡翠の加工集団の女酋であったという神話もあるようだ。
実際に糸魚川市小滝、青海町には縄文期の翡翠工房址が存在するが、
翡翠が拾えることで知られる富山県朝日町の宮崎海岸での
発見量が多いことから、最近では海底原産地説が浮上しているようだ。
となると、実際には場所がはっきりしていない越の国は
現在の陸地から海底にまたがっていた可能性もある。
古事記では北方の越の女性で、
妻求ぎ(つままぎ)でやって来た八千矛神(大国主)の妃となったとされる。
旧事本紀では建御名方神(タケミナカタノカミ)の母。
出雲国風土記では御穂須々美命(ミホススミノミコト)の母とされる。
子安社の祭神=水分神(ミクマリノカミ) として祀られている例がある。

《目次》
長野県
●御座石神社(茅野市)=書き込み4
新潟県
●居多神社(上越市) =書き込み17
●乳母嶽神社(上越市) =書き込み3
●能生白山神社(糸魚川市) =書き込み1
●松苧神社(十日町市) =書き込み2

↓《MAP》
http://www.google.co.jp/maps/ms?ie=UTF8&hl=ja&msa=0&ll=37.107628,137.997551&spn=0.04196,0.066519&t=k&z=14&om=1&msid=113844027188609943916.00043ec14174ece94b3d4

コメント(6)

●能生白山神社
新潟県糸魚川市大字能生7239

祭神は奴奈川比賣命、伊佐奈伎命、大己貴命

もともと奴奈川神社の論社だったらしいのですが
奈良時代に泰澄が加賀白山権現から勧請して
菊理姫命を祭神とし「白山権現」となったそうです。
そして明治44年に祭神を菊理姫命から奴奈川比売命に改めたそうです。

永正12(1515)年に建てられた本殿は国指定重要文化財です。
本殿前から水が湧いていました。

すぐ近くの海にある弁天岩の厳島神社の御神体は
こちらの本殿に安置されているそうです。
十日町市浦田の松苧神社です。

この地は、昭和34年まで奴奈川村でした。
旧松代町の奴奈川小学校より4キロ山中にあります。

こじんまりとした佇まいですが、彫刻のすばらしい神社です。

伝説によると、奴奈川姫は嫌な求婚相手から逃れるために、ここまで逃げてきたといいます。
村娘に化け相手の目を欺いたそうです。
●乳母嶽神社(子育ての神)
新潟県上越市茶屋ヶ原

祭神 乳母嶽姫命 建御名方命 

この神社は、奴奈川姫の墓の上に建てられたと言われています。
境内は諏訪社もあります。

姫のクライマックスは、葦原に火を放たれて炎に巻かれて亡くなったと言われる説。炎に巻かれたが実は生きていて、ここで天寿を全うした説とがあります。

ここは、日本海側の8号線を登った山の中にあります。かなりわかりにくい場所にありますので、行かれる方は近所に住む方に聞かれた方がいいです。

昨年の夏の写真ですが、参拝に行った時は、ヒグラシの合唱とともに木漏れ日がキラキラと美しくて、本当に神々しい雰囲気でした。(^^)
こじんまりとした山の中の神社ですが、波や龍の素晴らしい彫刻がありました。


乳母嶽姫は、奴奈川姫本人という説。奴奈川姫が建御名方命を出産した時に、乳母役をした姫が乳母嶽姫という説とがあります。

乳母嶽姫命と言う名前では、越後一の宮居多神社の摂社や、建御名方命がお生まれになったとされる明静院(上越市五智)にも祀られています。



伝承でつづる奴奈川姫命物語より
http://www5.ocn.ne.jp/~suhama24/hahagami1/hiun/hiunindex.htm

大国主命と不仲になった奴奈川姫は越の国に戻り、眺めのよいここに逗留すこととした。ここは宮地と呼ばれた。そこに息子健御名方命がやってきた。
宮殿に帰ることを勧めたが姫は承知しないので、吉が浦に宮殿を建ててあげた。

姫はここで天寿を全うした。この宮殿跡が姫の墓と言われている。
その後、源義朝の家来が沖から神像を引き上げその墓の上に姥が嶽姫として姫を祀た。現在姥が嶽神社となっている。
●御座石神社(諏訪大社上社摂社)

場所:長野県茅野市本町東15の46

祭神 高志沼河姫命

建御名方命は、奴奈川姫をこの地に迎えられた。
姫は鹿に乗って大門峠を越え、諏訪の地にやってきたという。
建御方命が八ヶ岳山麓へ狩りに出た折、奴奈川姫がお手製のどぶろく、鹿肉、うどの粕和えで建御名方命をもてなした。

その伝説にちなみ、境内で仕込まれたどぶろくと鹿肉、ウドの粕和えを供える「どぶろく祭り」が今日もおこなわれている。

境内には、奴奈川姫が座って沓を脱いだとされる御沓石や、姫が乗ってきた鹿の足跡が残る石がある。


写真1 御柱(おんばしら)で作られた鳥居(2011年夏に撮影)
写真2 姫が乗ってきた鹿の爪の跡が残ると言う石
    (どぶろく祭の時に、幣帛が捧げられる大事な石です)
写真3 境内の酒蔵(どぶろく祭用のどぶろくが仕込まれます。)


外部ブログで恐縮ですが、どぶろく祭の様子を日記にまとめてあります。

こしひかりのあとりえ
http://blog.plaync.jp/hikarinonihonga/368314


●居多神社(越後國一之宮)

新潟県上越市五智6-1-11

祭神 大国主命・沼奈川比売命・建御名方命


新潟県上越地域には、一之宮と呼ばれる神社が二社あります。
一社は糸魚川の天津神社並びに奴奈川神社。
もう一社はここ、居多神社です。

どちらも奴奈川姫が祀られています。

新潟県の一之宮といえば、新潟市には弥彦神社という立派な一之宮が、佐渡にも佐渡国一之宮がありますが、中世では上杉謙信ゆかりの居多神社が一之宮として君臨していたようです。
謙信死後、跡目争い(御館の乱)に巻き込まれ、影虎側だったこの神社は、景勝の手によって焼失。社家の花ヶ前家は各地を転々としましたが、その後再興。

明治6年に県社に列格しましたが、もともと海岸(居多ヶ浜)近くに鎮座していたため海岸侵食により境内が崩壊、明治12年現在地の場所に移り、またも火災に遭い焼失。長きにわたり仮社殿のままでしたが、2008年に落成した社殿が、この大社造の社殿です。

この「居多神社」の名前ですが、延喜式神名帳では「居多」を「けた」と発音していて、能登の気多大社の系統とも言われているようです。

神社境内には、大国主命と奴奈川姫、建御名方命の親子むつまじい姿の石像や、
古事記で大国主命が奴奈川姫に求婚しにやってきた時の歌(妻問いの歌)を書いた碑などがあります。

また、この地は国府のあった場所で、代々国司の厚い保護を受けてきました。
親鸞聖人も居多ヶ浜上陸の際に一番に参拝に参ったといわれ、
聖人にまつわる越後七不思議の一つ「片葉の葦」が群生していることでも知られています。

摂社に雁田神社、稲荷社が鎮座しています。


写真 二の鳥居より撮影。奥が2008年に完成したの社殿です。

>>[5]

> 大国主命と奴奈川姫、建御名方命の親子むつまじい姿の石像
見てみたいです。
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