創作物です、小目汚しにどうぞ。
「私的葬送曲」��
『私、言った事は必ず叶えるの。勿論、出来る範囲でだけど』
これが口癖だった久美子。甘えた口調と仕草が特徴――。と云うか、それが武器だった
久美子。華やかで我儘で――。そのくせ打たれ弱く可愛かった久美子。女優を目指し、
小さな劇団の舞台の上で華やいでいた久美子。大好きな友人だった。
今は、私の目の前の祭壇に遺影が掲げられている。
小さな祭壇に飾られた写真は幾つの頃のだろう? 神妙な顔した久美子の遺影。
『写真は笑った顔じゃなきゃ嫌よ』とこれも久美子の口癖。その割に、私には、
泣き顔をよくみせていた。
こんなに小さく飾られ、おまけに笑った顔じゃないときては、面白くないよね久美子。
私は、用意していた花束をそっと祭壇に供え手を合わせる。
本人は、とうに灰になってる葬儀。
ほんと――。小さな祭壇。
松葉杖を、いかにも不慣れに扱い私の後に焼香する男性が一人。久美子の恋人――。
久美子が死ぬ少し前まで恋人だった君塚。顔半分は包帯で覆われ、その姿は痛々しい。
「君塚さん。大丈夫?」
葬儀場の出入口で、後から出て来た彼に声を掛ける。
「ああ……。太刀川さんですか……」
その声には聞き障りのあった脳天気さは感じられない。
「どうも、ありがとうございました。お忙しい所――」
私は、小さくかぶりを振る。
「この後……。秋穂の方に――。被害者の葬儀に行きますので」
それだけを告げ、彼は小さく会釈し、待たせていたタクシーに乗り込むべく不器用に松葉杖を扱いながら短い階段を下りて行った。大柄な体格が丸めた背中が酷く小さく見える。
私は彼の乗り込んだタクシーが走り出した後も頭を下げて見送り、口端が緩むのを
堪えた。
この後、参列者はどのくらい訪れのだろう? 指折り数えて足る範疇かしら?
久美子の親族は数人来てるようだが、両親は来ていない。
久美子。最後の舞台なのに――。寂しいね。でもね、TVで数日。ほんとうに数日
取り上げられたよ久美子。三日後に誰だっけ? タレントの離婚騒動が出なければ、
あと数日取り上げられたかな?
君塚の口にした名、秋穂は彼の新しい恋人。
行われている葬儀は、同じ日、同じ場所で亡くなった立場の違う者同志、
その片方の葬儀。
久美子が君塚のマンションに乗り込み火を放ち、偶然居合わせた秋穂と共に焼死。
そんな二人の葬儀が同じ日になってしまっただけの事――。ワイドショー風に言えば、
嫉妬に胸焦がした女が引き起こした放火事件。ちなみに君塚の姿は、火災現場に駆けつけ
飛び込むも、残念な事に大火傷と右足の骨折を負っただけの様だ。
彼女と元彼女が被害者と加害者。且つ、その理由が自分にあるだなんて。どんな心境な
のかしら? 私は秋穂の方は報道でしか知らないけれど、久美子より良かったのかしら。
勿論、訊ける話では無いのだけど。
葬儀場を後にすると、久美子とよく訪れたバーへと足を向けた。開店には、まだ早い時間だがマスターは居るはずだ。
繁華街の少し奥まった雑居ビルの地下二階にそのバーはある。
下り階段横の店のロゴが入った蛍光灯が点灯していない。
「今晩は」
バーのドアは、思った通り開いていた。私は声を掛け店内へ入る。
「ああ。まだ開店前――。忍さん。今日は早いね」
奥で付け出しや軽食の仕込みをしていたのだろう、エプロン姿のマスターが顔を
出してくる。
「ええ。今日は久美子の葬儀だったの」
勝手知ったる私は、壁に供えられているハンガーにコートをかける。
「ああ……。そうか。あ! ちょっと待って」
マスターは店の奥に戻るとと程なく小皿に塩を盛って戻ってきた。
「縁起ものだから」
マスター。ここは、使い所間違ってないかしら。
「ありがとう」
私は礼を告げ、塩を指で軽く摘み撒いた。
「私的葬送曲」��
「そうかぁ。久美子ちゃんのねぇ。TVとか来てた?」
マスターは私達のボトルを捜し出す。
「あ。ボトル、こないだ空けちゃったんだ」
「え。そうだった。うーん、じゃあ、入れてくれると嬉しいかな」
「うん。私の名前でいいかな?」
「勿論。ありがとうございます」
マスターは、そう云い新たなボトルの封を切った。
「久美子の葬儀ね――。参列者もほとんど居ない寂しいものだったわ」
「まあ。なんだか久美子ちゃんにしては寂しいね。ごめん。不謹慎か」
「そんな事ないよ。マスターの言うとおりだと思う」
グラスに注がれた最初の一杯を口に運ぶ。
「忍さん、励ましていたのにね。残念だ」
「私?」
「うん。火事の二、三日前。二人でカウンターの角席で額突き合わせて」
よく見てるわマスター。
「時折、久美子ちゃんの肩叩いていたり、なんだか体育会系の激励みたいだなって」
早速、新規に入れたボトルをねだるマスター。勧めるとグラスをくゆらせる。
ほんと、よく見てるわ……。
「これからは忍さんも一人で御来店。その内、お見限りかな?」
「そんな事はないですよ」
喪服姿で長居も何なので、私は早々に店を後にする事に。
「また来てね」
マスターの声に右手挙げて応えた。
本音を言えば、これ以上居たらマスターに何か掴まれそうで怖かった。
部屋に戻り、壁に貼っていた写真の中から、久美子の写っている物だけを外す。
一緒に旅行に行ったもの。
一緒に食事をした時のもの。
久美子が笑っているもの。
そして――。一緒にベットを共にしたもの。愛し合った時に撮った画も外す。
そう。久美子は私の恋人だった。それもよく浮気をする酷い恋人だった。
それでも、いつも泣いて私の許に帰って来ていた。
それが、あの君塚に出会ってから――。
よりにもよって、あんなゴリラのような男に――。
それでも、私は久美子の幸せを選んで上げた。
二人で、最後の夜まで過ごしたのに。
それが、何と云う事だろう。君塚に振られたと。今度は泣いて来たのでなく呆然自失で
私の部屋の玄関前に立ち尽くしていた。
その時、私の久美子に対するあらゆる感情は全て終わった。あんな男に奪われて
捨てられた女に対し、私の興味は急速に冷めていった。付け加えれば、もう、私には
新たな恋人も出来ていた。
久美子と別れた後、数人の女性と寝たが、その甲斐あって最高の女性を見つけていた。
要は、私にとって久美子はもうなんでもない。しいて言えば――。可愛さ余って憎さ
百倍……かしら。
マスターは思い違いをしてる。あの夜、私は久美子を慰めたのでは無い。焚き付け
たのだ。
日が過ぎれば久美子の事。また私にすがる。勿論、次の男を見付けるまでだが。
でも、もう、それは許せない。
「久美子。君塚さん諦められる? 貴女、言ってたじゃない? 言った事は叶うと。
今、貴女、何を叶えたい?」
これを繰り返し、久美子から様々な言葉を語らせ、最後の言葉も告げさせた。
ついでに君塚をマンションに戻る様、呼び付けるのを勧めたのも私。
あの男も嫌いだったから。
火事の後、数日。TVの奥様情報番組を勤めを休んで初めて視た。コメントするタレント。久美子の心理状況などを訳知り顔で解説する専門家。
笑えた。お笑い番組だった。
いずれにしても、久美子は忘却の彼方。
そして、ボードに新しい恋人との写真を張り付ける。
可愛い声で啼く子猫のような娘。
「私的葬送曲」��
来客を告げるインターホンが鳴った。
「誰かしら?」
貼る写真の選択中なのに――。もしかしたら、彼女かしら? あ、でも今週は彼女はこれない
看護師の彼女は今週は夜勤シフトだ。
「はい。どなた」
私は応対に出る。
「あの。美由紀です」
ああ――。今の彼女に出会う前に落とした女子高生。
可愛い子ではあったけど……。まだ青い体過ぎて……。なにより私に依存してくる。
「どうしたの、こんな時間に? 御家の方が心配されるわ。御帰りなさい」
私は、インターホン越しに告げるが応えは無い。
おそらく、私がドアを開けるのを待ってるのだろう。
私は、溜息一つ吐くと、玄関ドアに向かう。
案の上、美由紀が立っているのを覗き穴から確認する。
おそらく、何かしらの対応が無ければ美由紀は帰らないだろう。
私は、仕方なくドアを開ける。
「美由紀ちゃん。困るのよ! こんな時間に――」
美由紀は私に勢い良くしなだれた。
「お姉さん! お姉さんを失くすぐらいなら……」
離れた美由紀の両手にはナイフ。今、私の腹を突き血が付いたナイフが。
「お願いだから……。わたしと――」
美由紀の発する声は、もう耳に入らなかった。彼女は玄関口に倒れた私を何度も刺した。
その時、私の脳裏に浮かんだのは、久美子の事件をコメントしていた評論家だか教授だかのフレーズ。
「人は皆、病んでるんですよ。静かに潜み込むように蝕ままれ、病んでるんですよ」
そう。皆、病んでいる。
私も、その例に洩れずに――。
FIN
ログインしてコメントを確認・投稿する