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開催終了(新生)活動案内;2014/08/30

詳細

2014年08月18日 13:16 更新

神戸・週末ボランティア 新生 復興住宅訪問活動のご案内

忘れない、寄り添う、「息の長い支援」は神戸から

日時:2014年8月30日(土) 午後2時〜5時

集合場所・時間:垂水東口、いかなごのモニュメント前 午後1時20分 にお越し下さい。

JR・山陽各線垂水駅東口山側すぐ、レバンテ垂水前の広場です。
集合後、路線バスで移動、復興住宅(ベルデ名谷:垂水区)をお訪ねします。

阪神淡路大震災で被災された方を、神戸市内の復興住宅にお訪ねし、震災のことや今お困りのことなどの「お話し伺い」をする傾聴ボランティアです。
1回だけでも、初めてでも、お気軽に、ご一緒下さればうれしいです。

ご参加の際は、050-6863-1039[電話]、kobevolunteer@aol.jp[メール]、メッセージにて、
予めご連絡下されば幸いです。

天候によっては中止・変更させていただくこともあります。
7月12日(土)・13日(日),8月30日(土)・31日(日),9月06日(土)・07日(日)は、同一場所・時間帯での活動を計画しています。

当ボランティアは、2014年3月30日、仮設・復興住宅訪問通算600回をむかえました!
 
神戸・週末ボランティアは、2013年、
「神戸・週末ボランティア 新生」のもと、
不定期ながらも、毎回ニーズや課題に即したテーマを設定する新たな活動形態で、
阪神淡路大震災の被災者に寄り添い、共に歩んでいきたいと思います。


 阪神淡路大震災から早くも20年になろうとしています。新たな活動主体のもとで、今だからこそ、これまでの被災地に根ざし、これまでの被災者に寄り添おうと、神戸市内の復興住宅に改めてお訪ねし、「お話し伺い」〜傾聴ボランティアをさせていただいています。

 1月には、三宮・東遊園地の一角にともる「希望の灯り」の分灯とともに、お訪ねしました。3月30日には、旧グループでの仮設住宅訪問以来、通算600回目の訪問活動となったほか、リフレッシュ・スタート以来の訪問戸数も、重複なしの実数ベースで1000戸を超えました。

 そこで今季も、昨秋以来取り組んできた、神戸中心部から西側に遠く離れ、深い山間の急斜面上に聳え立つ復興住宅をお訪ねすることにしました。長年にわたって築き上げ、慣れ親しんできた地域コミュニティ、生活手段、その他の環境から、空間的にも隔てられ、社会的にも異質な情況にあることを、長きにわたって強いられているものです。

 東日本大震災の被災地・被災者においても、同様の問題が不可避になろうとしている中で、こうした「切り離されて暮らすこと」を通じた、役立ちと学びの意義は、さらなるものとなっています。

 1回だけでも、初めてでも、お気軽に、ご一緒くださればうれしいです


☆新聞で紹介されています☆ (2014.3.23)
産経新聞神戸版:
「時間重ねて見える問題も」復興住宅訪問600回に 神戸のボランティア団体
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140323/wlf14032309000002-n1.htm
神戸新聞神戸版:
住民の悩み聞き続け 神戸・週末ボランティア 新生 「将来の一助に」 復興住宅訪問、仲間募る
http://on.fb.me/NYrjIH
毎日新聞神戸版:
「神戸・週末ボランティア新生」、被災者訪問30回目/兵庫
http://mainichi.jp/area/hyogo/news/20140323ddlk28040238000c.html

コメント(4)

  • [1] mixiユーザー

    2014年09月29日 00:27

    ・80代男性。長田区で全壊。5棟続きのうち3棟が倒れた。2階建ての1階にいたが,ペシャンコになった中から出てくることが出来た。大切にしていたギターを1本だけ持ち出すことが出来た。この日に限ってケースに入れてあったのが幸いした。近くでは,手を挟まれて逃げられなくなった人がいて,近くの人がやむなく切断して助けたものの,避難先で処置が出来ず,10日ほどで亡くなったことがあった。西区の仮設住宅を経て,この復興住宅に入居して15年。17歳でギターを始め,アルゼンチンバーなどで演奏してきた。若い頃からの楽譜は今も宝物。震災後は仮設住宅などを廻って慰問演奏をしてきた。この復興住宅に入居してからも階下で弾いていたことも。その様子は何度かテレビでも採り上げられ,そうした中で知り合った人と飲みに行くのが楽しみだった。この頃は物忘れが多くなった,「終活」してる。最近この復興住宅では,徘徊しているような高齢者を見かける。特に一人住まいの方に多いようだ。<ボランティアの訪問時には,太鼓で迎えていただき,ギター演奏を聴かせてくださった。シート記入の上,お部屋でお話し伺い。>

    ・70代女性。夫婦2人暮らし。垂水区で半壊。仮設住宅には入っていない。家主が取り壊すというので,民間の賃貸住宅への入居や,子どもとの同居を考えたが,この復興住宅を申し込んだらすぐ当たった。この復興住宅に入居して15年。竣工後すぐ入居した人より少し遅れての入居だった。高齢者として優先される年齢ではなかったため,下層階ではなく,高い階へ入ることになった。ここには仕事を辞めて入居した。震災で被害を受けながらも,配置転換で続けていたところだった。最初はバス停までの坂道が苦痛だったが慣れた。仕方ない。ヘルパーは頼まず,買い物も自分でしている。自治会の用事も引き受けている。血圧が高いので,月1回はバスに乗って通院している。近くに住んでいる子どもが,面倒みてくれたり,旅行に連れて行ってくれたりする。近所づきあいはあいさつ程度。ここでの暮らしには慣れたが,人間関係はたいへん。面倒だが,いちいち気にしていたら住めないし…。昨2013年4月の淡路島地震の時は,けっこう揺れたが,特に問題はなかった。東日本大震災や最近の豪雨土砂災害の被災者もたいへんだろう。

    ・70代女性。長田区で全壊。古い家だったのですぐ壊れてしまった。近くの小学校に避難して,半年過ごした。体育館は危険で使えず,教室に入ったが,人が多くて,場所を確保するのがたいへんだった。まだ若かったので働いていた。会社が半壊ながら事業を継続していたので,避難所から通っていた。避難所ではみんなで助け合った。震災直後は葬式が多かったのを思い出す。この復興住宅に入居して15年。近所とはあまり話しをしない。最初は顔見知りになったが,少し経ってくると…。物騒だから扉は閉めているが,暑いときなどは廻りに水を撒いたりもしている。年には勝てない。親や友人が亡くなって寂しい。毎日が一生懸命。白内障でちょっとづつ見えにくくなってきていて,手術しなければならなくなるのが怖い。買い物は医者に行った帰りにしている。バス1本で行ける便利な所にしている。

    ・70代女性。中央区で半壊。「被災した場所は中央区です。家はこわれなかったのですが50%でした。家主がこわすと言ったのです。●●に避難していました。(平成)7年の7月頃までです。仮設住宅はポートアイランドに友人と一緒に行く箏が出来ました。4年間いました。台風のときが大へんで友人の所に行って一緒にいました。そして今の住宅が当たったのです。この住宅は坂があってたいへんですが,当時はまだ若かったのでうれしく,家も広いですし,有難く思っています。今の健康状態はまあまあです。少し足が痛い時がありますが,何とか生活は出来ています。」<自身でシート記入>

    ・70代女性。夫婦2人暮らし。垂水区で被災。住んでいた公団住宅はとくに被害がなかった。水や電気が止まったが,建物の上に給水タンクがあったので(給水車に並んで水汲みに行くなどの苦労はせず)困らなかった。この復興住宅に入居して15年。(被災者に割り当てた後の)残りが当たったので,皆より少し遅れて入った。身体はどこも悪いところはなく,元気。近所づきあいは,隣とも親しくしている。
  • [2] mixiユーザー

    2014年09月29日 00:27

    ・40代女性。この復興住宅に入居して5年。神戸市内で被災して,この復興住宅に入居して15年になる母と同居している。近くで亡くなった人もいる。<インターホン越しに応答。予定時刻を遅れて訪問>

    ・70代男性。「どういう御用?(支援シート)まだ書いてへん。また連絡させてもらう。」<玄関に出てこられて応答,「お話し伺い」を主としていることなどを説明。予定時刻を遅れて訪問>

    ・60代女性。「ちょうど今,出かけました。」<インターホン,玄関扉内のよろい戸越しに応答。予定時刻を遅れて訪問>

    ・70代女性。須磨区で被災。この復興住宅に入居して15年。「特にありません」<自身でシート記入>

    ・80代男性。中央区で被災。「(お困りのこと,心配なことは?)めぐすり」<自身でシート記入>

    ・40代女性。「けっこうです。」<インターホン越しに応答。予定時刻を遅れて訪問>

    ・60〜70代男性。「あ,うち,大丈夫です。」<ドアを開けて応答>
  • [3] mixiユーザー

    2014年09月29日 00:28

    ・80代男性。エレベータで乗り合わせたときにお声がけ。この復興住宅の棟の前にある花壇の世話をしていて,そこに向かうところとのことで同行。心筋梗塞で入院して,退院してきたら,目が見えにくくなった。薬の副作用のようだが…。「80もすぎて,身体も悪くなってきた,70代のようにはいかん,花も知っとる」。()何も植わっていないところを指して)「ここを世話していたおばあさん亡くなった」。「見えにくい」といいながらも,道具を使わずに,素手で雑草を抜いていた。<予告ビラ入れをしているときにお会いしてお話し伺い>

    ・70代女性。長田区で全壊。西区の仮設住宅を経て,この復興住宅へ入居して16年。同じ仮設住宅から一緒にここへ来た人も居り,つきあいがある人も,亡くなった人もいる。仮設住宅ではボランティアがよくしてくれた。一緒にご飯をつくって食べたのがいい想い出になっている。震災のことは,もう20年も経っていて,忘れたことも多く,思い出したくないこともある。他に同じように思っている人も少なくないはず。<予告ビラ投函時にお会いしてお話し伺い>

    ・80代女性。「遅くまでご苦労さまです」とお声がけくださったので,ボランティアの趣旨を説明。毎日この復興住宅の建物の廻りを散歩していて,何度も休憩しながら,足が悪くならないようにしている,病院にも毎日通っている,とのこと。活動紹介のビラなどを差し上げ,「お伺いするときにはよろしく」といって別れた。<予告ビラ入れをしているときにお会いしてお話し伺い>

    ・40代男性。西区で被災。この復興住宅に入居して2年。とくに被害はなかった。ここへ来てまだ日が浅い。とくに困っていることはない。作業着姿で,仕事帰りだとのこと。<予告ビラ投函時に出会い,ボランティアの趣旨を説明しつつ簡単なお話し伺いに>

    ・70代?女性。「結構です。変わったとありません。特にお話しすることありません。」<予告ビラ投函時,玄関ののれん越しに姿が見えたのでお声がけ,ボランティアの趣旨を説明。>

    ・70〜80代男性。身体の調子が悪いので,あまり話したくないので結構です。他には困っていることはない。<予告ビラ投函時にお会いしてお話し伺い>

    ・80代女性。友だちの所から帰ってきたところ。ボランティアの趣旨を説明し,ビラを手渡し。<予告ビラを投函しているところにお会いする。>
  • [4] mixiユーザー

    2014年09月29日 00:28

    ・70代男性。予告ビラ投函後にお会いしたので,当ボランティアの活動の趣旨や方法などを説明させていただきながら,お話し伺い。この棟の住民のお世話をしている。敬老の日にあわせて,(当ボランティアとは)別の聞き取り調査の訪問が入るのだが…。

    ・70代男性。予告ビラ投函後,玄関前の廊下に出てこられ,当ボランティアの参加者募集が「神戸新聞」に出ていたのをみて,訪問活動を知っていたので,いつ来るかと待っていたとのことで,ボランティアの活動の趣旨などを説明させていただいた。

    ・80代男性。予告ビラ配布時,玄関前の廊下で座っていたところ,「●●です。」と,私たちに声をかけてくださったので,ボランティアの訪問活動の趣旨などを説明させていただいた。
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