先日、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた、ヴィゴ・
モーテンセンの熱演で話題の作品を観てまいりました。
【イースタン・プロミス】
この作品では、イギリスのロンドンを舞台に、身元不明の妊婦
の出産に立ち会った助産師/アンナ(ナオミ・ワッツ)が、産
まれた子供を巡って、闇社会の内幕に巻き込まれて行く様子が
描かれています。
さて、作品を観て、私が感じたことを表現する上で、劇中の、
詳細な描写に触れねばなりません。
ネタバレを嫌う方は、この先を読まないで下さい。
* この先に、映画【イースタン・プロミス】のネタバレ記事
が含まれます。
ご注意いただくと共に、ネタバレを嫌うお方は、この先を
読み進まないよう、お願いいたします。
特に、終盤でオハナシのオチに対する解釈に触れています。
これから、本作をご覧になる方は、この先を読まないで下
さい。
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1_様々な愛と憎しみの果て
この作品では、様々な愛のカタチが描かれます。
まず、判りやすいのは、助産師/アンナ(ナオミ・ワッツ)が
産まれたばかりの赤ん坊/クリスティーナに向ける母性愛です。
ストーリーの序盤で、アンナ自身が、流産を切っ掛けにパート
ナーと別れていることが明らかになります。
つまり、アンナは、自らの過去に経験した辛い現実を補完する
対象として、クリスティーナに無償の愛を注いでいます。
また、アンナは、母ではなくひとりのオンナとして、マフィア
の運転手/ニコライ(ヴィゴ・モーテンセン)に惹かれてゆき
ます。
ニコライの時折見せる優しさや厳しさに対して、何よりも彼の
謎めいた雰囲気に触れる事で、彼女のオンナの部分が揺さぶれ
ていく描写も見事です。
ロシア料理店のオーナー(にして、実はマフィアのボス)/セ
ミオンが息子のキリル(ヴァンサン・カッセル)に注ぐ親子愛
は、傘下の下部組織の構成員の親子愛と、見事に相似形になっ
ています。
彼等の不幸を目の当たりにしたからこそ、セミオンは、有能な
部下と愛する愚息を秤にかけるような行為に及ぶ事になります。
そして、もうひとつ、キリルとニコライの間にも、一種独特な
愛を感じ取ることができます。
2_オンナ殺しは、オトコも殺す
この作品中、最も特異なのは、キリルとニコライの関係です。
キリルは、いわば組織の世継ぎであり、ニコライは一介の運転
手に過ぎません。
2人は、階層が違いすぎるにも関わらず、お互いを【相棒】と
いってはばからない関係にあるばかりか、むしろ、キリルの眼
差しは、自らが背負うべき組織の行く末云々よりも、ニコライ
と一緒にいる事にコダワリを見せているところが伺えます。
台詞等ではっきりと表現されてはいませんが、キリルはニコラ
イに惹かれていたでしょう。
キリルが、はからずも売春宿でニコライに発する発言は、自ら
の境遇に対する恨み節にさえ思えます。
【ホモでは、組織を任せる事はできない。オトコを証明してみ
せろ!】
そう言うや否や、命令と称して、ニコライに店の娘との姦淫を
強要するキリル。
しかし、しつこくニコライに姦淫をけしかけ、その行為を見つ
め続けてさえいながら、自らは、娘達に手を出していません。
【父親も好んで利用する、安心できる商品】であったにもかか
わらず…
なにより、ニコライがセミオンに認められ、キリルに組織の一
員になる事を告げたとき、キリルは、セミオンにニコライを推
薦し、ずっと、その立場を守ってやってきた事を告白していま
す。
キリルは愛するが故、ニコライに凌駕される事すら望んでいた
とさえ言えましょう。
その感情は、ニコライにとっては、まさしく渡りに船であった
に違いありません。
3_観客はアンナのココロを悟る
ラストは、ニコライ自身の存在の謎が解けた後だけに、複層的
な解釈が成立する余地が残されています。
ニコライが、より深くマフィア組織に食い込んだということは
確かでしょうが、その動機付けが、本来の(明らかになった)
目的に従ったものなのか、さらにニコライのココロの奥底に隠
された本音(野望)によるものなのかは、明かされません。
実際、冒頭部分で、司直に通じていた構成員を最終的に処理し
たのが誰だったかを考えると、あながち、後者の解釈が正解の
ようにすら思えてきます。
ニコライ自身が、ロシアの貧しい地方の出であった事を匂わせ
る描写もある事から、職務に忠誠を誓うよりも、闇組織でビッ
グになる方が、成功と言える可能性すらあるからです。
どのみち確かな事は、ラスト近くのアンナと交わした挨拶は、
互いに住む世界を違える同士の永遠の別れであったという事で
しょうか。
なお、この作品のラストカットが、観る者の解釈によって、い
かようにも取れるように曖昧にされているのは、ニコライの存
在感をより効果的に強める為に他なりません。
ヒトは、判り易い事よりも、謎が多い方により深く惹かれてし
まうものです。
ですから、ラストシーンで、我々は、ニコライに惹かれたアン
ナの心情をも追体験しているのです。
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