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2007年08月08日22:38

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祖国とは国語。

日記は久しぶりです。やっとバリになじんできました。

日本で何冊か本を買ったので、その中の1冊「祖国とは国語(藤原正彦)」を読んでみました。いや、正確にはまだ全部読んでないですが。

文章はちょっと、押し付けがましい表現や、断定しすぎやろ?って思う書き方が目立つけど、言いたい事は心に響く事が多いと感じました。

日本のような島国ではあまり感じる事はないですが、ヨーロッパでは、侵略、戦争、などで国がなくなったり大きくなったりするような歴史を持つ地区では「領土」でも「生粋な民族」でもなく「祖国語」が「国」を意味する事になると書いてあり、納得しました。フランス語が存続する限りフランスは滅びない。という事です。

国語というのは「言葉」だけにとどまらず、その国の思想や歴史がすでに織り込まれており、英語を使う時はすでに英語の思想でしゃべる事になるという事です。

今、日本では英語がしゃべれないと社会で通用しないなどと言われ、中学、高校で莫大な時間がその勉強に費やされています。幼稚園で英語を教える所も今では珍しくないです。その割りにビジネスで通用する域までに達する人間はほんの一握りです。インドネシアではロクに教育を受けていない若者が日本語や英語をしゃべります。

僕の偏見ですが、「英語というには日本人にとって簡単なものではない」と思うし、それほど必要なものなのか?とも思うようになってきました。英語を使うという時点で相手の舞台に立つ訳で、それでもなお相手を納得させるだけの思想+語学力を身につける事が可能なのは才能のある人のみではないかと。
また、完全に英語をマスターした人間であってもいわゆる日本的な日本語を使わないとしっくりこない言葉や事柄を英語を使って伝える事はできないと思う。ビジネスでの交渉であっても単純に交渉内容をトランスレートする為の英語は必要だと思うけど、それ以外は意味がない気もする。

だけど、言葉はできるだけ多くの国の言語をしゃべれるほうが、色んな思想を学べるとは思うので、英語と言うのは義務教育で勉強する科目ではなく、大学や専門学校で勉強する特殊能力であってもいいのではないか?と考えたりしました。その時間を国語に当てれば、ずいぶんと誇りをもった日本人が増えるんじゃないでしょうか?

ただ前の日記にも書いたとおり「その時、筆者はどう思いましたか?」「この文章で”それ”は何をさしますか?」なんていうバカみたいな勉強をするのであれば国語すら勉強する意味ないですが…(笑

僕は前に「武士道」「男気」などをインドネシア人に何度が説明しようとしたが断念した経験があります。インドネシア語を使う時点でインドネシアの習慣の則ってしゃべる必要があり、日本人的な言い回しや、無理ヤリ作ったような造語インドネシア語で補うのはまったく通じないです。

国語を勉強する事はすなわち、国を知る事になり、自分がどういう存在であるのかを知る事になる。これはみんなが知りたがっている事の答えというか、日本人としての自分に胸を張って誇りを持てる人間になる為に必要不可欠な事ではないか?と思う。愛国心と祖国愛は違うと言う。愛国心とは国に利益をもららす政治的な愛をも含むが祖国愛はそうではなく単純に自分の国を愛し誉れに思う事であると。

右翼的な愛国心を持つ必要はないけど、自分の国を誉れに思い、日本人である事に自信を持てる心をみんなが持てれば、もっと他の国からも一目置かれる国になっていくと思います。



これを書いていて気がついた事がある。

昔、僕はまだ若い時には、どこに住んでもても土佐弁(方言)を通す人間は、不器用でワガママな人間だと思っていた。

反対に、転居してすぐそこの地区の方言に染まる人は器用だけれど、信念の薄い人間だと思っていた。

僕は後者だった。自分の事は器用でどこの方言だって、数ヶ月住めば地元民と間違われるくらいのアクセントでしゃべる自信があった。そしてそれが可能な自分を偉いと思い、同時に同じくらい自分の事を薄情で調子ノリだとも思った。

でも、よその地区の言葉を使う時、そこの地区の思考回路というか、流れでしゃべっていた気がする。それは本来の自分ではなく、その地区での自分という、あたらな人格を作り出して、そいつにしゃべらせていただけだった気がする。自分ではないからゲーム的で楽しかったと今振り返ればそう思う。インドネシア語を使う時もそうかも…。もっとそれが完全な日常になれば自分自身と融合するのだろう。

これは関東の人に関西弁をしゃべってもらったら、すごく分かってもらえると思う。自分じゃないニューキャラの「なにわ版人格」が登場するはずだ。

やっぱり言葉には自分の生まれてきて育ったルーツが織り込まれている。それを真面目に勉強する事が自分を知る事になるはず。

僕はこれから今まで以上に「日本語」「土佐弁」を大事にして勉強していきたいと思います。

でも、今は「タイ語」「フランス語」「イタリア語」も勉強したいなと思っているんですが、心が読めるまでじゃなくって挨拶できるまでくらいかなー。ちなみにインドネシア語もインドネシア人の心が読めるまではまだ全然ほど遠いです…。だから人のしゃべりのマネで代用する事が多いです。

今ではインドネシア語、東京弁、関西弁、土佐弁は普通にいけますが、本音で自分の事を言えるのは「土佐弁」だけかも知れんです。



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A『おんしゃー、そんながいな事ばぁ言いよったら、おまんくのおにぃに言うて、こじゃんと言うばぁシバいてもらうきにゃー』

B『おう、言うてみぃや。うちくのおにぃ今、県外やきよ。ひっとり走って言うて来いや、パァが。』

A『おんしゃー、卑怯なぞ。ウソばぁ言うなや。昨日おにぃ家におったじゃかやぁ。』

B『うそやないわや、今朝、松山へいったわや。』

A『ほんなら、えいわ。許いちゃらぁや。』

B『なんで、おんしゃーに許いてもらわないかんがな? 分かったき、おんしゃー、もういねや!』

A『わかったわや、あいた、また来るきにゃー。』

B『おんしゃー、もう来いだち、かまなーや。』

A『そう言わいだち、えーじゃかや。』

B『おんしゃー、しわいにゃー。もうえいわ、ほんなら、あいた来いや。』

A『おう、バイぞ!』



きょうび、こんな会話するヤツ、小学生でもおらんね。申し訳ない高知県人の方々!!
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