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開催終了企画展:「鉄道と文学」

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2007年02月02日 11:21 更新

鉄道と文学

鉄道と文学と言われた時、あなたはどんな作品を思い出しますか。
国語の時間に、志賀直哉の『網走まで』や、芥川龍之介の『蜜柑』を読んだ人は多いでしょう。あれは、たまたま同じ車両に乗り合わせた女性の、ふとした仕草に、奥深い人生や生活を感じ取る、印象的な短編でした。

汽車の長旅は、見知らぬ人同士を近づきにし、思いがけない人生をもたらします。
夏目漱石の『三四郎』の、熊本から出てきた青年は、ふとしたきっかけで言葉を交わした、謎めいた人物と、偶然東京で再会した。そこから物語が急旋回をはじめます。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」で始まる、川端康成の『雪国』は、夜汽車の窓ガラスが、一種の鏡となって、幻想的な空間を作っていました。窓を通して見える駅の光景と、窓に映る車内の様子とが重なって、不思議な空間を演出し、読者を妖美な世界に誘ってゆきます。
私たちは得体の知れない人物と乗り合わせることがあります。宮沢賢治はその経験を、少年が異質な他者を受け容れてゆく、イニシエーション(成人儀礼)の物語に変えてゆきました。『銀河鉄道の夜』は異次元を旅して、魂が清められてゆく物語ですが、その最初のきっかけは、あの「鳥捕り」という、どこやら胡散臭い人物との出会いでした。

列車はこのように、人生と人生とがすれ違い、もつれ合う空間ですが、プラットホームは一種の劇空間でもありました。有島武郎の『或る女』のヒロインは、発車のベルが鳴りわたる新橋駅に、人力車で駆けつけ、いらだっている駅員や、他の乗客の注視を一身に浴びながら、さっそうと登場する。個性あざやかな女性を描いた長編小説の開幕にふさわしい、見事な舞台設定でした。
中野重治は大変に汽車好きの詩人で、力強く走る機関車のダイナミズムをそのまま言語化した「機関車」のほか、「汽車」や「雨の降る品川駅」のように、プラットホームにおける哀切な別れや、再会の望みを託した決別の叙情を詠っています。
「真昼である。特別急行列車は満員のまま全速力で駆けていた。沿線の小駅は石のように黙殺された」。これは横光利一の『頭ならびに腹』という短編の書き出しですが、このスピード感あふれる即物的な表現が、新感覚派という文学運動のマニフェストとなりました。

汽車は近代の文学に新しい内容をもたらしただけではありません。それは図書館と並んで、新しい読書空間を作り出しました。特に車内燈が一定の明るさを保つように改良されてからは、本を開く人が多くなり、新しい読書習慣やマナーを生んだわけです。
大正の後半から昭和にかけて、大都市の周辺に住宅地が開発され、通勤や通学列車が走るようになりました。それを利用する人たちの需要に応えたのが、昭和二(一九二七)年に創刊された岩波文庫です。「文庫」という名前の叢書はそれ以前にありましたが、手軽に持ち運び、どこでも開くことができる、ポケットサイズは岩波文庫に始まります。その意味で通勤・通学列車は、知的文化消費の習慣を育てる場だったといっても過言ではありません。

その文庫本のなかで、現在もっとも好まれる推理小説のジャンルに、トラベル・ミステリーがあります。どうして日本ではトラベル・ミステリーが盛んなのか。言うまでもなく、それは日本の列車が時刻表通りに正確に運転されているからです。このことは、ダイヤ通りの運転があまり期待できない外国と較べて見れば、よく分かるでしょう。

以上は幾つかの例にすぎませんが、汽車はこれほど近代の文学と文化と深い関係にあります。もしこの関係がなかったならば、私たちの魅力的な文学の半分以上が消えてしまうことになる。今度列車に乗り、本を開く時、ほんの一瞬で結構ですから、そのことを思い浮かべて下さい。
(市立小樽文学館・亀井秀雄)

コメント(7)

  • [3] mixiユーザー

    2007年02月07日 07:22

    凄い22歳!京都在住なんですね。残念。
    でもこういうネットワークの広がりは、嬉しいです。
  • [6] mixiユーザー

    2007年02月07日 22:24

    ものすごーく、面白そう…、となんべんも眺めています。
    とっても小樽文学館な企画、亀井先生の文章、素敵です。
  • [7] mixiユーザー

    2007年02月08日 14:56

    亀井さんの「銀河鉄道の夜」論は、読んだことも聞いたこともありませんが、「鳥捕り」との出会いが、異質な他者を受け入れていくきっかけとなった、という意見、私も感心しました。博識な人ですが、「他者との共生」というモラルにおいて、テコでも譲らぬ頑固な学者です。
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