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呉服なか志まやコミュの新作図案『The 澁澤』 つれづれ

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・・・・

 さて昨年から何かと心を掴む人物が二人いて、一人は『岡本太郎』そしてもう一人が
『澁澤龍彦』。

 大阪万博が幼少ドンピシャな僕にとって、太郎はまだある程度の認識ができるのですが、澁澤はなにかしら小難しいことや、一般の世の中からは奇なるものを取り上げた、60〜70年代の博識者ぐらいのことしか思い浮かばなかったのです。
 が、この歳になって澁澤の言葉なり美意識を垣間みるにつれて、これはずいぶんと
スタイリスト的な人間だなと思わずにいれません。
 そして、今日の社会からすれば、『性の解放』など化石のような概念ですが、もし澁澤の言葉を、多感な青春時代に読んだのであれば、きっと僕の人生は変わったであろうなと思えるものです。

 太郎は、僕にとって人生はじめて出会った芸術家。
そして、澁澤が『快楽主義の哲学』という著書のなかで、現代日本の理想的快楽主義者のひとりとして推奨した人物。
 が、『人類の進歩と調和』という脳天気なテクノピアごっこ、大阪万博のシンボルデザイナーとして、明るい未来を謳う国家権力に取り込まれていったという誤解(
ここでは、あくまで誤解と書きます)

 二人の中に、あまり多くの関連はみれないのですが、僕の中ではいつもリンクして
考えてしまう二人なのです。
 なぜにいつまでも心に留めてこねくり回しているかというと、それは何かを表現しようと思っているからなのです。
 それは、『緊縛』の羽裏・『若冲』の浴衣・『緊縛』の浴衣と同じことです。

 紐と緊縛をテーマにした浴衣は、あらゆる要素や想いをつめて削ぎ落とした
なか志まやの中の、最高傑作のデザインであると今でも考えています。
いろんなものに縛られながらも、見事に解放されたような突抜感があります。

 そしていま、『澁澤龍彦』に取り組んでいます。
デザイナーは、もちろんRumixの芝崎るみ。
着物業界にとっては、なんの魅力もないこのテーマは、『紐・緊縛』の延長線にあるものだと考えています。そしてその理屈付けを今も、探っている最中です。

 つづく・・・

コメント(10)

 澁澤龍彦が気になる、または憧れを持つ理由を端的に表現してくれた言葉がある。

「硬く、明るく、冷たいもの」
これは、澁澤龍彦の気質や嗜好を語る上ではずせないタームと思う。たとえばシモン人形の肌質。虹色に輝く甲虫の羽。大理石の卵。ボッス、クラナッハ、モローやスワンベルク等、氏の愛した画家の描く絵の持ち味も当然これと重なる。

      
また、どれほど取り扱うテーマが「異端」で「暗黒」であっても、筆先から繰り出す文体が粘着質に暗くなることはついに無く、冷徹で硬質で透明な明るさを常に湛えていたように思う。これは晩年に向かってよりいっそう顕著となる。

 これこそ、自分が目指す生き方、スタイルの指標のような気がする。
 Rumixの芝崎るみから第2稿のデザイン画がメールで送られて来て一週間になる。
近しい人からアイディアを頂き、彼女にプラスのモチーフをメールする。
澁澤龍彦は、僕にとっては凄く曖昧な存在である。彼の大まかな人生スタイルは、全くもって共感出来るものであるけど、細かい処では共鳴出来難いというか、何がよいのか、理解し難い部分もある。彼の人生や作品をすべてなぞった訳でもなく、僕の捉え方はある種、ファッションだと感じる。
 思えば『緊縛』という題材も一昔前ならアンダーグランドな嗜好とされていたが、今ではかなり認知され、多くの方の嗜みとなっている。ファッションといっていい(たぶん)

 澁澤龍彦が世に示したものはなにか!僕にはまだまだ何も理解出来ていない。
いくら年月をかけてもこの凡人には、到底理解出来ないものだと想像がつく。
が、ここに一つのオマージュを存在させようとしている。それは、自分が足をつけているこの平易な日常に、少し毒を盛る感じだ。自ら望んである種の痺れを促すような
そんなテーマだと思う。
 『The 澁澤』浴衣 乞うご期待!とは言えない。 がものすごいデザインだ。
ドクロなど真似が横行したこの浴衣の世界に、絶対に他の追従、または模倣を許さないテーマとデザインだと信じる。
  澁澤龍彦と四谷シモン   『The 澁澤』 つれづれ4

 この二人のを関係を知るにあたり、少し共感出来ることがあった。自らを小学4年生の頭脳、読書というものをしたことがないという四谷シモンと、東大の仏文科卒のエリートで、彼の名を世に広めたサド作品をはじめ、多くの文芸批評、美術批評を書いた澁澤が、四谷シモンと交流を深めた。それが澁澤作品の読書を通してではなくあくまで人間的なつながりのなかで、四谷シモンは、澁澤が望んでいるであろう人形を作ろうとしたであろうし、澁澤はそんな彼の作品を愛したということである。
 人の人生を左右するような出会いはあると思うし、それが澁澤が書いた『幻想の画廊から』で紹介した、ドイツの美術家ハンス・ベルメールについて述べた文章の中の一つの言葉というのも実に興味深い。
『痙攣』という言葉だ。四谷シモンがどうこの言葉に感銘をうけたのか、僕には想像もつかないけれど、ベルメールの球体関節人形の一枚の衝撃的な写真と、難解な澁澤の文章のなかでただ一文字『痙攣』という言葉を読み取り、自分の人生を懸けた彼の行動は、僕には実に愛すべきことであるし、こういう類いの出会いは、自分の身にも十分に起こりうる出会いだと思えた。そして澁澤龍彦という人間に出会えた四谷シモンは、とても幸せな人間なのだと。『球体関節人形』はこの『The 澁澤』のデザインにおいて大きく、重要なデザインである
    岡本太郎『明日への神話』と『太陽の塔』

 べらぼーな壁画である。
あの大阪万博での太陽の塔の制作と同時期に、進められていたプロジェクトが、この壁画であり、近年メキシコで発見され東京に戻って来た。国家権力の犬とまで揶揄された
万博での太郎が、来るべき未来を見据えて制作したこの壁画。
 名高いピカソの戦争画『ゲルニカ』が、1937年パリ万博の頃、ちょうど市民戦争が勃発していたスペインで発表されたのと何故かリンクして考えてしまう。
世界で唯一の被爆国である日本から、ゲルニカにとってかわる『原爆の図』が、太郎によって描かれたことに、岡本太郎ファンとしては喜ばしい。
 まことに奇怪な風景が、いっさいの感傷ぬきに淡々とこのスケールで描かれている
太郎は決して『人類の進歩と調和』などというテーマに祭り上げられ踊らされたのではないと信じる。むしろ、大掛かりな仕掛けを持って、国のお金を使い、この嘘くさい国の命題にアンチテーゼを投げかけた確信犯だと思われる。
 その象徴が、あの不思議な巨像『太陽の塔』であり、それはどのパビリヨンよりも
永く、未だにそこに存在している。こんなに愉快なことがあろうか!
 まさに僕のダークヒーローだ!

追記:サド裁判で澁澤龍彦が訴えられている最中、弁護側の蒼々たる証人候補の中に
   岡本太郎の名が上げられている手帳を見た。
もうご存知かもしれませんが・・・
下記のような展覧会があります。

生誕80年 澁澤龍彦回顧展 ここちよいサロン
http://www.kanabun.or.jp/te0159.html
以下サイトから・・・

本年は澁澤龍彦(1928〜1987)の生誕80年に当たります。澁澤は、古今の書物を繙いては異端の作家サドなど歴史の闇に埋もれた存在に光を当て、明晰で洗練されたエッセイと翻訳により私たち読者をもてなしてくれました。また、幻想に満ちた物語「高丘親王航海記」や、澁澤独特の不思議な博物誌は、今なお読む者を時空の彼方へと誘います。生前、鎌倉の澁澤邸には主人を慕い、三島由紀夫、土方巽をはじめとする多くの芸術家が集いました。澁澤の明るい好奇心と拘泥のない透明な精神がゆきわたるサロン(客間)は、この上なく「ここちよい」空間だったといいます。そして澁澤が世を去った現在も、遺された作品=澁澤サロンは若い読者を迎え入れ、さらなる成長を続けています。


◇会  期 2008年(平成20年) 4月26日(土)〜 6月8日(日)
休館日は月曜日(5/5は開館)
◇開館時間 午前9時30分〜午後5時(入館は4時30分まで)
◇会  場 神奈川近代文学館展示室
>ぱちぱちさん

情報ご提供ありがとうございます。先日行って参りました。澁澤邸から持ち込まれた数々の貴重なコレクションや三島や遠藤など著名な方からの手紙、学生の頃のノートや生原稿、日本のサブカルチャーを作り上げた人々との交流が、生き生きと伝わる展示会でしたね。幸運にも四谷シモンさんの講演を聴けて、金子國義から土方巽へ、よして澁澤龍彦との交流から、一挙に今の人形スタイルを開花させたことなど、人の出会いの素晴らしさを聴いてきました。状況劇場の頃、まるでビジュアル系アーティストのような風貌から初老を迎えられたダンディな感じの、今の四谷シモンさん。とても可愛らしい人だったです。

 今日は、銀座 スパンアートギャラリーの「反主流の美学パート2」を見てまいりました。『スワンベルグ』や『ベルメール』のエッチングを見れることができました。
ギャラリーの奥にあるプライベート事務所のような本売り場を、ここの奥様が、とても
やさしい顔で、ゆっくりみてくださいね!と言われたの嬉しかったです。
『いやいや、僕なんてまだ何も知らないんですよ・・・』と心の中で思いましたけど。

 本という存在が、その固く閉じられた無数の紙の間に、全世界、全宇宙がひっそりと
収められている これは澁澤を語る上でとても重要な認識だと思いますが、昨今お洒落なブックストアーがもてはやされる中、この売り場と事務所が混在した、ごちゃごちゃ
した小さな空間で、まるで宝物を探すように、楽しく時間を過ごせました。

 ここ数日で、極々ほんの少しだけ、澁澤さんをはじめとする僕の知らなかった世界に
近づけた気がしました。
   『The 澁澤』 つれづれ5

 図案の打合せの第一段階は、僕の方から投げかけた様々な澁澤的と思われるエッセンスを、デザイナーの芝崎るみさんがコラージュして見せてくれた。この時には特に気にとめなかったのだけれど、コラージュという技法を意識的に選んだのか、それともそれしか僕の投げ掛けに応える方法がなかったのか、たんなる偶然か、今にして考えている。(大量の横尾忠則のコラージュ作品を見たせいだな、きっと)

 この『つれづれ』を書いている時点では、既に図案の線はもう完璧に描かれている。
ここで見られるコラージュからさらに変化して、天地のつながりがあって、衣装デザインとして整合性があり、身に纏って奇異であるけれど、その細密さが身体に妙に絡み付く感じがして見飽きない。手元にある図案を眺めて、つくづく美しいなと思う。
 
 コラージュのレイアウトを眺めている時には、このようにすでに、既成の色で構成されていて、本は本の色であるし、球体関節人形は人形の色であるし、水晶玉は玉の色である。当たり前であるけれど、デザインポスターではないので、衣装として成立させる為に色を決めなくてはいけない。いま、それを考えている。

 横尾さんの線画が素晴らしく美しかった。
 横尾さんの生絵、アクリル絵具のグリーンが良かった 嫌いな色のはずなのに
 ベルメールのエッチングも見れた。
 澁澤さんの本は相変わらず読んでない

 ここ数週間を反芻して、今日明日中には、色を決めないとな
 お酒飲み過ぎかな〜

 
 『縛り』から一年。『ドラコニア』のサロンへ 『The 澁澤』 つれづれ6

 新しい図案を描いてもらいたいと、Rumixの芝崎さんに打診したのは、確か昨年の夏の頃だったか。なにかの折には澁澤龍彦のことを考え、その周辺の人々の関わりを知り
北鎌倉の澁澤邸、あの書斎とサロンに集まった著名な人々が、澁澤龍彦とどんな談笑をしたのかと色々想像してみた。
 様々な資料本と的確な助言のおかげで、図案のレイアウトも彩色も、そして正式な呼び名も今日のこの日に決定した。

 新しい図案の名は、『ドラコニア・サロン』
ピン!と来る方は、僕よりも澁澤さんのことをご存知の方でしょう。
そして、この図案の核となるのは、『本』という物体であります。固く閉じられた無数の紙の間に、全世界、全宇宙がひっそりと収められている、澁澤が偏愛した本、そういう書物がこの図案の核となるものです。
 そして、その他のモチーフは、その書物に収められた澁澤さんの好みを具現化した様々な物体であります。異端であり暗黒さを感じさせながらも、冷徹であり硬質でさらりとした線の美しさが際立つ図案となっています。
 彩色は、デジタルで行い、幻想的なサロンのイメージをより抽出したものにしました。

 浴衣では、極小ロットでの制作となります。そして今後、この図案は様々な和装のアイテムに登場することになると思います。

   この一年の記念の図案となりました。


 『ドラコニア・サロン』 線画の一部

 『ドラコニア・サロン』 macで彩色を見る

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