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2008年06月29日04:05

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映画【歩いても 歩いても】雑感

お墓参りのために各地に散った家族が実家を訪ねて戻ってくる。
そんなシチューエーションで始まる物語…

とくに、これといって事件がおきるわけでもなく、それぞれの家族にとってのほんのひとときの小さな非日常を切り取って提示した、是枝監督の手腕が光っていました。

何気ない法事のひとコマのように物語が始まりますが、それぞれの出演者同士の会話の流れや言葉遣いによって、家族関係や、心情的な軋轢をあぶりだしていくあたりは、丁寧であり辛らつです。
なにより、普通の法事のように始まりながら、会話の流れによって、そのホトケサンが、本来、生家である町の医院を継ぐはずだった長男のものである、と判らせ、かつ、それまでの間に、舞台となる一家の人間関係をひとおり、会話やシチュエーションだけで明示しているのです。

前半部分は、おしゃべりな母(樹木希林)と長女(YOU)の台所での会話がナレーション代わりにリズミカルに話が進みます。
どうやら、長女は、引退した町医者の父の診察室を取り壊し、老後の面倒を診ることを口実に環境の良い実家を二世帯住宅として同居することを画策中。
そこに、失業中の次男(阿部寛)が、嫁(夏川結衣)とコドモをつれて到着します。
しかして、この嫁は再婚であり、コドモは死別した前夫の連れ子という、手の込みよう。

女3人寄ればかしましいのが世の常ですが、この関係の微妙さが、家族のなかにバランスの膠着を生み出し、画面に凛とした緊張感を持たせています。
もちろん、本音と建前よろしく、母と娘、あるいは、次男と嫁になると、家族団らんの仮面の下に隠していた本音モードに突入し、毒舌・茶化し・ネタばらしが炸裂します。

それゆえ、この作品においては、ほとんど、何の事件も起きないにもかかわらず、観客は、常に画面に釘付けなのです。

で、このまま、似非家族ゲームの表裏を垣間見るプチ癒し系毒舌ムービーかと思いきや、この法事に唯一、家族でない人物が招かれていることで、母の心の奥底に巣食う物静かな怨霊の存在が明らかになり、一瞬、肌寒さすら感じることになります。

そして、その母の死者に対する想いの片鱗は、次男の嫁と連れ子の間にも連綿と流れているであろう事は、容易に予想されます。
それは、やはり、母、あるいは、父という存在(生物学的な)にならなければ理解できないものでありましょう。

オハナシの前半では、引退した父の孤立が哀愁ただよう引き笑いを演出していますが、後半は、元の家族ばかりか今の家族の中でさえ精神的に孤独を強いられる次男の立場があぶりだされています。

それゆえ、ここでも、何の事件もおきないのにもかかわらず、ちょっとしたホラー系の感触すら味わせる、この作品の緻密なつくりは見事としかいいようがありません。


ちなみにタイトルは、劇中で流れる歌謡曲の一フレーズなのですが、あの曲をあのシチュエーションで聴かされた当事者は、居ても立ってもいられなかったでしょう。
劇中でも、ひとり、狼狽する様子をさとられぬよう必死になっていますw

なぜ、そうなったかは、ちゃんと母の毒舌が当事者を締め上げていますので、お見逃しなく。


最後は、ちゃんと自然の摂理に則った形で、救いがもたらされているあたり、この監督のヒトに対するやさしさを垣間見た思いがしました。

かつて、一休和尚がいったように、ヒトはうまれた順番通りに老いて去って行くのが、幸せな事なのです。

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