「蘭丸の父」はなぜ1千の兵で3万の敵と戦ったのか?森可成の壮絶な最期とは?
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/cc3299f01de3a4504927f80fed7ce53916a27620
いつもの大門先生コラム。森可成が宇佐山城を任せられるまではキチンと説明してあるのに、その宇佐山城を出て坂本で浅井朝倉軍を迎え撃った理由については全く書かれておらず、ならなぜこんな記事タイトルにした?とツッコミコメントを書かれてしまっている みたいな流れ。
坂本で迎え撃った理由。浅井朝倉の目的は、摂津で本願寺と対峙している信長の後背を衝くこと。可成たちがやるべきことは、それを阻止すること。確かに宇佐山城に立てこもっていれば負けなかったかもしれないが、宇佐山城への抑えとして一定の手勢だけ残すかたちで浅井朝倉に先を急がれてしまった場合、信長が挟撃されるのを防げないかもしれない。信長本隊が崩れたら、宇佐山を維持できたとしても何の意味もない。浅井朝倉の進軍ルートにあたる坂本に陣を張って、可能な限り時間を稼ぐことにした ということだろう。
もっとも可成たちが玉砕覚悟だったかというと、信長はとにかく機動が速いので、数日稼げばすぐ援軍に来てくれるだろうという期待も多少はあったのではないか。実際、信長が知らせを受けてから坂本に到着するまで2日しかかからなかった。もっとも信長に知らせが届くまでに6日ほどかかっていて、この間に森可成らは戦死してしまっている。知らせが届くのが遅かったのか、信長が異様に速いのか。その両方なのか。
ログインしてコメントを確認・投稿する