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日記ロワイアルコミュの3.11東日本大震災の話

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東日本大震災で災害派遣に行った時の話。
当時、私は陸自で愛知県春日井の部隊で通信電子の整備員をしていた。

2011年3月11日

私は愛知の駐屯地で勤務していたが、その日は何かの理由で代休を取っていた。
東日本大震災が発生し、震度3〜4の揺れを感じた私は、急いで当直室に顔を出し、そのまま事務所へ向かった。

いつ災害派遣に行くことになるのか気になっていたが、どうやら当日の出発はないらしい。
そのため自室に戻り、テレビで津波の被害の様子を見守っていた。

2011年3月12日

災害派遣の作戦が決まった。

私たちは12人ほどの小さな部隊だったが、朝10時に10人が先発して現地の状況がわかってから、2名が後発として追加の資材や忘れ物を持って向かうという計画だった。

後発組は、若手の先任である私と、アル中の篠ちゃんに決まった。

先発組は個人装備の準備があるため、私は出発準備の手伝いをしていた。
資材を車に積み込み、無線機を車載するなどして準備を進める。

出発準備が整った頃、本庄先輩から
「携帯無線機のバッテリーが少ない。係に頼んで1箱もらってきてくれ!」
と頼まれた。

私は補給隊から電池を受け取り、出発30分前に別れの挨拶を済ませて、事務所兼整備工場へ戻った。

それから5分ほど経った頃、先発組の浦さんから電話がかかってきた。

「大至急、車両に無線機を積んで出発位置まで来い!何も考えなくていい、とにかく来い!あと20分しかない!」

意味が分からなかったが、とにかく自分が運転する予定の車に無線機を積み込んだ。
嫌な予感しかしない。

一緒に乗るはずの篠ちゃんはどこかへ消えており、私は一人で対応するしかなかった。
携帯には浦さんから何度も着信が入り、「早くしろ!お前も出発するんだ!」と告げられ、ここで初めて自分も出発することを知る。

無線機を積んだ時点で、すでにほぼ出発時間だった。
それでも何とか、自分の演習ボックス(生存自活セット)と工具箱だけを積み込む。
篠ちゃんは1人で自分の準備だけをしていた。

出発1分前に出発位置へ到着すると、なぜか大隊長がいて
「よし、間に合ったな」
と一安心した様子で送り出された。

なぜ私が急に出発することになったのか。

それは当時の菅総理が「自衛隊10万人態勢にする」と発言したため、人数合わせが必要になったからだった。
結果として、私と篠ちゃんは予定外の出発となった。
当時は馬鹿げた理由だと思ったが、後になって人数にこだわった意味は理解できた。

運転中は常に不安だった。
そもそも目的地すら聞かされておらず、地図を見る余裕もない。

途中の休憩時、後輩の永田君から
「○○ジャンクションはどちら方向、○○パーキングで休憩」
と教えてもらったが、土地勘がなく、地名の漢字すら思い浮かばない。

結局、前の車に離されないよう必死についていくしかなかった。

助手席の篠ちゃんは「前の車についていけ」と言うだけで、情報収集は一切しなかった。

移動中、篠ちゃんの携帯に福島第一原子力発電所の水素爆発のニュースが入った。
正直、少し怖かったが、「給料をもらっている以上、危険とか関係ない」という意識でいた。

夜になる頃には東北に入り、高速道路は一般車両通行禁止となっていた。
路面は壊れ、段差が多く、非常に走りにくい。

ハザードランプを点けて走ると、その点滅のリズムが逆に眠気を誘う。
段差には赤いコーンが置かれているが、その高さはバラバラで、暗闇の中では判別が難しい。

最終的に、仙台市近くの船岡駐屯地のグラウンドにテントを張り、そこで宿営し整備所を開設することになった。

携帯は圏外、電気も水もない。
最初の一週間は、自分が被災者のような状態だった。

防寒着を持ってこなかった私は寒さをしのぐために常に雨具を着ていた。
財布も持ってこなかった、、持って来られなかった。
食事は、白いおかゆに味の抜けた梅干しが入ったもの。

一週間ほどすると、おかゆ生活は終わり、偵察隊が作る自炊の食事を食べられるようになった。
それしかないとはいえ、非常に美味しく感じた。

炊事を担当していた服部さんは、強い愛国心を持つ人で、今でも尊敬している。
『七生報国』〜何度生まれ変わっても国に尽くす〜
そういう旗を自作して立てておられた。
自衛官に愛国心がなかったら、存在意義すら無いのである。
現代社会の状況を見て思う、愛国心のない自衛官は即退職すべきだと思う。

到着から一週間後、雪が降った。
瓦礫の中で生き延びている人たちのことを思うと、「これで終わりかもしれない」と胸が痛んだ。

私の任務は通信整備(電気)だったため、機材が壊れない限り仕事はほとんどない。
訓練では頻繁に故障が起きるが、災害派遣ではほとんど壊れない。

実際に行った作業は、誤って切断してしまった無線機の同軸ケーブルにコネクタを付け、2本に分岐する改造くらいだった。

他にも細かい整備はあったが、部品カタログがなかったため、大きな通信整備部隊を訪ねた。
すると、そこではPSPでモンハン大会が開かれていた。

部隊が違えば雰囲気も全く違う。

2週間ほど経つと、あまりにも暇だったため、支援物資の配達の作業員などの仕事が回ってきた。
また、レッカー車のクレーンを操作して、病院の駐車場に放置された車を整理したり、施設部隊の手伝いで電柱内の鉄筋を切断したりもした。

時々、衛生部隊からのお知らせが回ってきた。
『被爆については何も気にすることはありません』と言いたい内容だが、
ちゃんと読んで単位を整理してみると許容範囲を軽く超えているし、
みんなが怖がらない為に本来必要な注意喚起は何も書かない。
隊員はバカだから適当に誤魔化しとけ!というのが良くわかる文書だった。
土壇場で誠実の欠片もない文書に凄く不信感を感じた。

部隊内の雰囲気は最悪だった。
溜まったストレスが、若い小隊長に集中していった。

その小隊長は、以前の部隊では評判の良い爽やかな人物だったが、異動してきたばかりで部隊の事情を十分に理解していなかった。

本来なら古参が補うべきところだが、ストレスの中ではそれも機能しない。
結果として、小隊長へのいじめが続き、後輩の永田君にまで及んだ。

最初の派遣は約40日で終了し、その後も2回ほど現地を往復した。

1回目の派遣終了後、私は上級部隊に申し立てを行った。
「部隊内で小隊長へのいじめがひどく、見ていられない。こんな部隊にはいたくない」
そう伝えると、「よく言ってくれた」と返された。

最後の派遣の際、宿営テントを撤収し整地していると、携帯に着信があった。
同期のガベちゃんから8年ぶりの電話だった。
「青木君、うちの部隊に転属決まったよ。まだ知らなかったの?」
次は広島か〜、と被災地の青空を見上げた。

派遣が終わり、私は7年間過ごした春日井を離れることになった。

最終日は仕事がなく、駐屯地内の床屋に行った。
この床屋の店主は、下ネタしか話さない強烈な人物だった。
普段 髭剃りは苦手だと嫌がる店主だが、最終日だから剃ってほしいと頼むと、見事に剃り残しだらけの仕上がりになった。
そのため、旧知に挨拶回りするたびに「そのヒゲどうしたの?」と聞かれることになってしまった。
上級部隊に告げ口したことで、小隊内では裏切り者扱いされ、肩身の狭い思いもしたが、特に気にはならなかった。

災害派遣手当として約40万円を受け取ったが、それは春日井駅前の「セカンズ」というキャバクラみたいな店でほとんど使い切った。
普段は行かないような店だが、その時は毎週末、閉店まで飲み続けていた。
店長の増田さんには世話になった。
ストレスの中で得た金は、結局ストレスを発散しながら消えていくものだ。

広島へ転勤する際、インターチェンジを降りて最初の交差点で、煙草を吸いながら地図を見ながら右折したところ、事故になりかけた。
この経験は今でもよく思い出し、安全運転を心がけるきっかけになっている。

広島の部隊では、周囲に恵まれた。
しかしある日の終礼で、全国の自衛官の訃報が読み上げられた際、かつての小隊長の名前があった。
災害派遣後に鬱で休んでいると聞いていたが、結局立ち直れなかったようだ。
私は悲しさと怒りでいっぱいになった。
この出来事は教訓として、なぜその人が亡くなったのかを部隊内で伝えた。
あまり古巣の事を悪く言うのはどうかとも思うが、クソofクソであったとしか言えない。

ちなみに広島の部隊の人間はもっと原発に近い所に入っていたそうだ。
出発前の体からの放射線の測定はしても、帰還後の放射線の測定はしなかったらしい。
大事な事だけは有耶無耶にする自衛隊。
いつも無意味な命令だけ徹底し、大事な事だけボケっとするのである。
これにより判断力、考える力を奪いたい、という意図がハッキリと見える。
兵隊はバカでないとならないのである。

ここまでが私の経験した東日本大震災の話。

菅首相は、あれから四国のお遍路へ旅に出た。
自分がやろうとした事の罪滅ぼしの旅である事が予想される。
どうしてかというと菅総理は原発冷却の水を止めようとした。
何の為に『自衛隊10万人態勢だ!』と言い、無理矢理の10万人投入をしたのか?
つまりは、そこで出来るだけ多くの自衛官を○そうとしたのである。
彼には死ぬまでお遍路を回り続けてほしい。

知らぬが仏とはいうが、自分が知らないところでとんでもない事が起っているという話。

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