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2007年04月05日20:58

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『心』理論と実生活における関連についての考察

前回の日記の内容が
かなり抽象的だったので、
内容について伝わりにくかったと思います。


なので今回は前回の内容を
自分なりに論文風に考察しようと思います。


以下、論文風です。



―――――――――――――――――――――

◎『心』理論と実生活における関連についての考察




本文章では前提として、
人の『心』『魂』又は『精神』というもの(以下、『心』と統一)が
体の中に存在するものではなく
人の体を包むように存在している、という理論に基づく。(この理論を以下、『心』理論で統一)


また、前回の日記では
心は体の周り半径1メートル程度を覆う球体のようなもの、
と『心』のイメージを定義したが
追加の定義として、『心』は球体で固定されているのではなく
ふわふわとしたもので、自己の意思である程度
形状を変形させることが出来るものとする。




(あくまで『論文風』なのでいきなり考察にいきます)



〇考察

『心』というものが体の外側にも存在するもの、ということは
当然『心』に含まれているであろう『感情』や『思考』、『意識』なども体の外に出るものということになる。

例えば、相手の顔を見なくても、声を聞かなくとも
なんとなく相手が怒っていることがわかる時がある。

また、すでに何かに怒っている相手の近くにいると
こちらの心にも影響が出るのを感じることがある。


このような事例に『心』理論を当てはめると
相手の近くにいるということは、
体の外側に心があるのだから
当然お互いの『心』は触れてしまっていることになる。
心には感情も含まれる訳だから
心と心からダイレクトに感情が伝わることを説明することができる。


このことを応用して考えると、
『楽しい』という感情の共有や、もらい泣き、
また、集団行動における感情のエスカレート(デモやテロ、いじめなど)も
納得しやすくはないだろうか?

ついでに、恋人など親密な関係の人物と一緒にいると
お互い無言でいても苦痛ではなく
むしろ落ち着いたりすることがある。
これは体は触れていなくても
『心』が触れているのだから当然かもしれない。



また、少し視点を変えてみると
人の『雰囲気』というものや、
近年話題のスピリチュアルの人達がいう『オーラ』というものも
それが体の外にある『心』の部分を差すと考えることもできる。




心の定義として、意思である程度『心』を変形させることができると書いたが
これは私の推測だが
一般に『気配を消す』などの表現を説明するために変形できるとした。


具体的には、『気配』というものを体外の『心』とするなら
それを消すということは
心を体の中に意識的にしまいこむことであると考える。

また、かなりの人混みの中で友人同士などが
遠くからお互いを見付出すことは、
お互いが意識的に心を広げた結果であると推測する。



以上が考察である。


――――――――――――――――――――



と、こんな感じで考えたんですが、
注意として、これはあくまで私の考えであって、
データなどによって裏打ちされてないものです。

なので、これを鵜呑みにして真実と思わないように!

こういう考えもあるよ、という程度で捕えて下さい。


しかし、なんで論文風に書いたのか
途中から後悔しました。

ここまで書くのに一時間半はかかりました…。



携帯でこんなに長文書くもんじゃないですね〜。



最後にここまで読んだ方、お疲れ様でした。

そして、ありがとうございました。
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