11/10 sat @ sound channel (www.sound-channel.com) 23:00 open
DJ: IAN SIMMONDS (Musik Krause) YAMA a.k.a SAHIB (JAZZBROTHERS/FREEMAN) MONGOOSE (NEWTONE RECORDS) DJ TAIYO (SOUND CHANNEL)
LOUNGE DJ: NEWTONE CREW PODD (mellow tree)
Door 3,000yen (W1D) With flyer 2,500yen (W1D) Mail 2,000yen (W1D)
Ian Simmonds (エネルギー溢れる音楽というキャンバスに生き生きとした情熱を注ぐアーティスト) プロデューサー、ミュージシャン、DJ。 イアン・シモンズは近年のミュージック・ムーブメントにある様々な要素を取り込みながら、彼自身のエモーショナルな音楽観を展開してきた。 1990年代にトリップホップやアシッドジャズ、ダウンビートを主にプレイしたThe Sandalsの伝説的なクルーとして活動を開始。 その後独自の音楽性を追求するために、ソロとしてイアン・シモンズ/ジュリーマン名義で活動を開始し、STUDIO! K7やNTone、CSSR、Pus-syfoot、Compost、G-stoneなどといったレーベルからアルバムや12インチ、リミックスをリリース。時代に左右されないエレクトロニックなサウンドを数多く世に送り出してきた。
現在、彼はドイツの静観な街・イエナでミュージシャンらとともに革新的でかつファッショナブルなジャズ・ポエトリー・バンド「Wise in Time」として活躍している。そのバンドのファーストアルバム「The Ballad of Den the Men」は情緒感に溢れ、聴く人が強烈な喜びを感じられるような一枚である。また最近ではMusik Krauseレーベルからリリースされた2枚のレコードも素晴しい評価を得ています。このレコードは音に酷使された心を突き抜けて音楽が本来持つべき喜びを呼び起こしその世界観にスムーズに誘うように仕上げられている。 そして彼のdjスタイルはミニマルやエレクトロ時代のようなジャンルの枠に縛られることのない選曲をし、ダブ、ダウンビート、ニュージャズ、ブロークン、ハウス、デトロイト、テクノと幅広い。 彼のプレイにフロアーは時を忘れ、無二の絶頂感に浸ることになる。 そんな彼の選曲はどことなくユニークで、懐かしく、それでいて大胆なようでもあり、そのスタイル他の追従を許さない。
YAMA a.k.a. SAHIB (JAZZBROTHERS/FREEMAN)
DJは新しい音楽の表現だと言うことに気づきDJを始める。四谷で友人とともにウェアハウスパーティー「my name is J BOND」スタート。1985年西麻布P.Picassoで行われた「moon dog boll」に出演、Jazz. Brazil.Bossa Novaをplayしてヒンシュクをかう。東京の夜にはまだJazzがなかった 。翌年同店で松岡徹,泉谷隆(IZU)と「DRY ACID」をはじめる。1991年DJユニットJAZZBROTHERSを竹花英二、奈良安浩ともに結成。イベント「JAZZBROTHERS」を西麻布 328と渋谷CAVEで始める。Jazz以外にも多様なジャンルを取り入れ変化させる幅広いDJスタイルには定評がある。その後青山blueをCLUB黎明期からの旧友U.F.Oともにプロデュース。この頃よりJAZZBROTHERSは個々のレベルを上げる為それぞれがソロとしての活動を展開。1998 年オゾン・コミュニティー東京コレクションで選曲&Live DJを2期に亘り担当。また近藤等則、石間秀機(ex.フラワー・トラベリン・バンド)等ミュージシャンとのセッションも多く、98’ハンブルグ・ジャズ・フェスティバルに近藤等則と共に出演。1999年には自らのユニットFREEMANをスタート。同時に自らのレーベルaudio sutraを始める。2000年インドバンガロールで行われたダライラマ14世が提唱する世界聖なる音楽祭に出演。同年野間バレエ団による創作バレエの公演「Progressive Dance」にてコッペリウスのサウンドトラック制作とライブを行う。翌2001年には世界聖なる音楽祭広島2001に出演。各国の伝統音楽のミュージシャンやBill Laswell, Jah Wobble, DJ Disk, eyeと新しい試みのセションライブを行った。フランスGeorgeVよりリリースされたBuddha Bar?に楽曲を提供し世界的に支持を受ける。2002年より近藤等則率いるFree Electroに参加。2003年イラストレーター若野桂と共にDJ&ライブペインティングを日本各地で行い写真家内藤忠行ともdj&映像パフォーマンスを行う。2004年新宿PIT INNでBill Laswell、John Zorn、近藤等則、山木秀夫、中村達也、坂田明のとセッションに参加。 2005年4月JBPオリジナル楽曲 『AMONGSTONE』『APHROTALK』をリリース。そしてイギリスを代表するSOUL JAZZ RECORDSより日本人として初となるワールドワイドリリースが急遽決定。(このリリースを期にJAZZBROTHERSからJBPへユニット名を改名となる)今回のトラックはジャイルス・ピーターソン監修のラジオショウ「RADIO ONE」にて既にプレイされ好評を得ている。
渋谷MODULE【Triangle Chant】,都内クラブ【Amongstone】,中目黒OVO【Heliocentric world】,【weave】,【A Man in Suq】,【FATWA!!!!!】にてレギュラー出演のほか日本全国のパーティーに出演。 2007年より中目黒OVOのProducer/Sound directorを務める。SHIBUYA FM(78.4MHz)Program "Jazzbrothers Production"では毎週金曜日(22:00-23:00)にJBPの竹花英二と隔週ごとにexclusive mixをオンエア中。