mixiユーザー(id:1512719)

2007年11月04日00:59

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個人時間(昨日の日記の続き)

まず昨日の日記を見てない人は昨日のから見ないと、エキサイティング度数が上昇しきれないと思うのでまず、昨日の日記をご覧下さい。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=611720178&owner_id=1512719

それでは改めて昨日の日記の続きを書きます。昨日の日記を書いた後で色んな本を読みたくなったのですが、如何せんここはバリなので簡単に資料が手に入らないです。そこでネットでどれだけの情報を集めれるのかな?と思い、ちょっと調べてみました。すると結構、この時間感覚について書いたページがありました。ただ僕のような大胆な仮説と同じような話はなかったですが…。その中でも少し興味が持てた話をピックアップしつつ、もう一度練り直していきたいと思います。

時間感覚を持たない種族がいる話。未来という感覚が無い部族の話があった。そんな部族は心配していても普段より長く感じないのだろうか?まぁそもそも、ほっといても勝手に時間は流れる、タイムイスマネーなんてのは先進国の一部の考えであって、それが正しいなんて思っている日本人は単なる思い上がりだと思うのだがどうだろうか?

アフリカの考え方で「ササ(現在)」と「ザマニ(過去)」というのがあるらしい。この関係は私たちの考える現在と過去の関係ではなく、伝統的なアフリカ人にとって今起こっている、起こりつつあるササを説明し、意味付けて支えるものとしてザマニが存在し、ザマニとして蓄積された過去にないものは起こらない、そう信じるほど絶対的なものであるらしい。そして、この考えを支えているのは 「始源の時は、あらゆる時の範型となる。ある日起こったことは、たえずくりかえされる」 という感覚である。つまり出来事は未来に向かって進むのではなく過去(ザマニ)と現在(ササ)を行ったり来たりするという意味らしい。ササはザマニによって起こり、またザマニに還元されていく。このくり返しによって世界は存在し、ザマニとササと根本的に違った世界を思い描く由がない。だから 彼らは薔薇色の未来も、世界の終末も考えないし、進歩しようという信念もなければ100年後を心配することもないという事らしい。

この思想をもった人間のMTはどうなっているのだろうか?すごく単純な流れのMTであり集落の皆が同じ速度である気がする。

日本人の多くは、時間が生活を支配している。さほど意識する事もなく時間に沿って行動させられている。時間に間に合わないと社会的制裁を食らわされるので「罰を受けたり」「損をする」こととなる。それは会社や学校や待ち合わせに遅刻したことによって相手から罰を受けるだけでなく、時間厳守が高々と掲げられた社会では「ああ、遅刻をしてしまった…」という自らの罪悪感によっても苦しめられるのも含む。さらに家の中に入っても、テレビやラジオが時間を強制する。月9のドラマは月曜9時にしかやってないわけで、月曜10時や火曜9時にテレビをつけても、その番組はやってないので、特定の時間にしか番組は見ることができない。

こういった共通の時間である「時刻」で決められた制限ある生活が普通になっている為に、自分のMTを感じる余裕もなく、他人のMTに流されるケースが殆どで、むしろそっちの方が楽でいいとすら思っている人も多いのかもしれない。

僕の場合はこれが大嫌いだから、海外に住んでいると言っても過言じゃない。だからバリでは極力「○○時に待ち合わせ」はしない。「夕方頃いくねー」とか「この仕事終わったらいくわー」とか自分のMTで行動できる状況が望ましい。当然仕事となるとそうは言ってられないが、プライベートではMT速度を上げたくない!!

そして何より、一番気が付いたのは、人間の視覚は割と正確であるのに対し、嗅覚、味覚となるとかなり曖昧になり、個人差が大きい。生きていくのに重要だと思われる物の精度が高く、そうでないものは精度が悪かったり個人差が大きかったりするという事になりうと思う。このMTは本来人間には必要がなかった物なのかも知れない。しかし動物が心をもった時点ですごく重要な訳で、このMTはもっと早く解明されなければならない分野だったのかも知れない。
ただ心の分野というのはどの分野よりも遅れている。「心理学」だって学問として認められたのは最近の話で、昔は、まやかしだと思われていたみたいだ。現在だって心理学の先生が外科医の先生より給料が安く、立場も低い状態にあるのも事実だ。

「我は考える、故に我あり」の言葉の裏で考えれば、MTは脳内で作られる意識でしかない。だから当人が死ねばその人のMTは他の人の脳内に残ったイメージでしか伝わらない。MTは全く科学的な話ではない。脳内だけのお話だ。

過ぎ去った過去はこ瞬間にもどんどん発生している。1秒前の自分、10秒前の自分、コレを書いているちょっと前の自分、この過去はどうなっているんだろうか?過去というものは、空間や質量やエネルギーとして存在し続けているのだろうか?それともドンドンたれ流してしるだけで今という一瞬を通過した瞬間に消滅して無くなっているのだろうか?

単に脳内に思い出として残るだけで、実際は過去なんてものはすでにどこにも存在してなくって現在に過去の通り道が残るからそれを、物理的に掘り起こす事が可能なだけって話だろうか?過去の話をビデオにとってもそれを見る事が出来るのは現在であり、未来の事をいくら予定してもそれを実行できるのは現在だけであり、しかしMTは過去、現在、未来全部の速度を変える事が出来る。そう考えると脳内の想像だからMTは単なる夢と同じなのだろうか?現在起こっている事についての感覚という意味では視覚や嗅覚に似た感覚だと思うのだが、夢と現実の違いをハッキリさせた上でのMT論ってどうなるんだろうか?

まだまだ資料も少なすぎるし、自分での熟考も足りなさ過ぎるので次回、来年までの宿題にしよう。今回はこの中途半端な状態でお開き。



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