1994年8月、音楽好きの仲間が集まりメローイエローを結成。 RHYMESTER, EAST END, RIP SLYME, KICK THE CAN CREW等を擁する東京のヒップホップ一大勢力 FUNKY GRAMMER UNIT<ファンキーグラマーユニット>の中堅として、古くは代々木チョコレートシティや下北沢クラブ251でのレギュラーイベント「Young MCs InTown」、現在は渋谷NUTSにて毎月盛況な「FG NIGHT」等で精力的に活動を続け、日本HIPHOP界に多大な影響をもたらしている。その無数のライブで磨きをかけたオリジナリティ溢れるパフォーマンスと、メロディアスかつイルなサウンドプロダクションが、次第に彼等のキャラクターとなっていった。 オリジナルメンバーはTAMA, KOHEI, KINの3MCとDJ のGZ-JAY(現;Azzurro)の4人で、'95年にアルバム『MELLOW YELLOW BABY』でデビュー。その後'96年リリースの12インチシングル「食わず嫌い」は、ハードコアラップ全盛当時のシーンにメロディアスでドープなサウンドが注目され、続いて'98年には「V.S.O.P pt2」をリリース。以降、オリジナルメンバーであったGZ-JAYとTAMAがグループを脱退。グループとして、長い制作期間に入ることとなったが、その間にKOHEI がNext Level Recordings. よりKOHEI JAPAN名義によるソロデビュー。2枚のアルバム、シングルCDやアナログを発売し、メローイエローとは異なる世界観でリリシストとして非常に高 い評価を得ている。2001年にKOHEI JAPAN のソロデビューツアーDJ としてサポート してきたDJ ISO(イソ)がメローイエローの正式メンバーとして加入。通算では2枚目、 新生メローイエローの初のアルバム『CRAZY CLIMBER』を前作から6年振りにドロップし、より進化したグッド・コンビネーションぶりをアピールした。2003年11月にシングル「SUPANOVA」、翌年4月に3rdアルバム『Funky Freaky Fresh』をリリース。全国20ケ所に及ぶライブツアーと、原宿アストロホールにて客演参加のRIP SLYMEを迎えワンマンライブを行い、大盛況で幕を閉じた。そして2005年6月、椎名純平やYOUKID、WISEとの楽曲を含む4枚目のアルバム『地球ウォーカー』をリリース。2007年9月、新曲を含んだ2枚組BESTアルバム『大全集』をリリースする。
GAGLE
DJ MITSU THE BEATS、HUNGER、DJ Mu-Rの3人からなるHIP HOPアーティスト。仙台在住。96年結成。2001年「BUST THE FACTS」でデビュー。1年後に1st Album「3 MEN ONWAX」(日本のHIP HOP CLASSICSの1つと名高い名曲『雪の革命』収録)をリリースし、全国二十数カ所のクラブツアーを敢行。デビュー前から鍛え抜かれたパフォーマンスに各地が揺れた。そして仙台のHIP HOPグループとしては初のワンマンライブを開催する。2004年、メジャーに舞台を移し、ミニアルバム「SUPEREGO」をリリース。音源もさながら映像とのコラボも評価が高く「SPACE SHOWER TV MUSIC AWARDS '05」で『RAPWONDER DX』がBEST HIP HOP VIDEO5作品にノミネート。MTV MUSIC AWARDSでも同曲が最優秀特殊効果ビデオ賞を獲得する。東京で初のワンマンライブ、BLUE NOTE 60周年記念CDに参加するなど、GAGLEの音楽性にさらに注目が集まる。Jazzy sportよりリリースされたシングル『アナクロラリー』はNHK BS「週刊ナビTV」のオープニングテーマ&同番組に出演する。2005年、「BIG BANG THEORY」をDVD付の2枚組でリリース。約30カ所の全国ツアーを周る。2006年にはFOMA『n902ix HI-SPEED』のCMに楽曲提供& 出演し、全国に名前を広める一方で、仙台市芸術祭にクラブミュージックとして初参 加(HUNGERが同イベントの実行委員会の代表を務め、大成功を収める)するなど、地 元に根付いた活動にも重点を置いている。現在、ミヤギテレビにて放送中の『COLOR TV』に定期的にレギュラー出演し、宮城の若者に大きな影響を与えている。近年、MITSU THE BEATSのソロアルバムが国内外で話題になり、海外ツアーも定期的に行われるようになってきた。今現在、イギリスの国営放送『BBC』など世界各地のラジオ局でGAGLEも含めたJazzy sport misicが流れることが定番化してきている。2007年5月、韓国で開催された『B-BOY PARK 2007』にて『日本人のラップグループとして史上初』となるパフォーマンスを披露し、会場をおおいに沸かせるなど、言語の壁を越えたライブで、日本のみならず、世界からも注目を集める存在になってきている
幼少の頃からMichael JacksonやJames BrownなどのBlack Musicが自然に家庭で流れ る環境で育ち小学生でBobby Brownに熱中。見よう見まねのDANCEで早くからいわゆる「黒いノリ」が体に刷り込まれる。その後に当たり前のように出会ったHIPHOPに没頭。ラップは勿論、DJ、WRITING、MCというHIP HOPの四大要素すべてをこなす、どこまでもB-BOYな男がTARO SOULなのである。MCとしてキャリアをスタートし仲間達と幾多のライブを重ねる中、そのHIP HOPへの愛が滲み出るB-BOY STANCE丸出しのステージが話題になり注目を集める。そんな中、当時のまだ世に出ぬ才能が集結したダメレコーズでの活動が転機となり、後に盟友と言われるKEN THE 390と2005年に太郎&KEN THE 390として「JAAAM!!!」をリリース。(当時はまだ太郎というMCネーム)若手アーティストの起爆材になり、2006年にはソロデビューアルバム「SOUL SPITS」をリリース。4ヶ月後には『TARO SOUL & KEN THE 390』とし「FLYING SOUND TRACK」をリリース。一気に全国区のアーティストとしてシーンに躍り出た。 リリース後は全国の現場からの熱烈なラブコールもあり札幌・新潟・富山・群馬・栃木・千葉・名古屋・大阪・神戸・和歌山・広島・福岡・大分など全国を駆け巡ってい る。海外アーティスト(DMC from RUN DMC・CLARK KENT・CAMP LOPEOPLE UNEDERTHE STAIRS・SOUND PROVIDERS・KERO ONEなど)のフロントアクトとしても活躍。同時期にサイプレス上野とロベルト吉野(現在ではRomancrewも)が所属するマネージメント事務所、 LOCKSTOCK(ロックストック)に加入。TARO SOULを語る上でもう一つ外せないのがやはり「客演王」という一面である。そのライムをスピットしながらもSOULFULな歌声を織り交ぜるスタイルは同業者内でも話題になり、各方面から声がかかった。共に活躍する仲間達は勿論、地方のアーティストや女性R&Bアーティスト(加藤ミリヤ・May J.・YA-KYIM)、さらには憧れの先駆者でもあった、マボロシ、DABO、Mr.BEATS a.k.a. DJ CELORYの作品にも参加。特にマボロシ、DABO、加藤ミリヤとの楽曲はリード曲としてPVにもなり世間を騒がしたのである。そして2008年、待望のメジャーリリース。TARO SOULが日本の音楽シーンに衝撃を与えるのは時間の問題である。
DJ大自然
レペゼン西東京トリカブトのDJ/BEAT MAKERとして老舗ヒップホップレーベル・NEXTLEVELより3枚のフルアルバムをリリースし、B-BOY PARK連続出場JURASSIC-5やBEATNUTS、DMC(OF RUN-DMC)、SLUM VILLAGE SMIFF'N'WESSUN,CAMP LO等との共演をはたす。YOUR SONG IS GOOD,SOIL&"PIMP"SESSIONS、数々のバンドとのセッションや5HOURS LONG PLAYで培ったセンスを活かし、HIPHOPを根底に置きつつもFUNK,R&B,SOUL,JAZZ,HOUSE...と「すべての良質GROOVE」をFUNKYにMIXするプレイは一聴の価値あり! また,RHYMESTERのMUMMY-DとSUPER BUTTER DOGの竹内 朋康によるスペシャルユニット=マボロシにMPC&ターンテーブルで参加し、その作品中でもMURO,MUMMY-D,DABOらのラップに劣らない存在感のあるスクラッチを披露している。 他には専門学校特別講師、音楽雑誌レビュー等の執筆、NHK教育テレビ「音楽のちから」にゲスト出演、SEAMOに提供した楽曲を含むアルバムがオリコンアルバムチャート1位獲得!などなど、その活躍は「かなり」多岐にわたる!