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開催終了七夕

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2006年07月11日 01:12 更新

 今年の七夕を四日後に控えて、加奈子は妙な拾いものをした去年の七月三日のことを思い出していた。
 その日加奈子は一人息子の俊一を連れて多摩川に散歩に出かけた。日曜日の午後だった。俊一は小学校2年生である。母一人子一人の家庭で、普段息子に寂しい思いをさせているのでは、と思った加奈子が久しぶりに二人で散歩に出たのだった。梅雨の合間の良く晴れた日だった。小さなピクニック気分だった。
「名前は、そうだな権兵衛と呼んで下さい」
 男はふざけたような名前を口にした。むろん本名ではない。
 つまり、権兵衛さんという男を拾ったのである。権兵衛さんは河原に寝転がっていた。グレーのスラックスにクリーム色のポロシャツを着ていたが、相当にくたびれていた。髭も伸び放題である。どうみても中年親父の家出としか見えなかった。年齢は五十前後と思われた。
 そのとき加奈子は権兵衛さんに昔つきあっていた上司の面影を見たのだった。加奈子は大手の銀行に勤めていたが、上司である部長と不倫関係になった。俊一を身籠もったとき、
「生みたい」
 と言ったが部長は許してくれなかった。
「私一人で育てます」
 気丈に言って銀行を辞めた。その後部長に相談することなく、もちろん向こうからも何の連絡もなかったが、一人でひっそりと生んだ。それが俊一である。
 心の中で俊一に父親が欲しい、と思っていたのか、それとも、生来の加奈子の中年好きが影響したのか分からないが、
「行くところがないんだ。何でもするから、しばらく泊めてもらえないだろうか」
 という権兵衛さんの頼みを半分警戒しながらも了承したのだった。
 権兵衛さんはよく見ると誠実そうな人柄で、髭を剃ってしっかりしたスーツを着ると銀行の部長といってもおかしくない感じではあったのだ。
 翌日は雨だった。梅雨空が戻ってきたような感じだった。いつものように俊一を学校に送りだして、自分も仕事先に出かけた。ただ一つ違っていたのは、権兵衛さんの昼食用におにぎりを3個テーブルに置いたことだった。
 大丈夫かな、という不安がなかった訳ではない。仮にも大人の男である。母子家庭の部屋に一人残したことの不安で、加奈子は一日仕事が手につかなかった。
 不安になって早めに家に帰った加奈子は部屋に入って仰天した。
(泥棒!)
 だが、すぐにそれが間違いだと気づいた。部屋を綺麗に片づける泥棒などいない。
「一日、やることなくて退屈でさ。ご飯のお礼に掃除と洗濯をしといたよ。ついでに自分のもしばらく洗濯してなかったから、洗濯した」
 そう言った権兵衛さんを見たら、バスタオルを腰に巻いたきりの格好だった。
「この雨で洗濯物が乾かないんだって」
 すでに帰宅していた俊一が補足する。
「こんな格好でごめんね。自分のも乾かなくて」
 バツが悪そうに謝る権兵衛さんに加奈子は思わず笑ってしまった。
「待ってて」
 そう言って、加奈子は近所にコンビニに走った。
「余計なことしなくて良いわよ」
 と言いながらも声は怒っていない。
「七三〇円の不要な出費よ」
 と言ってコンビニで買ったトランクスを渡した。
 権兵衛さんは、ありがとう、と言って包装を解くとすぐに穿いた。黒いごく普通のものだった。白い肌、年齢の割に張りのある皮膚、加奈子の胸がほんのちょっぴり騒いだ。
「これ、着ていいから」
 そういって加奈子が渡したのは、この部屋にたった一枚あった男物のポロシャツだった。
 昔部長へのプレゼントのつもりで買ったのだが、結局渡せずに押入の奥深くしまっておいた物である。
「おじさん、宿題見てくれよ」
 俊一の依頼に二つ返事で応えた権兵衛さんは、それから丁寧に俊一の勉強を見てくれた。
 夕食の支度をしながら、俊一に優しく教えている権兵衛さんの声を聞きながら、ふと、加奈子はある安らぎを覚えた。
 コンビニで発泡酒も2本買ってきていたので夕食時に一本ずつ飲んだ。権兵衛さんはそれ一本で、顔をほんのり上気させて、俊一に中年親父の下手な駄洒落を飛ばしている。だが、その光景を見てなぜか加奈子は幸福感に浸っていた。そして、部長とこんな慎ましいひとときがもてたらどんなに幸せだったことだろうかと思った。
 三日間があっというまに過ぎた。その日は七夕だった。すでに権兵衛さんがいることに何の不思議も感じなくなっていた。3人で暮らしているのが当たり前のような気がしていた。
 加奈子は笹竹を調達してきた。俊一は権兵衛さんと折り紙を切って短冊を作っている。
「願い事を書くとかなえられるんだ」
「うん。どっちがたくさん書くか競争しようか」
「願い事の競争か。面白いね」
 二人はわいわい言いながら、七夕の飾り付けをしていた。
 梅雨の時期だが、不思議と七月七日は晴れの日が多い。その年もそうだった。
「あっつ。花火がある。少し早いが花火をやるか」
 それは去年の残り物だった。数は多くなかったが、ベランダでの花火に俊一は楽しそうだった。俊一に父親がいればこんなふうに楽しむのだろうか。加奈子はこのまま時が止まって欲しいと思いながらも、こんな幸せなときは長くは続かないだろうとも思っていた。
 加奈子のその思いは不幸にも翌日に現実のものとなった。
 俊一を送り出して、自分も出かけようとしたとき、紺のスーツを着た男性が現れたのだった。
「こちらに山田一郎さんがおられると聞いて伺ったのですが」
 その声を聞くと権兵衛さんはとっても悲しい顔をした。
 権兵衛さんは本当のことを話してくれた。権兵衛さんの本名は山田一郎。加奈子が勤めていた銀行とはライバル関係にある銀行の部長だった。山田さんには奥さんと高校3年生になる息子がいた。奥さんとは見合い結婚で、一人息子は来年受験だった。東大を期待しているのだが、高校では難しいだろうという感触だった。
 山田一郎は会社人間で、すでに妻とは齟齬をきたしていた。そんな妻は息子に期待していた。だが、母の期待を受けた息子はプレッシャーに押しつぶされていたのだろう。受験勉強をしなくなった。それを見とがめて母は注意したが息子は無視した。一郎は妻に責められて息子に、
「俺の子なのに、なんで東大くらい合格できないんだ」
 と言ってやる気を出せようとしたが、逆効果だった。
 逆上して刃物を持った息子に追い回されて一郎は逃げていたのである。そこを加奈子に拾われたのだった。
 紺のスーツの男は一郎の部下で、会社を無断欠勤しているため、ずっと探していたとのことだった。
「隠していてごめんね。でも、ここで過ごした4日間は本当に楽しかった。ありがとう。私は結婚してから妻や子とこんな時を過ごしたことがなかった。仕事に追われていたし、妻もどこか私に冷たかった」
 権兵衛さんは寂しそう言った。
「このポロシャツ記念にもらって良いかな。大切にするよ」
 そう言って部屋を出た。
 加奈子は首を縦に振っただけで言葉はでなかった。ただ、後から後から涙だけが溢れるように流れた。
 おそらく権兵衛さんも家に帰ったとてここで過ごした以上の安らぎはないだろう。でも帰らなければならないのだ。
(俊一になんて言おう)
 と思ったとき、
「来年の七夕の日にもう一度来て頂けませんか。俊一のために」
 ほとんど叫んでいた。紺のスーツを着た男が用意した車に乗り込もうとしていた権兵衛さん、いや山田一郎は、
「ありがとう。来年の七月七日に必ず会いに来るよ」
 そう言って車に乗り込んだ。心なしか山田一郎の目は潤んでいるように思えた。
 あれから一年、今年の七月七日に山田一郎、いや権兵衛さんは来るだろうか。
                      (了)

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