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サーフィン ホット・ロッドコミュのHistory Part 3

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Surfin' Hot-Rod History Part 3・・・転句
プロデューサー・コンポーザー時代(64年)

年が明けた64年2月、Beach BoysはCapitolから
7枚目となるシングルをリリースします。
完璧なコーラスワークと抜群のグルーヴ感。
Brianが最高のナンバーだと確信し、1位を取るべく
自信をもってチャートに送り込んだ曲でした。

The Beach Boys - Fun, Fun, Fun
(64年3月 全米5位)
http://www.youtube.com/watch?v=JxiYvjX7umI

ところがこの前月、大西洋の反対側で若者達を
熱狂させていたThe Beatlesのレコードが、
会社も同じCapitolからリリースされていました。
アメリカでのデビューシングルとなった
『I Want To Hold Your Hand』は発売1週間で50万枚を
売り上げるという驚異的なセールスを達成し、
Beatlesのレコードはトップチャートを独占したのです。

Brianの自信作だった『Fun, Fun, Fun』は全米5位が最高。
無惨にも Beatlesの後塵を拝する結果に終わってしまいます。

7300万人のアメリカ人がTVを見たと言われる
伝説のエドサリバンショー、その7300万人の中には
BrianやBeach Boysのメンバーもいたそうです。
Brianは直感的に『これはヤバいことになる』と
危機感を抱いたそうですが、ファンやレコード会社や
Beach Boysの他のメンバーすらそう思っていませんでした。

『Beatlesに負けたく無い、もっと良い曲を作りたい』
Brianのアーティスティックな欲求は、
いつまでも海と車と女の子の歌を求め続ける周囲とは
少しずつ、しかし確実に軋轢を産んで行きます。
そしてそれが、PetからSmileの挫折に至るBrian自身の
精神の破滅への道程のスタートに成るのです。

さて、そんなBrianの心境の変化などおかまい無しに、
前年のBeach BoysやJan and Deanの大成功を受けた
レコード業界は、柳の下のドジョウを狙います。
有能なプロデューサー・コンポーザーを中心に、
幾多もの幽霊バンドをでっち上げ、サーフィン
ホット・ロッドのレコードを量産して行くのです。

The Rip Chords - Hey Little Cobra(音だけ)
(64年2月 全米4位)
http://www.youtube.com/watch?v=w242lGdFp6U

このThe Rip Chords、元々はPhil StewartとArnie Marcusと
言う子役出身のデュオで有りましたが、Doris Dayの
実の息子でありますTerry Melcherがプロデュースを
しておりました。2ndシングルからはBruce Johnstonが参加、
この3rdシングルの大ヒットからはBruce and Terryの
傀儡バンドとして、ライブではオリジナルメンバー、
レコーディングはBruce and Terryと言う、
奇妙な分業体制で活動しておりました。
The Rip Chords名義ではシングル6枚とLP2枚を発売、
Bruce and Terryの名義でもシングル6枚をリリース、
この6枚(計12曲)はヒットチャートとは無縁でしたが
どれもマニアが血眼に成って探している名曲揃いです。

Ronny and The Daytonas - G.T.O.(音だけ)
(64年9月 全米4位)
http://www.youtube.com/watch?v=Km2SlQWTO6U

波乗りだけだった歌詞が車に広がり、サーフィン ホット・
ロッド が全米の人気を得た事はPart 2で述べましたが、
このRonny and The DaytonasはNashville,TN出身のバンド。
リーダーのRonny Dayton(本名Bukcey Wilkin)が
プロデューサーのBazz Casonと適当にでっち上げた
バンドだと言う説も有ります。Ronny and The Daytonas名義
ではシングル数枚とLP2枚を発売していますが、
Bukcy Wilkin単独やBazz and Bukcy名義でも
何枚かのシングルをリリースしています。

The Hondels - Little Honda
(64年10月 全米9位)
http://www.youtube.com/watch?v=WqKi_9p1zks

Beach Boysの『409』をBrianと共作し、Beach Boysの
歌詞にホット・ロッドを持ち込んだのがGary Usherですが、
このGary UsherはBeach Boysを離れた後、プロデューサー、
アレンジャー、ソングライター、ボーカリストとして
数々のレコード会社から多くのバンドを手掛けます。
その中で最もヒットしたのが The Hondels。
BrianからプレゼントされたBeach Boysの曲です。
The Hondels名義ではシングル数枚とLP2枚を発売
していますが、Gary Usherが関わった作品となると
The Four SpeedsやSuper Stocks等々、膨大な数に及び
僕自身、とれもその全貌を把握出来ておりません。

The Fantastic Baggys - A Surfer Boy's Dream

このFantastic Baggys、主に関わっているのは3人。
まずはLou Adler、Jan and Deanと深い関係に有り
(Part 2のBaby Talkの写真参照)
当時の西海岸音楽界の影の大物であった彼は
A Dunhill Productionと言う出版会社を設立。
そこに迎え入れた若きプロデューサー兼コンポーザーが
P.F.SloanとSteve Barriの2人。当初はJan and Deanの
バックコーラスで歌っていた2人ですが、64年には
Fantastic Baggys名義でシングル3枚とLP1枚を発売、
ヒットにこそ恵まれませんでしたが作品の出来が良く
マニアの間では非常に人気の高いバンドです。

この他にもレコード会社がでっち上げたサーフィン 
ホットロッドのバンドは幾多にも及びます。
とてもここですべてを語る訳にはいきませんが、
若く有能なプロデューサー・コンポーザーが中心になり、
スタジオミュージシャンがバックを固めている曲達は、
楽曲・演奏共に概ね平均点以上のクオリティーを保ってます。

しかしこの事実はまた、商業音楽に反抗して産まれた
サーフィンミュージックが、皮肉にも商業化していったと
言い換える事も出来るのです。そして翌65年、サーフィン
ホット・ロッドは急速にその終焉を迎えて行くのです。

to be continued.....

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