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2008年04月18日19:56

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映画【つぐない】考

先日、イギリスの現代文学の最高峰として話題の小説の完全映
画化として話題の作品を観てまいりました。

【つぐない】
この作品では、若さ故の純真から、取り返しのつかない過ちを
犯した少女の成長と、その、贖罪の過程を軸に、運命に翻弄さ
れたヒトビトの顛末が描かれています。


さて、作品を観て、私が感じたことを表現する上で、劇中の、
詳細な描写に触れねばなりません。
ネタバレを嫌う方は、この先を読まないで下さい。


* この先に、映画【つぐない】のネタバレ記事が含まれます。
  ご注意いただくと共に、ネタバレを嫌うお方は、この先を
  読み進まないよう、お願いいたします。

  特に、中盤以降でオハナシのオチに対する解釈に触れてい
  ます。これから、本作をご覧になる方は、この先を読まな
  いで下さい。


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1_透明という名の残酷

作品のキーを握るのは、13歳のブライオニー(シアーシャ・
ローナン)。

彼女の恐ろしいほどの透明感が秀逸です。
強いて言えば、デビュー当時の広末涼子に似ています。
それにしても、よく、こんな子役を探してきたものだと感服し
ました。

彼女は、無垢な一方で多感な時期を迎えながら、オトナの世界
の曲がった事情をすんなり受け入れるほどには成長しきってい
ない雰囲気を存分に漂わせています。

なにせ、ひたすら視線を前方に向け、一目散に歩きつつ、屋敷
内のカドというカドを直角に曲がるのです。
そのシーンに流れるBGMが、実にリズミカルなこともあって、
小気味よく笑える一方、音源がタイプライターの動作音である
ことが、後々になって効いてきます。

そんな彼女は、夏のある日、偶然にも、美しい姉/セシーリア
(キーラ・ナイトレイ)と屋敷に住み込むの使用人の息子/ロ
ビー(ジェームス・マカヴォイ)のオトナの関係を目撃してし
まうことになります。

そして、オトナが思うほどコドモではなく、本人が思うほどに
は決してオトナではない微妙な時期にあって、ブライオニーは、
2人への潔癖な嫌悪感からか、屋敷の広大な敷地内で起こった、
ある事件の犯人としてロビーを告発する嘘をつき、愛し合う2
人の仲を引き裂いてしまうのでした。

ブライオニーにしてみれば、それは、ちょっとした、いたずら
心から生じた、かわいいお仕置き程度のものだったかもしれま
せん。
ロビーを憎むが故の放逐であれば、屋敷に遊びにきていた従姉
に、彼が記した、ちょっと怪しげな手紙を見せてまで、同意を
求める必要はなかったはずですから。
これは、彼女の、一見冷静な判断を強く後押しするだけの周囲
の納得が必要だったことを伺わせます。

しかし、この嘘がトリガーとなって、ロビーは刑務所から戦場
へと向かうことになり、セシーリアは彼を追って家を飛び出し、
看護婦となって彼を待ち続ける道を選びます。
しかし、皮肉にも、2人を戦争という抗いがたい現実に突き落
としてしまった事の重大性を認識するには、ブライオニーは若
すぎました。
司直に連行されるロビーを見つめるブライオニーのしてやった
りな眼差しは、事の重大性を全く理解していないまま、透明さ
を保っていたのです。




2_つぐないの道、遠く

物心ついて、18歳のブライオニー(ロモーラ・ガライ)は、
姉の後を追うように看護婦の道を選んでいました。
ここでも、冒頭のシーンで、例のタイプライターミュージック
が奏でられているのですが、5年分の人生経験からか、さすが
にカドを直角には曲がらなくなっていました。
かわりに、どうも、どこか微妙にキョドッた感じが伺えます。

そんな中、同僚の看護婦とのたわいない会話の中で、コイバナ
に至ると、ブライオニーは伏せ眼がちながら、かつての初恋を
告白します。
それは、姉の恋人/ロビーに横恋慕しながらも、子ども扱いさ
れて相手にされなかったというものらしく、以来、恋とは無縁
のまま過ごしてきたというのです。

大きな屋敷に住み、おそらくは、何不自由なく育っている娘に
とって、ロビーの存在は、唯一、望んでも手に出来なかった人
生の汚点と感じたかもしれません。
その、ただひとつの失恋経験を気にしてか、あるいは、初恋の
失敗からの現実逃避なのか、ずっと独りモノというのは、あま
りにまっすぐなままな気がします。
どうやら、5年経っても、潔癖性向が強いままの基本的な精神
構造は変わっていない様子です。

実は、ブライオニーが進学をあきらめて看護婦の道を選んだの
は、自分のせいで戦争に巻き込まれた2人に謝罪をしたいがた
め、2人の環境に近いところに身を置いていたのでした。
そして、なんとか、2人の居場所をつきとめ、5年にわたって
心の奥底に溜め込んでいた謝罪の言葉を述べて許しを請うので
すが、謝ってすむほどロビーの心の傷は浅いものではありませ
んでした。

ロビーは、劇高しながらも、ブライオニーにあの事件の真犯人
について証言することを約束させます。
ただし、「韻を踏まず、脚色せず」という条件のもとに。



唐突に、18歳のブライオニーの時代から、70を過ぎた老女
(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)がインタビューを受ける現代
へと一気に時代が跳躍します。
老女は、作家となって成功したブライオニー。彼女は、幼少期
からの夢を実現していました。

そして、インタビュアーに対して、最新作にして最後の作品で
ある【贖罪】にまつわる、隠された真実について告白をします。
「自分が18歳のときのエピソードは脚色されており、2人は
逢えないまま他界した」と。


つまり、「18歳のブライオニーは、2人に逢えていないし、
謝罪すら叶わなかった」と…




3_贖罪するは我にあり

作家は、物語の登場人物にとって、神の立場にあります。
幼少期に、屋敷に遊びに来た、いとこたちを相手に戯曲の芝居
指導を試みていたときから、彼女の深層心理には、神としての
全能に対する渇望が見て取れました。

主役2人の悲劇は、物語の創造主としての、敗北を意味します。
だからこそ、彼女は、本当は史実ではない創作を交えた物語と
して、【贖罪】を書き上げているのです。

なぜ、史実ではなく脚色を加えたのかというインタビューに対
して、彼女は、読者がつらい事実を望まないと語っています。
しかして、本当は、自分自身が、その事実を活字にして噛み締
めることに堪えられなかったに違いありません。

神が、神のまま美しく退陣するには、それなりの環境変化と年
月と決意を要したと思われます。
仮に、ブライオニーが、真っ向、贖罪の意識に駆られていたら、
真実の公表に踏み切っていたはずですが、それは、現実には適
わなかったのです。
なぜなら、若き日のブライオニーが、あけすけに真実を語るこ
とは、良家のゴシップとして大衆の注目を浴びることになった
でしょう。
それゆえ、関係者の多数が存命なうちは、おおっぴらにはでき
なかったと思われるのです。

ところで、ブライオニーは、一連のエピソードの関係者の中で
最も年下の部類でした。
そして、順当に年を重ねた結果、ブライオニーは老女となり、
遂に、独りになったのでしょう。
真実を語るのに、今をおいて他はありません。
老女は、自分の未来が、そう長くないことを悟っていたのです。


ここへきて、そもそも最初から、物語が、老女の綴った私小説
の中の世界であったと判明します。
劇中に流れるタイプライターのリズムは、隠喩だったのです。
そして、その私小説【贖罪】の中の18歳のブライオニーは、
こうありたいと思いながら、現実にはなれなかった、理想の聖
人としての姿で書かれていたことになります。

これは、老女が、自らのしたためる文章の中で、読者の望みと
いう大義名分のもとに、主役の2人以上に、過去の自分に対し
て救いを用意してしまっていることに他なりません。


だから、責めを負うべきは、若き日の過ちではなく、2人の名
誉を回復させるのに半世紀も要してしまった、現在の自分なの
です。
老女は、自身の独白小説の中で自らを美化して描かざるを得な
い、作家の創造主としての業こそを悔い改めているのです。

それは、つぐないという他者への配慮ではなく、まさに贖罪と
いうべきものです。
邦題【つぐない】が、作品の焦点をぼかしてしまっている事が、
残念でなりません

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