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クトゥルー神話創作小説同盟コミュの【水妖祭参加作品】ルート25Aの少女

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 あぁ、雨が降り出しやがった。そろそろ梅雨ですかね。梅雨って、日本独特の現象なんだろうって? いや、韓国にもあるらしいよ。それとね、僕がアメリカに住んでる頃だけど、ニューヨークも六月は雨が多かったように思うな。いや、日本の梅雨ってほどじゃないけど確かに他の月より雨が多かったように感じた。なに、僕がアメリカにいたのなんて二年間だけだけどね。そう、1983年から85年にかけて、僕はニューヨーク州立のオイスター・ハーバー大学に留学してたんだ。文科省……当時は文部省か……の奨励金でね。

 あれもこんな夜だったな、昼まではどんよりと曇っていたものの降ってはいなかった。夕方頃から降り始めると急速に雨脚が強くなってね。いやとても不思議な経験をしたんだよ。最近になって、やっとあれが夢だったと受け入れられるようになった。二十年間というもの、どうしても本当の事だったような気分が捨てきれなくてね。

 オイスター・ハーバー大学はロング・アイランドって島の上にあってね。ニューヨーク州の中にあって、どちらかというとニュー・イングランド的雰囲気を讃えた良い所だよ。あぁ、ロング・アイランド・サウンドって海峡を越えるとそこはもうニュー・イングランドのコネティカット州だからちっとも不思議ではないんだ。とにかく、君が考えるような忙しい大都会のニューヨークとは全然違うんだ。

 当時、僕は月に一回くらいニューヨーク市まで日本食品の買い出しに行っていたんだよ。こんな所に留学に来ていても日本食なしではいられなくなるのが日本人の悪いところだろうね。いや、オイスター・ハーバーの町にも一軒、韓国人がやっている東洋食料品店はあったんだけど、やっぱり品数はそろっていない。ニューヨーク市まで行けばおよそ日本の食材で手に入らないものあないからね。

 それにね、あの美しいルート25Aをドライブするのが留学生活のストレスからの息抜きにもなったんだな、きっと。

 そんなにきれいな道なのかって? ああ、鬱蒼とした森の中を抜けたり、海辺を走ったり、そうかと思うと19世紀にタイムスリップしたような土産物屋や教会が並ぶ町並みになったりしてね。いや、本当はオイスター・ハーバーからニューヨーク州に出ようと思ったらインターステート495別称ロング・アイランド・エキスプレスウェイを通った方がずっと便利なんだ。半分以下の時間で済むからね。でも当時、僕は高速は走れない理由があったんだよ。

 実は中古車屋にだまされてとんだポンコツをつかまされたんだ。高速で加速すると、突然ギアが抜けたり、ローに入ったままドライブに戻らなかったりしてね。笑うなよ。お前だって、アメリカで初めて中古車を買ったりしたら同じ眼に遭うんだから!

 とにかく、そんなこんなでその夜も僕はトロトロとルート25Aの田舎道を走っていたんだ。その日は旧友に会ったりしてて、特に遅くなってしまってね。コールドウォーター・コーヴという町に差し掛かった頃にはもう夜中の十一時頃になってしまった。さっきも言ったように夕刻から強い雨が降り始めてたからね。森の中に入ると、もう辺りは真の闇さ。まったく、日本であんな闇は見たことがないね。前方はヘッドライトが照らしているが、ちょっとバックミラーを見るとまるで誰かがイタズラして黒ペンキを塗りたくったようなんだぜ。

 ルート25Aってのは、アメリカの郊外に良くあるタイプの自動車道でね。歩行者禁止というわけではないが、元来人が歩くようにはできていない。だから、車道は立派に舗装されているけど歩道はない箇所が多い。人が歩くとしたら砂利の路肩の上しかない。もちろん、昼間だってめったに人が歩いている事なんてないんだ。だからこんな雨の夜中、ヘッドライトの中に人影が浮かび上がったときにはびっくりしたさ。それも、裸同然の格好の若い娘なんだ。

 まさか、裸同然て本当に裸って訳じゃないよ。馬鹿だな。お尻のはみ出そうなデニムのショーツとミッドリフの白いワイシャツを着けていたさ。でも、逆に言うと身に着けているのはそれだけ。足も裸足で路肩の砂利を踏みしめながら歩いているんだ。そのときの彼女の姿は今でも眼の裏に焼き付いているよ。いや、彼女の格好そのものは驚くにはあたらなかった。思えば、僕たちの若い頃ってのは一番女性が露出的な時代じゃなかったかな。裸足も当時は流行っていたんだよ。僕のいたオイスター・ハーバー大学だって、女子学生の半分ぐらいはキャンパスの中を裸足で歩き回っていたぜ。もちろん、クラスに来るのだって裸足のままさ。ノーブラでスケスケのシースルーを着てクラスに来てた奴もいたよ。だから、その子の服装くらい見慣れたものだった。でもさ、いくらなんでも豪雨の夜道、それも普段は車しか通らない自動車道路をそんな格好で歩いているのなんて後にも先にも見たことなかった。とにかく異常だよ。

 初めは何か事件か事故に遭ったのかと思ったね。でも何か質の悪い罠じゃないかとも思った。ずいぶん迷ったよ。声をかけて見ようか、それとも変な事に巻き込まれず、このまま行き過ぎようか。迷いながらその娘を追い越してしまったが、でも、僕も何しろ当時はまだ二十歳代だからね。結局好奇心と色気には勝てなかった。道の脇に車を寄せると僕はドアを開けて聞いてみた。

「Young lady、どうしました? お困りなら乗りませんか? お送りしましょう」

 彼女はしばらく黙ったまま僕の顔を見つめていた。乗る気がないなら、このままドアを閉めて行ってしまおうかと思い始めたら、助手席に乗ってきたよ。

「どこまで行きます?」

 僕は車を再出発させながら聞いてみた。ところが彼女は口を開こうとしない。ちょっと間をおくと黙ったまま指で前を指した。

 やれやれ、変なのを乗せちまったかな。やっぱり、あのまま行き過ぎれば良かったかも知れない。ちょっと後悔しながら、横目で彼女を観察したよ。

 年の頃は十六、七くらいだろうか。まだ高校生みたいだったな。豊かな胸、しまった腰、するりと伸びた脚、見事なプロポーションの持ち主だった。顔は典型的な美人顔じゃない。両目はぱっちりと大きいがちょっと出目だ。ぼってりとした唇も突き出している。どことなく魚を思い出させる顔だった。でもファニーフェイスというのか、そんな所が逆にチャームポイントになって妙にそそる顔立ちだった。この年頃のアメリカ娘にしては珍しく、全く化粧っ気がないんだ。それでもこれだけ可愛く見えたのは、やっぱり美人と言って良いんだろう。

 走っている間も終始無言で無表情に前を見つめたままだ。当たり前のはなしだが、全身濡れ鼠なんだよ。そりゃそうだろう、あの雨の中を傘も持たずに歩いていたんだから。さっきも言った通り裸足でね、その足指が珍しいほど長いんだ。足の爪もかぎ爪のように伸ばしていたな。よっぽど長く砂利の上を裸足で歩いたんだろう。爪先は泥だらけで、ところどころ血を吹きだしていた。でも、それが却って倒錯した魅力なんだ。正直言って、僕は隣で運転していて震えが来るほどの欲情に駆られたよ。

 必死に我慢していたが、とにかく無言が耐えられない。僕は聞いてみた。

「お家にお帰りかい?」

 彼女はやっと口を開いてくれた。声はちょっとキィキィした震え声でお世辞にも美声とは言えなかったな。

「お祖父様の家へ」

「お祖父様と一緒に暮らしているのかい?」

「いいえ、お祖父様はもういません」

「じゃ、お祖父様の残された家に一人で住んでいるのかい」

「いいえ、普段はみんなと一緒に」

 何がなんだかさっぱり要領を得ない。それ以上の詮索はあきらめた。

「あ、すみません。次の角で左に曲がってください」

 私は言われるままにルート25Aを降りた。

「次をまた左へ。次を右へ」

 ところが、彼女の言うままに車を走らせていると、どんどん、どんどん道は狭くなり、辺鄙な方に入ってしまうんだ。最後には舗装もしていない砂利道に出てしまったくらいだ。ニューヨークじゃ砂利道なんて珍しいぜ。ところが、数回目に

「そこを右へ」

 というのでハンドルを切ると、何と目の前に大きな建築物が現れたじゃないか。とても立派な19世紀風の大邸宅なんだ。庭も広い。いかにも旧家のお屋敷と言った感じだ。

「ここが、君のお祖父様の家かい? ヒューッ、凄く立派な家じゃないか。お祖父様、お金持ちだったんだね!」

 ところが、庭に入ってこれまた驚いた。荒れ放題なんだ。いつ手入れしたのかもわからないほど雑草や蔦が蔓延っている。建物も立派ではあるがペンキは剥げ落ちているし、軒は落ちかかっている。玄関の車寄せに止めると、少女は降り立った。

「ねぇ、あなたも少し休んでいかない?」

「良いよ。もう遅いから、僕はこのまま帰るよ」

「そう。それじゃ、ありがとう」

 ところが、車を発進させようとしたら、突然エンジンが切れてしまった。

「ヘヘへ、なにしろポンコツだから。いえ、中古車屋にだまされちまってね」

 言い訳しながら、スターターを回した。ところが、ウヮン、ウヮン言うだけで一向にエンジンがかかる様子がない。

「困ったな。AAAを呼ぶために電話を貸してくれるかい」

 AAAというのは日本のJAFみたいなものだ。会員になるとサービスに来てくれる。当時は携帯電話なんて便利なものはなかったからね。いや、一部の実業家連中は既に使ってたのかな? とにかく、今みたいに一般庶民が誰でも持ってるもんじゃなかった。

「電話はないわ。今夜はここに泊まってらっしゃいよ」

「そうか、困ったな。近くにサービス屋はないかい?」

「あっても、こんな時間閉まってるわ。家に泊まってゆくか野宿するか、どちらかね」

 さっきまでの無口が嘘のように熱心に僕を招くのさ。ちょっと戸惑いはあったが、招きに応じるより他なさそうな状況だった。僕自身、もう少し、この謎めいた少女のことが知りたいという気持ちも芽生えていたしね。

「やれやれ、それじゃお言葉に甘えさせてもらおうか」

 彼女は大きな樫の木のような玄関の扉を開いた。

「ちょっと待って、電気をつけて来るわ」

 そういうと、彼女は一人で闇の中へ消えて行った。しばらく待つと、屋内の照明がパッとついた。

「アッ!」

 一目見て僕は声を上げてしまったね。さっき、庭が荒れ放題だと言ったね。ところが、屋内はそれに輪をかけて荒れているんだ。玄関の中は大きなホールになっているのだが、まるで瓦礫や埃の山だ。その真ん中にさっきの少女が立って、私を手招きしている。

 僕は恐る恐る中へ入ったよ、しょうがないから。

「二階へ行きましょう。二階はまだこんなに荒れていないわ」

 僕の思考を察したように少女は前を立って僕を案内した。僕が靴を履いた足でも躊躇うような瓦礫の上を彼女は平気で裸足で踏みしめて行くんだ。ガシャッ、ガシャッ、途中でガラスを踏み砕いてもお構いなしさ。

 二階へ上がるとなるほど瓦礫はない。埃だらけとはいえ絨毯が敷いてあった。廊下を進むと彼女は一つのドアを開けた。中は立派な寝室だった。いや、そこだけきれいだったわけじゃない。カーテンは黴の染みだらけだったし、埃は相変わらず酷い。しかし大きなベッドやチッペンデール風の家具がしつらえてあって、掃除さえすればさぞや豪華な部屋に一変するだろうというのは見てすぐわかった。

「立派な家だね。君のお祖父様というのは、何をされる方だったんだい?」

 僕は聞いてみた。

「捕鯨船の船長よ」

 なるほど、コールドウォーター・コーヴが捕鯨の町だったことは観光案内にも書いてある。町の中心に捕鯨博物館があるくらいだ。でも、それはいつ頃のはなしなんだ?

「お祖父様は名捕鯨家だったわ。海へ出る度に必ず大きな獲物をしとめて来たの。それで、町の長になれて、町はどんどん繁盛したわ。でも、他の村のものはそれを妬んでお祖父様が悪魔と取引をしていると言いふらした。でも、それは大間違い! お父様は決して悪魔なんかと取引をしたわけじゃないわ。お祖父様が崇拝していたのは……」

「お祖父様が崇拝していたのは……?」

 そこで少女は急に口をつぐんでしまった。しばらく彼女と僕は無言で見つめ合った。
僕は考えた。恐らく彼女は家族と喧嘩か何かをして飛び出してきたのだろう。昔かわいがってもらった祖父の事を思い出してその祖父が住んでいた廃屋を訪ねて来ようとした。だが雨に降られてしまった。恐らくそんなところだろう。見たところ着の身着のままのようでハンドバッグすら持っていない。恐らく明日になれば考え直して家に帰るだろう。

「それじゃ、僕はここで寝かせてもらおうか。朝になったら勝手に出て行くから、心配しないでくれ」

 僕はベッドの上に腰を降ろした。するとどうしたと思う? なんと、僕の目の前で、その少女は服を脱ぎ始めたんだ。あまり着込んでいないから、アッと言う間だった。シャツを脱ぎ捨て、ショーツを降ろすともう全裸だった。年の割には垂れ気味だが大きな乳房がゆらゆらと揺れた。乳首の色が何か不自然なほど赤く、まるで珊瑚の粒のように艶やかだった事を覚えている。

「な、何をするんだ!」

 正直、僕はうろたえたよ。嘘だろう、よろこんだんだろうって? 冗談じゃない! 実際に目の前で年端も行かない少女がいきなりスッポンポンになってみろよ。ビックリしてよろこんでいる余裕もないって!

 で、いきなり僕に抱きついて来たんだ。

「お願い、私とまぐわってください!」

 そう言うんだ。「まぐわう」という古風で露骨な表現が若い娘には似つかわしくなかったので奇妙な気がしたよ。僕は抵抗したよ。嘘じゃない。嬉しいより恐かったんだ。相手の歳もそうだ。下手をすると法定レイプになりかねない。でも、それ以上に何かとても禍々しい雰囲気がしたんだ。本能的にこれは邪悪で許されない交際だと感じたんだ。でも、僕を押さえる力は驚くほどだった。まるで万力で押さえつけられているようだ。とても少女の力とは思えない。以前、プロレスラーと力比べをしたことがあるが、そんな感じだったよ。それで、男なんて浅ましいものだね。頭では抵抗しているのに、もう下半身はすっかりいきり立っているんだ。

 どのくらいの間事に及んでいたんだろう? 僕はまるで吸血鬼に襲われたように精も根も尽き果ててしまったよ。良い想いをしただと? オイ、夢の中のはなしだと言っているだろう! 汗だらけで堪らなくシャワーを浴びたくなったんだ。僕はお湯は出るか聞いたよ。お湯は出ないと思うが、水なら出るだろうと言う。どっちみち蒸し暑い夜だった。水でも良いから浴びさせてくれと言うと風呂場に案内してくれた。エ、順序が逆だろうって? しょうがねぇじゃねぇか、お清めの儀なんてする暇をもらえなかったんだから!

 ところがね、僕が水を出して湯船を濯ごうとすると突然、彼女が騒ぎ始めたんだ。

「キャーッ、と、止めて! 止めてください!」

 ってね。

「止めるって、水のこと?」

 大きな眼を見開いて、震えながらうなずくんだ。

「どうして? ただの水だよ、ホラ」

 僕は手に水をしゃくって見せたんだが、彼女は

「ギャァ〜〜ッ!」

 とものすごい叫び声を挙げて跳ね退くんだ。僕はしょうがなく水を閉じた。せめて水でも飲もうと、今度は洗面器の方の蛇口をひねった。今度はしばらく様子をみるように僕の背後から流れる水をのぞき込んでいたが、やっぱり

「ダ、ダメ! 止めて! 止めて!」

 と騒ぐんだ。僕が水を閉めると、彼女は僕にしがみつくように抱きついてきた。オイオイ泣いているんだ。

「どうしたの、水が怖いの?」

 彼女は嗚咽を上げるだけ。変なはなしだ。だって、ほんのちょっと前までその水の中を彼女はずぶ濡れになって歩いていたんだから。僕は少女の肩を抱き返してできるだけ優しく聞いてみた。

「どうしたの? 君が何者なんだか、どういう目に遭ったのか、僕に話してくれないか?」

 彼女は世にも奇妙な物語を語り出した。

「私の祖父の事はさっきお話ししましたね。私の祖父は捕鯨船長。捕鯨船を買うためにロード・アイランドのある造船所に行ったの。その造船所を所有していたのはインスマスの旧家、マーシュ家。マーシュ家…… おわかりにならないかしら。当時、ニューイングランドである宗教を興して騒がれていた人物よ。祖父もその宗教に入信したわ。何も知らない田舎者たちは『悪魔に魂を売った』と言いふらした。でも祖父が信仰していたのは悪魔どころか、真の神よ! 我々の父よ! かってアムル人やペリシテ人に崇拝されていた、でも本当はモーゼよりもメンフィスよりも、人類よりも古いかのお方よ。

「そのお方のおかげで祖父は捕鯨に失敗するという事がありませんでした。でも、そのために祖父はその古のお方に献げものをしなければならなかったの。祖父は自分が何よりも大事にしているものを献げました。祖父が何よりも大事にしていたもの……それは自分の一人娘……つまり、私の母でした。

「母は古のお方とまぐわって私を産み落としました。だから、私は本当は水のものなの。

「私たちの仲間のほとんどは初めは人間として生まれ、人間として育つわ。成年するにつれ水に戻るの。でも、私だけはそういう訳で父の庇護の下、生まれたときから水のものとして育ったのです。

「でも、私にはそれが却って不満だった。母の生まれた世界への好奇心。母の種への欲望。それをどうしても満たしたかった。

「だから、私は今夜、陸に上がってみたの。ちょうど浜辺に人間の女性がいたので、衣服をお借りしたわ。子供の頃、何度か訪れた祖父の家に向かっている時、あなたにお会いしたの。母と同じ種の男を……

「あなたとまぐわったら、そのまま水のもとに帰るつもりだった。そうしないと私の父が迎えに来ます。

「でも、あなたを知ったとたん何かが変わった。恐らく眠っていた母の種の本能が甦ったのだと思う。私はまだ水には帰りたくないわ。

「今宵、私はあなたの種を宿しました。私にはそれがわかるの。私は、このまま陸に残って私の子の父であるあなとといっしょにこの子を育てたい。あなたといっしょに!」

 そういうと、僕に抱きついて来たんだよ。僕は訳もわからず、ただ戸惑うばかりだった。

 その時だ。いつからだか鳴り始めていた遠雷が突然近づいて来た。バリバリバリッともの凄い雷鳴が轟きわたった。電気が瞬いたかと思うと消えてしまった。屋内は闇だ。彼女は必死に僕にしがみついてくる。僕も抱き返してやったよ。

 と、突然天井に大きな音と共に天井にひびが入り、猛烈な勢いで雨が部屋の中まで降り注いで来た。このままでは屋敷が崩壊する。とっさにそう考えた僕は彼女を抱えたまま建物の外へと向かったよ。

 闇の中をこけつまろびつ、やっと屋外への道を探し出した。なんのことはない、外の夜の方が稲妻でずっと明るかったよ。尤も、明滅しているんではっきりはしないがね。でもぬかるんで歩くのは一苦労だった。何かに足を捕まれたような気がして転んでしまったんだ。すると、さっきまで僕にしがみついていた彼女は突然僕を離すと数十歩先までかけて行った。そこに跪くと両手を天に差し伸べた。雷鳴の響く中、僕は彼女の声を聞いたよ。

「おお、父なるダゴンよ!」

 すると、僕の目の前で彼女が変身し始めた。稲妻が点滅する中、彼女の身体がだんだんゆがんできたかと思うと無定型の固まりになってしまった。そして最後はその固まりも雨の中にとけ込まれるように消えてしまった。

 驚愕する中、僕は見たんだ。ほんの一瞬の事だったがね。大きな黒い影を。逆光に浮かび上がっているんではっきりとはわからない。でも、それは確かにおぼろげながら人間の形をしているようだった。でも、何という大きさだろう! その影は空高くまでそびえ立っているのだ。そして、顔のあるべき所からは無数の触手が生えクネクネと蠢いているのだ。

 やっと動けるようになった僕は恐怖から逃げ出したよ。どこをどう走ったのか良くわからない。何度も何度も転び傷だらけになった事は覚えている。そして、気が付くと病院のベッドに寝かされていたんだ。お医者がいて僕の顔をのぞきこんでいた。

「おお、気付かれましたか。これでもう大丈夫。危ないところだったが、あなたは一命を取り留めましたよ」

「ぼ、僕はどうしてたんですか?」

 声を出そうとしたが胸が苦しくてしわがれた声しか出ない。

「おっと、まだ無理をしちゃいけない。あなたはかなり重度の肺炎にかかられているのですから。無理もない。自動車が故障してずいぶん長い間、雨の中をずぶ濡れになって歩かれたんでしょう? 助かったと言っても治った訳ではないんです。まだ当分の間は絶対安静ですよ」

 結局、僕は一週間ほどその病院に入院している事になったよ。その間に僕は今君に話したとおりの経験……当時は実体験だと思っていたはなし……をお医者に聞かせたよ。彼は静かに聞いた後、言った。

「気にすることはありません。高熱の中、現実のように思える幻想というのは良くあることです」

 僕にはどうしても幻想とは思えなかったが、医者には逆らわなかった。どうせ信じてはもらえないだろうし、下手をすると僕が狂人扱いされかねないからね。

 最近になって、ようやく僕はやっぱりあれは医者の言う通り高熱の中見た一場の悪夢だったと自分自身を説得できるようになったよ。でもね……

 でも一つだけ未だに僕を悩ませ続けている思いがあるんだ。全くその事が頭に浮かぶと夜も眠れなくなるよ。それは何かって? それはね……

 それは、世界の果てどこかに人類を滅ぼさんと狙っている怪物が刻々と育っているんじゃないか……そしてその怪物は、僕の血を分けた子供なんじゃないかという考えさ。

【完】

コメント(3)

あとがき……というか、言い訳

半ば冗談のつもりで水妖祭を一週間延期しようと言ったら、本当に一週間遅れてしまいました。すみません……
しかも、一週間も遅れて投稿したのがこんなベタな作品とは! ちょっと自己嫌悪を感じます。これでも仕事を後回しにして書いたんですよ。

えー、ベタな作品ではありますが、一応実体験に基づいております。皆さんご存じと思いますが、ロングアイランドは本当にある島です。村の名前は全て架空のものですが、ルート25Aも実在の道路です。最近行ってないので今は知りませんが、1980年代には確かにここに描写した通りの道路でした。

この小説の時代設定より数年前ですが、私が高速を走れないようなポンコツに乗っていたというのも事実。当時、ニューヨーク州立ストーニーブルック大学の院生だったんです。ただし、家庭の事情でアメリカに住んでいたからで、文科省の奨励金で留学していたわけではありません。そんな優秀じゃありませんから。

小説に登場する屋敷も、当時、院生仲間の友達が住んでいた家をモデルにしました。日本だったらビジネスホテルの二、三軒は建とうという地所付の大邸宅だったにも拘わらず、貧乏院生が……数人で金を出し合ってとはいうものの……アルバイトで購える程度の家賃だったので、建物の古さと状態はご想像いただけると思います。

そして……夜中にドライブ中、こんな少女に遭遇したというのも本当なんです。ただし、私は主人公のように止まったりせずそのまま行きすぎてしまいました。おかげで怖い目に遭うこともなかった代わりにエロチックな経験もしてません。臆病者の人生は味気ないものです。
尤も、止まっていたところで、現実の彼女は多分彼氏とドライブに出たもののケンカか何かをして一人で歩いて帰らなければならなかったとか、そんな散文的な事だったんでしょうけどね!
 地の文のテンポがいいですね。
 クトゥルー神話によくある「異種族交配テーマ」をストレートにやっている作品だと思います。
 最後の一行が実に軽妙でいい感じです。
 ある種の無責任性と客観性を持つ、現代ならではの終末連想ですね(笑)
本当にこの同盟は書き手さんに恵まれていると感じた作品でした。
語り手がエスコートする物語は軽妙なテンポで展開しつつ、村上春樹的な(そう言えば彼も深きものどもらしきモチーフで小説を書いていますね)軽口が、80年代のアメリカを上手くさばいていると思います。
何より、実体験に基づいて書かれているアメリカなので、当時の風俗がありありと手に取るように分かり、地名も地図をなぞるようで想像に難くないです。
「異種求婚譚」においても、眷属の娘が人間の精を求めるという辺り、映画の「スピーシーズ」を思い出しました。
エロチックな部分も濃すぎず、恐らく配慮してくださったのではないかと。
面白かったです。

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