皆様は「アイソーポス/Αἴσωπος」はご存知か?
知らないとは言わせない。彼のことを我々は勝手に英語読みで
「イソップ」と呼んでおりますがな。
まんもちゃんはご幼少の砌より、この「イソップ寓話」の大ファンですた。
いやオレに限ったことでもないだろうがw、よしんば彼を知らなくても
彼の寓話「アリとキリギリス」「うさぎとかめ」「金の斧」等の話を
一度は耳にしたことがあるだろう。
彼イソップは紀元前619年 - 紀元前564年ごろの古代ギリシアの伝説の寓話作家であり、また、奴隷であったと伝えられている。当時の記録がなく、半ば伝説の人物であるが、実在したのは確からしい。ヘロドトスの『歴史』に、歴史上の人物として名が出てくるのが、アイソーポスに関する最初の記述である。
一般に伝えられる話では、元はサモスの市民イアドモンの奴隷だったが、語りに長けており、解放されたという。その後は寓話の語り手として各地を巡ることになる。しかし、それを妬まれデルポイの市民に殺されたとされる。容姿は「身長1mに満たない体格だった」、「脊椎後湾(背むし)であった」とも伝えられている。奴隷の身でなければ本来は『哲学者』として評価されても良い人物ではないかとまんもちゃんは思う。
この有名な「イソップ童話」は、ヘロドトスの「歴史」によると、紀元前6世紀に奴隷のアイソーポスが作った、とされているが、すべてがアイソーポスの創作ではなく、それ以前から伝えられていた寓話、後世に創作された寓話、アイソーポスの出身地(小アジアのどこかといわれる)の民話を基にしたものも多数含まれていると見られる。
ギリシア語の原典は失われており、現存するのは古代及び中世にバブリウス、ファエドルス、アヴィアヌス、ル・ピュイのアデマールなどによってまとめられたラテン語のものである。
日本には、1593年に『イソポのハブラス(ESOPO NO FABVLAS)』として紹介されたのが始まりで、これはイエズス会の宣教師がラテン語から翻訳したものと考えられており、まんもちゃんの故郷島原・天草にあったコレジオ(イエズス会の学校)で印刷されたローマ字のものである。その後江戸時代初期から『伊曾保物語』として各種出版され、普及していった。
この「イソップ寓話」の話でまんもちゃんの好きなエピソードに
こんなのがある。
曰く『法螺吹き/または法螺吹きの五輪選手』
昔、ヘタレの古代五輪の陸上選手が、故郷でこう言った。
「オレさー、ロードス島ではスゲエ記録を出したんだぜ。
ホントさ、ロードスの人にあったら聞いてみろや」
それを聞いた故郷の人はこう答えた。
『ここがロードスだ。ここで跳べ!』
また、別のある書物にはこう書いてあった。
昔、ギリシャで高飛びの上手い青年がおり、ロドスという島にある高い塔を軽々と飛び越えたと
自慢していた。青年が或る都市に行った時、高飛びをしてみろと言われ、
ロドスの塔の様に高くはないからたやすく飛べるから敢えてまで挑戦しないと答えたところ、
「ここがロドスだ、ここだ跳べ!」といわれたそうな。
もともとは「ここがロードス(ロドス)だ、ここで跳べ(Hic Rhodus, hic salta!)」の、意味は
「四の五言ってないでやって見せろ」ということになる。証人や証拠など要らんから目の前でやって見せろ、ということ。昔、オウム真理教の麻原がどこぞの大学で講演した際、そこの学生が、「ここで飛んで見せて下さい。そうすれば僕はあなたの信者になる。」と言った。
むろん麻原は飛ばなかった。麻原もロードスでしか飛べない人間だったことになる。
ここから転じて、雄弁な(口だけの)理想主義者に対して、
「オマエの語る理想の証を立てよ」「それを実践せよ」という意味で使うこともある。
たいていの場合、彼らは跳べないので使ってみると良い。
ただし、「運動」してる人が外部の批判を封殺するために使うことがある言葉でもあるので、
注意が必要。
理想主義者が「ここが正念場だ」みたいな意味で自分に対して使うと一番格好いいと思われる。
二番目の話は恐らく尾鰭が着いたウソップであろう。ナゼなら古代五輪には「幅跳び」はあってもはまだ「高飛び」は存在してないし、高い構築物は、彼の死後二百年後に建造された世界七不思議の一つ『ロードス島の巨大ヘリオス神像』まで無かったからである。
傲岸不遜のまんもちゃんではあるが、この言葉をまだ『実戦』では
面と向かって言い放ったことはナイwww
tobe、tobe、ten made tobe、、、、
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