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80年代〜90年代のNBAコミュの好きだったチーム

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好きだったチームを語りましょう!


■ゴールデンステイト・ウォリアーズ

RUN TMCを軸にドンネルソンが仕掛けた
アップテンポなバスケが好きでした。

キラークロスオーバーに、
マリンの得点センス。

ボルとか、マーシャロニスと
見るとこ満載!!

あー楽しかったなー!

大好きだったので自分のチームのユニホームを
あの頃の青・黄色で作りました!

コメント(43)

ありきたりですがブルズです。特に1度目の3ピートのとき。

MJ&ピッペンに、BJやグラントといった準エース級のプレイヤーとカートライト、パクソン、タッカーといった堅実なロールプレイヤーで固めた布陣は完璧すぎです!

ぶっちゃけ72勝した時より強いんじゃないかとすら思います!
私もサンズ大好きでした(*^_^*)
若くて新しいHCと新しいアリーナでしたね☆ゞ
西はサンズ、東はペイサーズでした♪
何と言っても94年のNew York Knicksです。

C:ユーイング
F:オークリー
F:スミス
G:スタークス
G:ハーパー

控え:メイソン、アンソニー等
HC:ライリー

未だに当時のファイナルを見ても興奮するくらいです。

↑ファイナル行った時のブレイザーズ、サンズもよかったですね。

ブレイザーズは若かりし日のロビンソンとか、ダクワース・カーシーなどがいて見応えありました。

サンズはエインジも良かったし、デュマス、チェンバースなんかも渋い活躍してました。
僕もクリスさんと同じく94年ニックスに一票!

でも、それだけじゃつまらないので99年ニックスにも一票www

コホン ちょっと語らせていただきますw 99年ニックスが
なぜ好きかというといろんな意味でNYの不屈のエネルギーを
体現していたからです。もちろん、NYのメッチャクチャな部分も(笑)
99年は何をとってもドラマチックでした。

シーズン前にスタークス放出、代わりに入ってきたスプリーは
“前科者”、オークリーも放出され後釜のカンビーはあまりに
ファンの目の敵となりトレードをしたグランフェルドGMは
降格のちに解雇。ユイングも衰えと故障が目立ち始め、
ハーフコートスタイルでエースで在り続けたいユイングvs
ラン&ガンをしたいスプリー、ヒューストン、カンビーで
チームは内紛状態。

でも、スプリー、ヒューストン、カンビーが走ってそれを
ユイングが縁の下の力持ちとしてサポートするシステムが
定着して最後は何とかチームがまとまりシーズンのラスト8試合を
全勝して第8シードとしてプレイオフ進出。プレイオフでは、
マイアミ・ヒートとの天王山、第5戦でヒューストンがラスト
を決めたときは気持ちよかったー!ペイサーズ・シリーズでは
LJの4点プレーもあったしw ユイングがケガしなければ
スパーズに勝っていたと思いますよ。

でも一番印象に残ってるのはヴァンガンディー監督です。

チームはボロボロでNY地元スポーツ紙は監督解雇を
連日のように呼びかけ、ヴァンガンディーはものすごい
プレッシャーだったはずなんですよ。

しかも、プレイオフ開始直前ニックスのチェケッツ球団代表は
ヴァンガンディーのライバル、フィル・ジャクソンと密会し、
ニックス敗退と同時にヴァンガンディーをクビにして
ジャクソンを採用するというオファーを出していた事が発覚!

上司に浮気されて裏切られた上にプレイオフ全シリーズが
クビをかけたチキンレースとなった事でファンは一気に
ヴァンガンディーの味方に。MSGで勝ったときは
「ジェフ・ヴァンガンディー」コールが沸き上がった
のは今でも思い出すと身震いがします!

クタクタの背広にモサモサのハゲ頭、目の下には慢性的なクマ。
徹夜明けの中間管理職サラリーマンみたいな人だったけど、
ヴァンガンディー監督、NYに愛されてましたwww
ひらたいらさん>

ウェバーがいた頃はあまり見てないんです。。
ごめんなさい。
GS時代のスプリーは好きでしたね!!
クリス@大下さん、 覚さん>

どうぞ!
とりあえずこの写真が検索でひっかかりました!

私もタフなニッカボッカーズ(あえて。)
大好きでした!
>覚さん、ゆたさん

ありがとです!
スタークス・ユーイングいいですね!

99年のファイナル、結局1−4で敗退しました。残念なのはユーイングの怪我。でも、おかげでキャンビーという素晴らしい(当時はまだ原石だったけど)センターを知ったのです。

ニューヨークと言えば!の話ですが、忘れもしない2002年に現地観戦をしました。
未だスタークスの人気は高く、2002年当時スタークスは確かジャズにいたのですが、スタークスの92年セミファイナルのジョーダン・グラントの上からかましたダンクのポスターが飾ってあったくらいでした。

以前某雑誌でジャズ時代のスタークスのニューヨーク凱旋試合でスタンディングオーベンションで迎えられた記事を見ました。現地観戦して思ったこと、それはニューヨークファンって熱いんですね!(ちょっと話はそれましたが・・・)

あとは好きなチームは・・・やはり初優勝する前後の頃のピストンズでしょうか。

レインビアー、ロッドマン、トーマス、デューマス、ジョンソン・・・。

名プレイヤー揃いでした。
ゆたさん、クリスさんありがとうございます!

NYのファンは(自慢になっちゃいますがw)バスケを熟知
していますよ。さすがメッカだけのことはあるなと思います。

余談ながら、ここ数年のニックスはひどいチームでしたが、
今年はデビッド・リーやクロフォードの成長やマーブリーが
やっとリーダー役としてチームをまとめられるようになり、
まだまだ弱いけど、久々にユイング時代でお馴染みの
「ディーーーフェンス!」コールが沸くようになりました!


本題:好きだった80年代〜90年代チーム

う〜ん、ニックス以外で当時好きだったチーム。。。西カンファレンス
だったら90年代初頭のシアトル・スーパーソニックスが好きでした!

若かった頃のショーン・ケンプは恐ろしいプレーヤーでしたね!
まさに今のダンカンやガーネットのようにセンター並みのパワーと
ガード並みのスピードを持ったビッグマンでダンクシュートが
決まったときはリングから金属バットで硬球を打ったような音がwww

GPことペイトンも若かった頃は一流のディフェンダーでありながら
毎試合20点+10アシストって感じでしたね。

ネイト・マクミランのいぶし銀的プレーも渋かったです!
>クリス@大下さん
あの時のピストンズ強かったですねぇ〜。
他にも、アグワイヤやジョン・サリーなんかもいてめちゃめちゃタフガイだらけでしたね。

>覚さん
あの時のケンプの印象が強すぎて、晩年は見れなかったですね。。
そういえば、あの時期は暴れん坊ブリコウスキーも所属してたような。
ファイナルでのロドマンとの小競り合いはちょっとハラハラしました。



オフェンシブチームが沢山出てますが、ディフェンシブで好きだったチームを挙げてみます。

90年代中期のキャブス!
名将マイク・フラテロの元、テレル・ブランドンやタイロン・ヒルを要し、
毎年のようにプレーオフ出場。
キャブスと絡んだら非常にロースコアゲームになってしまう為、
地味な印象がついてますが、
ブランドンのフェイスガードは守備の鬼とも言えるくらい鉄壁でした。
また、タイロン・ヒルのリバウンド力も非常に高く、
ここまで守備に特化したチームも珍しいのではないでしょうか?
覚さん>

ソニックス、いーですね〜。
プレイオフで、8位のナゲッツに・・・

そんな事もありましたが、
あの時代のソニックスは強かったです!

レイマンのダンクはNBAの歴史で、
最も破壊的なダンクの一つではないでしょうか!
ゆたさん:いい写真ですね〜!懐かしい!90年代の全盛期
     のジョーダン&NBAって感じです。

>プレイオフで、8位のナゲッツに・・・
↑はい、そこ突っこまない!www 

でもあの年、ソニックスの最後のシュートが外れて、
NBA史上初めて8位が1位を破った瞬間、リバンを
捕ってそのまま床に倒れこんだナゲッツの(当時)
ムトンボの笑顔が印象的でしたね!(笑)

80〜90年代で他に好きだったチームは当時の
ダラス・マベリックス。今は毎年優勝候補の一角に
挙げられますが、80〜90年代は必ず勝てる
安全牌だったので好きでした(笑)

80〜90年代の残念賞チームということでw 
だって、チームがあまりにも弱いから埋もれたけど、
ハーパー&ブラックマンのバックコートは80年代の
代表的コンビのひとつです。

彼らがニックスに移籍後、ダラスにJキッド、
Jマッシュバーン、Jジャクソン(通称トリプルJ)という
90年代NBAのスターとなる夢のルーキートリオが
入団、期待されたけど活躍どころか、三つ巴の喧嘩で
チームはボロボロw ロッカーでキッドとジャクソンが
乱闘した事もあるとか。。。

80年代まともなセンターがいて、90年代トリプルJが
活躍して、今のノヴィツキーにつながっていれば
ダラスは常勝軍団だったかも知れませんね(苦笑)
>ひろとまとさん

キャブスといえばもうちょっと前の90年代前半はいいチームでしたね。ドアティー、ナンス、プライスのオールスタートリオにイーロー、ウィルキンス。何気にまとまっていたし、強かったですね!

>覚さん

うわー、懐かしいですね。ムトンボの倒れるシーン。あれと、モーニングの倒れるシーンはすごい印象的でした。あの当時のナゲッツは実はラウーフ(ジャクソン)が好きでした。ダンクコンテストに出れるくらいの身体能力+シュート力がお気に入りでした。

それとダラスの3’Jは今思ってももったいなかったですね。あの頃のダラスはよかったけど、解体後は負けてるイメージしかなかったです。
ゆたさんゴメン(笑)トピックの趣旨から離れますが、
僕は米国育ちで90年代の初めにこっちのゲーセンやスーファミで
「NBA JAM」というテレビゲームがありましたが、日本でも
流行っていたのでしょうか?

NBAの好きなチームが選べて、試合は2対2形式のゲームでしたw
最初からオチャラケでユーモラスなゲームでしたね(笑)

フルコートの3点シュートをスィッシュできたり、フリースロー
ラインから(荒川静香選手顔負けの)4〜6回転ダンクとか、
3本連続3点シュートを決めるとその選手がボールを触ると
ボールが火の玉になって一定時間は何を打っても必ず入る
「He's on Fire!!」機能とか、かな〜り笑えました!

感覚的に、昔元祖ファミコンで「燃えろプロ野球」って野球ゲームで
ホーナーかバースはバントの構えでも当たればホームラン!って
バカバカしさが売りでしたよ(笑)

いろんな裏技があって、使えるキャラがNBA選手だけに
限らず、格闘ゲーム「Mortal Combat」のキャラが登場したり、
果てはクリントン大統領もキャラとして使えたり(笑)
背広を着たクリントン大統領が両手でダンクしてバックボードの
ガラスを粉砕した時は爆笑しました。

でも何よりも、92年〜95年ぐらいに流行ってたのでゲームに
当時のNBA黄金期の名選手がほぼ全員出ていてメチャクチャなレベルで
夢の対決が実現したのが楽しかったですw

すいません、お邪魔しましたw 
覚さん>

なんのなんの、何でもありですよ!
NBAトークには変わりない!
楽しい思い出が話せれば!

>「He's on Fire!!」機能〜

さすが本場。
ここらへんのニュアンスは日本では
無理ですね。


ムトンボの写真いーです。
パックのダンクも見たいですね。
「闘将」パット・ライリー、「守護神」パトリック・ユーイング、「男前」チャールズ・スミス、「肉弾野郎」アンソニー・メイソン、「暴れん坊」ゼイビア・マクダニエル、「親分」チャールズ・オークリー、そして「突貫小僧」ジョン・スタークス。

ジョーダン率いるブルズももちろん好きでしたが、それ以上に男臭くて汗臭いニックスの面々が大好きでした。
あの頃はNBAファイナルより、イースタンカンファレンスのファイナルの方が興奮したし手に汗握りましたね。

特に好きだったのはスタークスです。
レプリカユニフォームも買いました。
シュートフォームも徹底的に真似しました。
全然近づきませんでした。
覚さん。
「NBA JAM」は日本でも発売されてました。
結構笑えて面白かったです。

好きだったチームは、83年シクサーズ。
90年代だと皆さんと同じようにニックスですかねえ。
それでもブルズは好きでしたしホーネッツも好きだったし。
イーストのチームが好きでした。
>てっつんさん

マクダニエルとか懐かしいですね。イースタンカンファレンスファイナルは本当に手に汗握る攻防で興奮しました。あのスミスのゴールしたのショットは印象的です。

そして僕も同じくスタークスファンでした。
初めて存在を知ったのが92年のオールスターのダンクコンテストで、すぐにファンになりました。ですので94年のオールスター本戦に選ばれた時は本当に嬉しかったな〜。
■90年代ミラーを中心としたIペイサーズ

イースタンプレイオフは面白かったですね〜。

・マーク・ジャクソン
・レジー・ミラー
・デイルとアントニオのデイビスBros
・スミッツ
・マッキー
(シュレンプが居た頃は弱かったなー。)

スミッツ以外は速攻もできるし、
ハーフコートバスケも多種多様。

スミッツでポスト、
デイビスリバンド。

ミラーの外角。

マーク・ジャクソンのポストアップも
何故か効果的でした。

試合前の円陣からみんなで
踊ってコートに入るのはカッコ良かった。。

ライバルチームも強かったし
いい時代ですよね。
>ゆたさん

ちょうどあの頃のペイサーズはニックスのライバルでしたね。
他にはベンチメンバーのバイロン・スコット、ヴァーン・フレミング、ヘイウッド・ワークマンなどもいましたね。

>試合前の円陣からみんなで
踊ってコートに入るのはカッコ良かった。。

結構練習したんですが、いまいち上手くならなかった・・・。
ゆたさん:懐かしい、ニックス対ペーサーズのプレイオフ
     シリーズは面白かったですね〜〜〜!!!!
     スタークスがミラーに頭突きして即退場を
     喰らった時は忘れられないです。トラッシュトーク
     がいかに効果的な武器かを思い知らされ、ミラー
     の「上手さ」に敵ながら感服です。でも、そのあと
     スタークスにブチギレしたユイングの形相!!
     さすが、キャプテンでしたねw

エディ・カリーは今年ローポストから毎試合15〜25点
期待でき、少しはユイングらしくなったと一瞬
思いましたが、守りでは両腕がいつも下がっているのを
見るとカリーもまだまだだな〜(涙)惜しいっす、
あんなにいいガタイしてるのにw

80年代後半〜90年代前半まではディフェンス=
チャンピオンシップの東カンファレンスでしたね!
それを象徴するように、東で強いチームは必ずC&PFW
のコンビが巨大でゴール下は死守ってスタイルでしたね(笑)

その中でも、95年のオーランド・マジックは良かった
ですね。若いシャックと熟練のホーレス・グラントが
ゴール下を死守、攻撃ではペニー、ニック・アンダーソン、
デニス・スコットが3点の雨あられ(笑)これほど
簡単で分かりやすいチーム編成も珍しいです!

プロ入り6〜7年目のカリーも90年代の
東カンファレンスで揉まれてたら、今頃はもっとすごい
プレーヤーに成長してたかもな〜
クリス@大下 さん>

>結構練習したんですが、〜
あれを覚えてる人が居るとは。。
嬉しいです!

覚さん>

>ユイングの形相!!
まさに湘北赤木!
確かにスタークスにどなってるユーイング
の印象は強烈でした!
>覚さん
マジック、良かったですね〜。
そこにブライアン・ショウがヒョコっと出てきてさくっとロング決めてベンチに戻る姿が印象的です。
ファイナルのロケッツ戦で敗退時、シャックの呆然とした顔が忘れられません。


マジックと言えばやはりホーネッツが頭に浮かんでしまいました。
当時、フューチャーブルズと呼ばれ期待されたホーネッツ。
モーニングが守って、マグジーがボールを運び、ギルとLJが点取りまくりの
若さ溢れるチームでした。
良く、クラッチシュートの特集なんかで必ずと言っていいほど、
ZOがシュート打ったあとフロアに倒れて両手を突き上げるシーンが入ってますね。
あのユニフォームも当時はカッコよかったなぁ〜。
当時は、友達とジョージタウン大のセンターの真似するのが流行ってて、
ZOがダンク決めた後の両手をクロスさせて
ガッツンガッツン(分かりにくいかも・・)するのを良く真似してました★
ろんり〜さん:そっか!NBA JAMは日本でも発売されていた
       のですねwww 懐かしくなって最近ネットで
       調べたら、今でもPS2とかXBox版が出てる
       ようですね(笑)

本題:80〜90年代の何気に忘れらている(?)優勝チーム
   ってことで、90〜91年のデトロイト・ピストンズに1票ずつ!
   マジック・バード・ジョーダン全盛期に彼らの間に割って入り
   2連覇を達成してるのに、なんか世間の記憶では影が薄いと
   思いませんか?

   アイゼア・トーマス、デニス・ロッドマン、ビル・レインビーヤ、
   ジェイムス・エドワーズと見るからにガラの悪いチームでしたね。
   唯一ナイスガイと言われていたSGジョー・デュマーズも
   コート上ではゴルゴ13並みにクールで外しませんでしたねw
覚さん>

待ってました!
自動車の街!

BADなPISTON野郎達!

ジョーダンとブルズを強くしたのは
当時格上のピストンズですよね!

天使の笑顔と・・アイザイアのプレーは
何かやってくれるだろうと、
釘付けでした!

レインビア、若きロッドマン、ジョー
タフなイースタン時代ですね。。
>クリス@大下さん
チャールズ・スミスがシュートに行く→ピッペンにブロックされる→オフェンスリバウンドをそのまま取ってシュートに行く→ピッペンにブロックされる×3回→試合終了でしたっけ、あのシーン。
「ダンクに行ってたら…」と何度思ったことでしょう。
実況のアナウンサーも「Stop the Smith! Stop the Smith! Stop the Smith!」って絶叫してましたね。
>ひろとまとさん、覚さん

マジックはちょいマニアックですが、アンソニー・ブーイ、ジョー・ウルフ、グレッグ・カイトなんてベンチプレーヤーがいましたね。ウルフなんてシュート決めると観客がウルフのまねしてました。う〜ん、懐かしい・・・。

>てっつんさん
>チャールズ・スミスがシュートに行く→ピッペンにブロックされる→オフェンスリバウンドをそのまま取ってシュートに行く→ピッペンにブロックされる×3回→試合終了でしたっけ、あのシーン。


そうそう、その実況!今でも頭にこびり付いてます。あの泣きそうなスミスの顔もですけど。ちなみに試合終了直前のBJのレイアップもありました。

その後シカゴに帰った第6戦では残り1分でピッペンが3ポイントを決めた時のガッツポーズも格好よかった!

BJと言えば!実は直にサインもらったんですよ〜!BJが引退してからですが。
90年代前半。。。当時鮮明に記憶に焼き付いたイメージを3つ↑

ちょうど俺は高校と大学時代で授業サボッてバスケやってましたwww 
NBAもホント熱かった時代ですね。


くりすさん、てっつんさん:よく覚えてらっしゃいますね!(笑)
    あれは第2戦が例のスタークスの「ザ・ダンク」の試合
    だったシリーズですねw MSGで2連勝、締めがあのダンク。
    誰もがブルズ王朝崩壊と笑ってたのに、見事シカゴで
    巻き返されてMSGで第5戦終盤でスミス。。。

    その後、シカゴで第6戦をやって試合開始直前にチームに
    指示を出すライリー監督がテレビに映って、親父が
    「ライリーのあの顔を見てみろよ、もう勝てないって
    わかってる顔だぜ」って野次ったのを鮮明に覚えてます。
    確かに、ライリーの顔がもう精彩を欠いてゲッソリでしたw
    案の定、全然ダメでしたね。。。

    BJ!懐かしい!スタークスの「ザ・ダンク」で、スクリーン
    を設置したユイングにそのまま客席に放り投げられましたねw

80s〜90sで好きだったチーム:やっぱ、忘れてはいけない
でしょう! 92年バルセロナのオリジナル・ドリームチーム!!!
予選から金メダル決勝戦までチャック・デイリー監督は一回も
タイムアウトを使っていませんw 

最近では世界も強くなったもので、単にNBAのオールスターを
送っても勝つどころか逆に全く歯が立たないケースも多いですね。
サッカー形式に世界では代表チームは何年も一緒にプレーさせるので
にわか仕込みのNBAでは勝てないのでしょうか(苦笑)

92年当時ではなく、現在のギリシャ、クロアチア、アルゼンチン
など世界バスケの強豪と92年ドリームチームが戦ったら
どうなると思いますか?(笑)
右の画像は今は亡きペトロビッチじゃないですか!?

バルセロナでの活躍を鮮明に覚えてます。
あの当時のクロアチアはかなり強く、NBA選手もかなりいました。ラジャ、クーコッチなどもいて、本当に充実した戦力の中でのキャプテンがペトロビッチでしたね。

彼の事故死直後のNBAファイナルでは親友のD.エインジがユニホームにペトロビッチの背番号を付けてました。あの頃はペトロビッチ、R.ルイスといった将来のNBAスターたちの死が相次ぎましたね。かなりショックを受けたのを覚えてます。

>BJ!懐かしい!スタークスの「ザ・ダンク」で、スクリーンを設置したユイングにそのまま客席に放り投げられましたねw

BJの倒れるシーンと言えば…
その年のファイナル第6戦のパクソンの最後の3ポイントを放った瞬間に自ら後ろに倒れてました。ガッツポーズしながら!


>92年当時ではなく、現在のギリシャ、クロアチア、アルゼンチン
など世界バスケの強豪と92年ドリームチームが戦ったら
どうなると思いますか?(笑)


僕はやはりドリーム?が最強だと思います。

当時は脂の乗り切った、充実した頃のスーパースターのみが選ばれていて、オールスターの中のオールスターって感じでしたから。

逆に今はオールスターの中のオールスター選手の数が相対的に減ってきて、さらにそういった選手の出場もないので。
何気にペトロビッチですね〜(笑)若いケニー・アンダーソン、
デリック・コールマンを中心にペトロビッチがジャンジャン3点
を連発!顔がキモイC、アンソニー・ブーウィとかもいましたね。
何と言っても、チャック・デイリー監督貫禄ありました。
一年だけ、ポッとプレイオフに出てニックスと対戦したのを
覚えてます。93年ぐらいだったかな?

ペトロビッチもどちらかというと、SGとしてはクィックネスが
足りなかったしディフェンスもザルでしたが、写真のガッツポーズ
らしく、いつも感情ムキ出しのハッスルプレーヤーだったので
今でも印象に残っています。

ネッツ在籍2年で平均得点21点、バスケ殿堂入りも果たしてるほど
印象的なプレーヤーで現在のヨーロッパ勢にとってはクーコッチと
ともに、野茂的な選手でしたね! 

余談ながら興奮したり、トラッシュトークする時は
クロアチア語だったのがよかったですw 自分もアメリカで
日本語で叫んだり、フリースロー時に横の奴を野次ってましたから。
(お前何言ってンだって黒人にまくし立てられても、いや日本語で
カール・マローンの物真似ってトボケてました)

ドリームチーム1なら今でも余裕で国際大会を勝てそうですよね。
でも、逆を言えば、例えば去年日本で活躍したNBA選抜の方が
身体能力的にはドリームチームより上だと思います。ドリームチーム1
は何気に平均年齢30歳以上だったし。ドリームチーム1のすごさは
バスケの知識・基礎・チームプレーを限りなく熟知していたこと
だと思います。そして、今のアメリカのバスケ界は若い選手が
それらを得る環境が著しく退化しています。
ペトロビッチ・・・。
亡くなった後に購入した「NBA JAMSESSION」というビデオで一瞬だけ映ってました。
「Rim Shaker」という曲の「♪Shake The Rim」というラップに口を合わせる一瞬でしたが、見た瞬間に涙が・・・。

ペトロビッチ、ペラソビッチ、コマジェッチ、シュチェチカリン、クーコッチ、ラジャ。
あのクロアチア代表も印象に残ってますよね。
>トラッシュトークする時はクロアチア語だったのがよかったですw

トラッシュトークしても相手は理解できないんでしょうね(笑)

>ドリームチーム1は何気に平均年齢30歳以上だったし。ドリームチーム1のすごさはバスケの知識・基礎・チームプレーを限りなく熟知していたことだと思います。そして、今のアメリカのバスケ界は若い選手がそれらを得る環境が著しく退化しています。

まったくの同感だと思います。本当に成熟したプレーヤー達だったと思います。
こちらも某所より発見した画像です。
やっぱりブルズでしたね。ミーハーみたいですけど。

 C-ビル・カートライト
PF-ホーレス・グラント
SF-スコッティ・ピッペン
SG-マイケル・ジョーダン
PG-BJ・アームストロング
   ジョン・パクソン

ニックスとのカンファレンスファイナル、第4戦のジョーダン54点?の大爆発!第5戦のピッペンのトリプル・ダブルが印象的。

サンズとの最後のパクソンの劇的な3P今でもビデオで見ますね。

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