信長はなぜ「秀吉」は許し、「佐久間信盛」を追放したのか
https://news.yahoo.co.jp/articles/898ac6de721b29ca6af89648aeeed88c39c112aa?page=1
無断撤退の前後くらいに、信長の実子である於次丸秀勝が、秀吉の養子になっている。どれだけ活躍させて領地を与えても、最終的にそれを継ぐのは自分の実子なのだから、信長にとって秀吉は非常に使い勝手の良い家臣ということになる。多少のことは目をつぶるだろうと。
播磨攻略なんかも、最初は荒木村重に担当させていたのが、その後に秀吉と交代させている。これもそういうことではないかなと。どうせ大きな仕事をさせる(=大きな領土を与える)のであれば、後に「キャッシュバック」の見込める秀吉のほうがお得。
もっとも、本能寺の変が起こらずに織田家が信忠に代替わりし、秀勝も早逝せずに羽柴家を継いだとして、それで織田家が盤石になったかどうかは分からない。いや、中国地方(もしくは九州)を治める異母弟とかいうと「足利直冬」感があって、いまいち安心できないのだよなと。
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