リチャード・ローティコミュのレビュー

「連帯としての科学」（Science as Solidarity,1987）

何とも堅苦しいタイトルである。科学も連帯も固い言葉だ。いったい、貴方はこのタイトルからどのような内容を想像するだろうか。ごく平凡に想像すると、科学という真理によって＜知＞は収斂し、人間は、この真理に基づいた固い連帯を実現する、といった感じではなかろうか。しかし、本論文はこれとはまるで逆だ。その、脱構築の手際の良さは、まさにポストモダンの魔術師と呼ばれるにふさわしい。

ローティは現代を科学者が聖職者にとって変わり、真理こそが道徳的規範になった社会と見る。もちろん、ローティはこの見方を真っ向から否定する。まず、「合理性」を「方法」としてではなく「正気の」あるいは「分別のある」「教養のある」という意味で使用する。こうした弱い意味での合理性を用いて、人文学を「合理的な学問」であり「道徳的徳目」を発揮するものと位置づけるのである。

こうしてローティは、自然科学や、形而上学、神学を聖域からひきずりおろす。それだけではない。ローティは形而上学や神学を完全に否定する立場をとるのである。

ローティはアメリカを代表するプラグマニストであり、しばしばネオ・プラグマニストと呼ばれる。ローティのプラグマティズムは、基準的合理性にあるのではない。そうではなく「ぼかし主義」とも呼ばれるがごとく、客観性の観念を「強制によらない合意」あるいは「容認しうる見解の相違」の観念と取り換えるのである。ローティはこう書いている

（引用開始）われわれプラグマティストは、真理論を持ってはいない。相対主義的真理など論外である。われわれは、連帯の熱烈な支持者である。そのわれわれが行う、共同的探究の価値に関する説明は、ただ倫理的基盤を持っているだけであって、認識論的基盤や形而上学的基盤を持っているわけではないのである。（引用終了）

要するに重要なのは、「倫理的基盤」に対するゆるやかな、そして広範な合意だけだというわけだ。

ここで唐突に「連帯」という言葉が出てきたことに違和感を持つ人もいるだろう。私もそのひとりだった。連帯からイメージするのは、それこそ政治的団結のようなものだからである。しかし、ローティの使用する「連帯」は、むしろ「連帯感覚」といった柔らかいもののようだ。ローティの著書「偶然性・アイロニー・連帯」には、こういう説明がある。

（引用開始）しかし、その連帯は、あらゆる人間存在のうちにある自己の核心、人間の本質を承認することではない。むしろ、連帯とは、伝統的な差異（種族、宗教、人種、習慣、その他の違い）を、苦痛や辱めという点での類似性と比較するならばさほど重要ではないと次第に考えて行く能力、私たちとはかなり違ったひとびとを「われわれ」の範囲の中に包含させるものと考えて行く能力である。（引用終了）

さらに、ローティは「自文化中心主義」の立場をとるのであるが、この「自文化中心主義」も、その言葉から受ける印象とは異なる。ローティの「自文化中心主義」とは、自身の光に照らして行動するという意味であり、現実問題として、それ以外に使える光がないが故の「自文化中心主義」なのだ。言われるまでもなく当たり前のことなのだが、ここでも彼は脱構築に余念がない。

こうしてローティは、古い「連帯としての科学」に変わる、新しい「連帯としての科学」を提案しているのだ。そして、ローティはより開かれたリベラルな、そして大きな共同体を求める。それは、共同体自身の維持、改善、向上といった目的のためにあるのであり、決してそれ以上の高い目的に奉仕するためにあるのではない。否、それ以上に高い目標など何もないのだろう。


※「連帯としての科学」は、岩波書店『連帯と自由の哲学−二元論の幻想を超えて』冨田恭彦訳、に収録されています。


なお、ローティ論文に関するレビューは、コミュニティ「対立の哲学」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1044996
にて連載の予定です。