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ファイターズLife!!コミュのフェルナンド・セギノール 知識の泉

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フェルナンド・セギノール(Fernando Seguignol、1975年1月19日 )
パナマ出身選手(内野手・指名打者)
スイッチヒッター

【来歴・人物】
ニューヨーク・ヤンキース、モントリオール・エクスポズなどを経て、2002年にオリックス・ブルーウェーブで一塁手または指名打者としてプレーし、5月5日の大阪近鉄戦と翌6日の千葉ロッテ戦で2試合連続左右打席本塁打を記録(日本プロ野球史上初)。「大崩れしないコンスタントな成績」という触れ込みでオリックスからも期待されていたが、シーズン終了時の打率は.204と結果を残せず、同年限りでオリックスを解雇された。

2003年にヤンキースの傘下の3Aに所属し、本塁打と打点の2冠王を達成。それを見込まれ2004年に北海道日本ハムに獲得される。開幕直後の打率は4割を大きく越え、4月の月間MVPを受賞。最終的な成績は打率.305、本塁打44で、福岡ダイエーの松中信彦と同数で本塁打王を獲得し、ベストナイン(指名打者)に選ばれた。

低めの変化球と内角球には弱いが、並外れたパワーを備えるファイターズ不動の4番打者であり、3番・小笠原道大(現:読売)、5番・稲葉篤紀と並ぶ2006年シーズンのクリーンナップは絶大な破壊力を誇った。パワーだけの大砲打者と思われがちだが広角打法の様なバッティングの高等技術も持っている。更に、スイッチヒッターとしてのシーズン歴代最多本塁打数や、その他数々の記録を保持し(後述)、「歴代最強スイッチヒッター」との呼び声が高い。なお、米国時代セギノールにスイッチヒッター転身を進言したのは当時マイナーリーグの監督を務めていた現日本ハム監督のトレイ・ヒルマンである。

試合開始前に、グラウンドの三遊間後方でダッシュをするのが習慣となっている。

大好物はバナナで、スタンドで巨大なバナナ(の風船)を掲げるファンも多い。試合中にもよくバナナを食べている。

日本ハム球団が2006年シーズンの契約に契約終了後の優先交渉権を盛り込んでおらず、また、セギノールの代理人とは契約終了前の11月中には一切連絡が取れない状態だったため、日本ハムの支配下を離れフリーエージェント(自由契約)となった。日本ハム側はそれ以後も残留に向けた交渉を行うと発表していたが、2007年に入ってから金銭及び契約年数でセギノール側から歩み寄りがあり、再契約を結ぶ事が確実となった。

【経歴】
身長/体重:201cm/100kg(元々194cm/92kgの登録だったが、本人の告白から球団公式HPや道内メディアでは201cm/100kgと記されている。)
投打:右投両打
年俸:2億5000円(2007年〜)
出身地:パナマ
球歴・入団経緯:アルミナンテ・デ・ボカス・デル・トロ高−ヤンキース(1993年)−エクスポズ(1998年)−オリックス(2002年)−ヤンキース(2003年)−北海道日本ハム(2004年〜)

【通算成績】(2006年シーズン終了時)
通算4年 479試合 打率.280(1697打数476安打) 本塁打124 打点318 盗塁2

【タイトル】
本塁打王
1回(2004年、44本)
最多二塁打
1回 (2006年、37本)
日本シリーズ優秀選手賞
1回 (2006年)
ベストナイン
2回(2004年、2006年・指名打者部門)
月間MVP
2回 (2004年3・4月、2006年9月)

【記録】
左右打席本塁打6度
2002年5月5日、対大阪近鉄7回戦(グリーンスタジアム神戸) − 3回右打席(投手:小池秀郎)、6回左打席(門倉健)
同5月6日、対千葉ロッテ7回戦(グリーンスタジアム神戸) − 1回左打席(小野晋吾)、3回右打席(川井貴志)
同7月26日、対大阪近鉄16回戦(大阪ドーム) − 2回右打席(前川勝彦)、6回左打席(宮本大輔)
2004年5月21日、対大阪近鉄6回戦(東京ドーム) − 1回左打席(川尻哲郎)、3回右打席(高木康成)
同6月29日、対千葉ロッテ16回戦(札幌ドーム) − 2回左打席(内竜也)、4回右打席(高木晃次)
2006年9月9日、対オリックス19回戦(京セラドーム大阪) − 1回右打席(中山慎也)、2回左打席(萩原淳)
1.と2.は2試合連続(プロ野球史上初)。通算6度は松永浩美(元阪急ブレーブス他)と並びプロ野球タイ記録。
スイッチヒッターのシーズン本塁打最多記録
スイッチヒッターとしてのシーズン44本塁打(2004年)は歴代最多(従来記録は1990年の西武・オレステス・デストラーデによる42本塁打だった)。
セ・パ13球団から本塁打
セギノールは「セ・パ13球団から本塁打」という珍しい記録を持っている。

1 2002年4月3日 日本ハム 東京ドーム カルロス・ミラバル
2 同4月6日 福岡ダイエー グリーンスタジアム神戸 田之上慶三郎
3 同4月12日 千葉ロッテ 同 ネイサン・ミンチー
4 同4月15日 大阪近鉄 同 高木康成
5 同4月19日 西武 鹿児島県立鴨池野球場 三井浩二
6 2004年3月31日 オリックス Yahoo!BBスタジアム 本柳和也
7 2005年5月13日 横浜 札幌ドーム 三浦大輔
8 同5月26日 広島東洋 広島市民球場 長谷川昌幸
9 同5月29日 ヤクルト 札幌ドーム 館山昌平
10 同5月31日 読売 同 上原浩治
11 同6月5日 中日 ナゴヤドーム 山本昌
12 同6月12日 阪神 阪神甲子園球場 下柳剛
13 同7月2日 東北楽天 フルキャストスタジアム宮城 山村宏樹

現在のところ、13球団から本塁打を記録出来る可能性がある選手は小笠原道大(読売)、清原和博(オリックス)、ホセ・フェルナンデス(東北楽天)、フリオ・ズレータ(千葉ロッテ)だが、小笠原は北海道日本ハムから、清原は読売から、フェルナンデスは阪神から、ズレータは福岡ソフトバンクから打てば13球団への本塁打達成である。

【背番号】
55(2002年)
5(2004年〜)

【愛称】
セギ(チームメイトからの愛称)
セギ様(ファンからの愛称。杉良太郎の愛称「杉様」の捩り)
バナナの大砲

【エピソード】
オリックス時代、入団会見で「優勝したらパナマ運河に飛び込む」とコメント。その後日本ハム入団時に、「優勝したらパナマ運河に飛び込みますか?」と質問されると、「あの時は独身だったので若気の至りでああ言ったけど、今は妻子がいるのでそれは出来ないね」と答えている。
2006年6月20日の東京ヤクルト戦(セ・パ交流戦)、8回表にヤクルトの木田優夫から決勝打となる逆転3ラン本塁打を放ち、4対2で日本ハムが勝利。この一撃によりヤクルトの交流戦優勝は阻まれ(優勝は千葉ロッテ)、2006年の交流戦リーグ別成績はパ108勝、セ107勝(引き分け1)となった。試合後、この本塁打について聞かれたセギノールは「そんなにすごい本塁打なのか、じゃあロッテに優勝賞金を分けてもらわないとな」とおどけてみせた。
2006年8月27日のオリックス戦のヒーローインタビューで、お笑いコンビ「ザ・たっち」の持ちネタ「ちょっと! ちょっとちょっと!!」を披露した。これが意外に好評を得たので、その後の試合で本塁打を打ってベンチに戻る際や、ヒーローインタビューでもこのパフォーマンスをたびたび行っている。
2006年10月30日、自宅のあるアメリカから日本に再入国する際に、母国・パナマ発行の自身のパスポートが10月6日限りで失効していたことが発覚した。就労ビザは有効期限内だったため違法ではなく、事なきを得たが、更新に手間取り、再入国が予定より大幅に遅れて、アジアシリーズへの出場が出来ないばかりか、優勝パレード、ファン感謝デーにも参加出来なくなってしまった。また、自宅でアジアシリーズをテレビ観戦した際、このシリーズから復帰した木元邦之を見て「新しい三塁手を取ったのか」というコメントを残している。セギノールと木元はセギノールが日本ハムに入団以来、3年間チームメイトである。わざとこう言ったのか、それとも本当に忘れてしまっていたのかは不明である。
2006年の日本シリーズ第二戦(ナゴヤドーム)ではなんとバナナ四本を食べて打席に臨んだ。結果は勝利を一気に引き寄せる2ラン本塁打。横浜ベイスターズの金城龍彦とともに、バナナを愛し、活力源としている選手の一人である。

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