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<ピクト族は先住民か?>コミュの<ケルト人は居なかった?>

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            <ケルト人は居なかった?>

ケルト人は居なかったと言うと、ケルト文化があったのだから、ケルト人は居た筈だと言う人が殆どだろう。
又その様に考える事が自然だと思う所為だからだろう。
しかし、結論から先に言うとケルト人という名称の人は居なかったのである。

まず最初に、ケルト民族と言われる人々は何処から来た人達か考えてみよう。
ケルト民族と言われる人達は、中央アジアの草原から、ヨーロッパへやって来た遊牧民が御先祖と私は考えている。インド=ヨーロッパ語を話す人々がケルト民族と言われる人達だ。
ケルト民族と言われる人達は、ヨーロッパ全土に住んでいた。
代表的な部族はアングル人、サクソン人、ジュート人、フリジア人と言われる人達だ。
サクソン人は現在の北ドイツの海岸地域に移住した部族だ。
ジュート人はユトランド半島(現在のデンマーク)に住みついた部族だ。
フリジア人はオランダ、ベルギーの海岸線に住んでいた。
アングル人はユトランド半島の現在のデンマークと北ドイツの中間地域に定住した部族だ。
この代表的な四部族はケルト文化を有していた部族で、ゲルマン民族とも呼ばれるようになる。
従ってケルト民族と言われる人々は、
民族の先祖に当たる部族の集合体に付けられた名称と言う事が出来るのではなかろうか?

この部族の人達は、後にゲルマン民族の大移動と言われる移住を行う部族だ。
グレートブリテン(現在の英国)島に移動した二大部族の名を取り、移住した人々をアングロサクソン人と呼んだ。
アングロサクソン人もケルト文化を継承し、ケルト民族の一派と言えると思う。
従ってケルト文化は存在したが、ケルト人と呼ばれる人は居なかったというのが正解なのだ。

ケルト民族と言うのは部族の集合体の名称で、ケルト文化を持つヨーロッパの北部に住んでいた部族の人々と言うことが出来る。ケルト人と呼ばれる人は居ないのである。

コメント(2)

そうだと思います。ケルト人とはケルト文化を担った人たちであり、ケルト文化は人種・民族の壁を越えて急速にヨーロッパ全土に広がったようです。

日本における蝦夷文化にも似ていると思います。この蝦夷文化のあり方は現在の日本文化にも継承されており、他国文化を寛容的に吸収するのもその影響があるのでしょう。

ケルト文化を色濃く継承しているアイルランド人もキリスト教伝来時に太陽信仰と習合させてケルティッククロスを生み出しました。

そういう意味でいうと、習合させる力を持ち、他文化を吸収する寛容さを持つ日本人はケルト的民族と言えると思います。

なるほど〜
私も同じような理由で縄文人などいなかったと思ってました。
あまりケルトに詳しくないので曖昧だった部分が腑に落ちました。
エミシや縄文がアイヌにつながるけどイコールではないのと同じですね。

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