80年代には特にジャマイカの音楽に強く影響を受け、スカバンド"THE TOWN BOYS"のリードシンガーとして関西地区を基盤とし活発に活動、7inchシングル“KLUB ZOOT"をリリースをするなど人気を博す。バンド解散後、古き良きジャマイカの音楽を辿りつつ、リアルタイムで入るジャマイカからの情報でサウンドシステムの存在に刺激を受けディージェイ"SAMURAI MAN"として活動、現場での経験を積み、その後のスキルに影響を与える基礎を育む。
伝説のJAH SHAKA初来日にオープニングアクトとして出演した際、SMITH & MIGHTYのROB SMITHにリクエストを受け98年にイギリス、ブリストルで参加した彼らのアルバム”DJ KICKS SMITH & MIGHTY"が世界に向けてリリースされ、活動の場を海外に広げREDDING ROCK FESTIVALや彼らのヨーロッパツアーに出演する。翌年には、彼自身の憧れのサウンドシステムあったABA SHANTI-Iを擁するFALASHA RECORDINGS のシンガーとして BLOOD SHANTI に抜擢され、音源制作に参加、サウンドシステムオペレーターとしても ABA SHANTI 自身にそのスキルを認められる。
日本では99年にMIGHTY MASSAのアルバム“LOVE A DUB STYLE"に参加、2004年にはサウンドシステム実況中継盤"LIVE IN SESSION"をリリースする。自身のサウンド"SOUND OF WISDOM"を主宰し全国各地でオペレーターとしてダンスを行い、バッキングバンドを従えシンガーとしての活動、RAW TECHNICAZのFUMITとROOTS EASTENDERを結成しトラックメーカーとしても活動する。
2005年にはFALASHA RECORDINGSレーベルよりリリースされたシングル“INNA SANCTUARY”が世界的にヒットし、2008年にはシングル“REVELATION TIME”をリリース、さらにその存在を国際的に知られることになる。 ABA SHANTI-Iがダンスにおいてシリアスな場面で彼の数々のダブプレートをプレイすることにより熱狂的ファンが人種、国境を越え増え続けている。