貧困の仕組みに関して
「ODA」がもたらした現状に関する資料です
これは、世界から貧しさをなくす30の方法から引用させていただきました
日本政府の援助をノーサンキュー
★ほんとうにそれで解決するの?
途上国の人たちの貧困状況が悪化して
子どもたちが痛々しい状態で死んでいきます。
一方の先進国はもう20年も前に
「GDP(国内総生産)比0.7%の資金をODA(政府開発援助)に回そう」
と誓ったのに、
達成したのはわずか数カ国だけ。
日本はアメリカに次いで大きな資金を提供しているけれど
GDP比では0.3%にしかなりません。
だからまず、日本のODAを増額して
途上国に回せる資金を増やしましょうといわれます。
しかしそれで解決するのでしょうか。
この記事を読んでみてください。
「日本のODAを批判 インドネシア副大統領」という共同通信の記事からです。
ユスフ・カラ副大統領が、東京で開かれたインドネシア人の会合で
最大援助国である日本の政府開発援助(ODA)について
借款供与に偏重しており日本側の利益の方が大きく
自国の利益にならない。借款は支援と呼べない
と批判した。
対外債務がインドネシアの重荷になっていることから
日本は2000年度から円借款などの返済繰り延べを実施している。
非政府組織(NGO)はインドネシアを借金漬けにしたと日本を批判しているが
<strong>首脳級による批判は異例のもの。</strong>
日本が実施した世界最大級のODA事業
スマトラ島アサハンの水力発電・アルミ精錬事業についても
副大統領は、かつては「金字塔」といわれたが
実際は債務負担が重すぎ「全くの損害だった」と語った。
不思議な話です。
インドネシアは日本が最大の援助をしてきた国です。
<strong>これまでに3兆円を超える支援をしてきています。</strong>
それがなぜこれほど批判されるのでしょうか。
これに対して、政府のODAに関する検討会での
政府側メンバーの発言を紹介してみましょう。
「日本の円借款が贈与でないというだけで低評価を受けていることには
違和感をもっている。
無償支援だけが良いという見方
インフラ整備は良くないという見方は一面的だと思っている。
アフリカなどのように
無償支援によってかえって自立を妨げてしまった例もあるではないか。」
どうやら<strong>「借款」</strong>という言葉がキーワードのようです。
借款とは「おカネやモノを貸し付ける」ことです。
援助といえば「タダで届けるもの」と思われがちですが、実際は違うのです。
他の先進国のODAは「贈与」(プレゼントする)が中心ですが
日本のODAだけは半分以上が「カネ貸し」なのです。
どうしてこれが援助とよばれるかというと、金利が安いからです。
検討委員は「借款」に対する評価が低いことに「違和感」をもち
「無償(=タダの援助)が良い」というのは「一面的だ」と反論しています。
どうやらインドネシア副大統領と、このODA検討委員の見解とでは、180度違っているようです。
なぜこれほど違ってしまうのでしょうか。
先進国からの援助は、一般的に「タダの援助」が中心です。
これほど「カネ貸し援助」が多いのは日本だけの特徴です。
「タダの援助」をするには、税金を資金として使わなければできません。
ところが財政的にきびしい日本は、税金から資金を出す余裕がなく
「タダの援助」ができないのです。
しかし一方で貿易黒字の国ですから、国際貢献を求められます。
そこで利用したのが国民の貯金でした。
「郵便貯金・年金・簡易保険」、これらを資金源にして援助をするものですから
タダであげるわけにはいかず、「カネ貸し援助」となってしまっているのです。
しかし、借りた国は大変です。
その国の人びとがどれほど飢えていたとしても
借りたおカネは返さなければなりません。
返済するには「円・ドル・ユーロ」といった強い外貨が必要です。
そのため、輸出できる農産物を作って外貨をかせぐ方法を採ります。
国民が食べるための農作物を作っていたらいつまでも返済用の外貨をかせげないのです。
これまでその国の人たちが食べるための作物が植えられていた農地は
コーヒー、紅茶、綿花や大豆など、輸出できる作物の畑に変えられてしまい
途上国のもともと乏しかった食料は
「カネ貸し援助」を受けたことでさらに減ってしまうのです。
餓死者が出ている国でもおなじことです。
統計を調べて驚きました。
飢えに苦しんでいるはずの国が
援助で届いた食料よりも多くの食料を輸出していたのです。
つまり、その国で作られたものを、その国の人たちが食べられれば
飢えに直面しなくてすむはずだったのです。
こうして見ると、インドネシア副大統領のいい分の方が理にかなっているようです。
債務国は今や、国家予算の半分を返済に充てなければなりません。
そのために福祉・教育・医療などの基本的な要求(ベーシックニーズ)が
おろそかにされていきます。
★途上国の累積債務の免除を考える
しかし日本のODAは、借款という援助のスタイルだけが問題なのではありません。
無償の援助の方も、その目的が
日本企業の漁業権獲得大手建設会社の利権獲得
国連での票集め
が目的だったりしています。
たとえば2005年度に、中米のセントクリストファー・ネイビスという国に
6億1700万円の水産無償援助がされています。
この援助は国際捕鯨委員会で、日本の立場を支持してもらうために
つまり「票買い」のために費やされた「おカネ」でした。
そのことを指摘されても、日本政府は否定していません。
これは援助でしょうか。
現に困っている人に届くのでなければ
「援助」ではないのです。
援助が必要な人に、必要なものを届けるのでなければ
助ける必要のない豊かな層をさらに富ませるだけの結果になってしまいます。
日本のODAはカネ貸しが多く、融資1件当たりの額も巨額です。
多額のカネを借り入れられる能力がある人は、そもそも援助が必要ではない人です。
その結果、日本のODAは援助を要しないところに支出され
ほんとうに援助が必要な人にはなかなか届かないものになってしまいました。
「裨益」というむずかしい言葉があります。
これは「援助がそこから間接的に、さまざまなところに利益を与えていく」という意味です。
日本政府はよくこの言葉を使いますが、そうとでもいわないかぎり正当化できないほど
偏った「援助」になってしまっているのです。
「カネ貸し援助」を続けてきた日本の援助は
じつに世界の途上国48カ国に対して
その年の援助額よりも返済額の方が上回る状態になってしまいました。
インドネシアもこの中の1つです。
つまりカネを取り立てることが日本の援助の実態になってしまったのです。
しかもその中の18カ国はとくに貧しい国(LLDC。後発開発途上国。国連総会の定義では、1人当たりGDPが100ドル未満の国)の国々です。
貧しい国から予算を取り上げることが援助なのでしょうか。
<strong>援助はそれを必要とする人びとに届かなければ意味がありません。</strong>
日本政府に対して求めるべきなのは、援助の増額ではなく
援助のきめ細かさと小規模化です。
それにしても、これまで貸し付けたODA資金を回収し続けるのは
あまりにも酷です。
<strong>まず援助によって生まれた途上国の累積債務を、免除していくことが必要ではないでしょうか。</strong>
(田中 優)
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