動画アリ!<2026年 ZARDの坂井泉水が育った丹沢山麓秦野市を中心とした旅 第5回目 3月15日(日)テーマ曲「世界はきっと未来の中」> 2部構成の第2部
3月15日(日)春めき桜を求めて神奈川県南足柄市と秦野市を巡る旅、朝方小田急線の開成駅を降り立ち、西へまっすぐ進んだ。南足柄市の狩川沿いの春経道、一ノ堰ハラネ、福沢公園を巡った。開成町の瀬戸屋敷を経て、小田急線の新松田駅から列車に乗り、秦野駅へ向った。桜の町を掲げる秦野市は、南足柄市で生み出された春めき桜を育て上げた。北の蓑毛地区から寺山地区へかけて、花を咲かせている。3月19日に気象庁がソメイヨシノの開花宣言をすると、役目を終えるように散っていく。所変わって東京都多摩地域では地中からカタクリが芽を出した。日陰にひっそりと咲く花は、柔らかい日差しを透過する。春の妖精の由来どおり、背丈は小さいながらも、しっかりと地中に根を張っていた。街路樹では淡紅紫色の陽光桜が、青空の下で日差しをたっぷり浴びている。古くから里に居座るシダレザクラも、ソメイヨシノより一足速く、花びらを付け始めていた。日々移り変わる景色を、引き続きZARDの「世界はきっと未来の中」の16ビートのリズムに合わせて、追っていく。
第1章
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1991851237&owner_id=32437106&from=list_diary_title
以下旅のカタログ
第2章:秦野市 垂直のポリフォニー
― 丹沢山麓に共鳴する三色(みいろ)の旋律 ―
(5) 蓑毛の山中 ― ミツマタの里に響くクリスタルの鼓動
静寂を震わせるミソサザイ: 繁殖期を迎えた鋭い鳴き声と、金目川の規則正しい水音。
ミツマタの群生構造: 杉林の茶色を塗り替える黄色い房。「型にはまらない自由」を肯定する複雑な枝ぶり。
観察の哲学: 垂直な桜だけではない、植物の多様な「個」を尊重する視点。
(6) 蓑毛運動公園、小屋の一角のミモザ、バス停鳥居前の並木、石庄庵の並木 ― 郷愁と門番の黄色
失われた歓声と無言の春めき桜: 過疎化する里山を見守る、妖艶なピンクの記憶。
圧倒的なミモザの存在感: 緑水庵の小屋にどっしりと構える、黄金の門番。
里を彩る並木の連鎖: 南足柄から移植された苗木が、人里に春を告げるシンクロニシティ。
(7) 西田原地区・玉縄桜 ― 実朝の記憶を透かす薄紅の花びら
田園地帯のランドマーク: 伝承館のモノトーンと、湧水「金剛の泉」による生命の摂取。
時空を超える玉縄桜: 積雲の下、源実朝の首塚前に咲く繊細な花びらと、歴史の儚さへの共感。
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第3章:未来へのカッティング
― 戸川公園の色彩と、渋沢丘陵に灯るエール ―
(8) 水無川沿いから戸川公園へ ― ディストーション(歪み)が熱量に変わる瞬間
オカメザクラの沈黙と「未来の中」: 灰色の雲の下、海沿いのCar FMのように疾走する意識。
ギターソロのカッティング: モノトーンの杉林を切り裂く、原色のレーザービームのような音楽的風景。
構造物としての植物: 風のつり橋を背景に、意思表示をするサンシュユとミモザ。
コブシの意志: 天に向かって「グー」を突き上げる白き拳。次代の主役・チューリップへのバトンタッチ。
(9) 渋沢丘陵高台 ― トワイライトに浮かぶ日常という名のエール
今泉名水桜公園の幕引き: ソメイヨシノへ後を託し、静かに花を閉じるカンザクラ。
ブルーモーメントの連帯: 闇に呑まれながら直立する菜の花と、遠くで輝く街の灯。
Coda(コーダ):多摩丘陵の残響 ― 未来を縁取る光と色彩の終止符
(10) 多摩地区・池の公園 ― 渡り鳥の帰還と、静止する巴(ともえ)の文脈。
(11) 八王子市長池公園 ― 陽光桜の紅紫色と、地を這うカタクリの「自律的整合性」。
(12) 多摩市鶴牧西公園 ― シダレザクラの節が語る歳月と、JUKI本社ビルを包むブルーモーメント。
あとがき ― 20kmの鼓動、構造としての春
第2章 秦野市 垂直のポリフォニー:丹沢山麓に共鳴する三色(みいろ)の旋律
(5) 蓑毛の山中――ミツマタの里
秦野駅から終点蓑毛バス停へ下車すると、ヤビツ峠へといたる金目川沿いの登山道を進んでいった。湿気を含む樹林の中は、少雨の影響により、幾分ヒヤッとした肌感覚である。険しい杉林道の脇に、一戸建て住宅が点々と続く。谷筋を伝う水は、規則正しく石を削りながら流れ落ちていく。繁殖期を迎えるミソサザイの鳴き声が、クリスタルのように鋭く、冷たい空気を震わせていた。周囲を探しても背景の木々に同化して識別がつかない。春先に営巣し、次の世代の子供を育てる。
沢沿いの林道に咲くミツマタは、標高と共に密度が上がっていく。静寂に包まれた険しい山中の一角、黄色い丸い房をつけたミツマタが、茶色一色の世界を染め上げていた。いつの間にかコンクリート道が途切れ、斜面に残る筋と標識が頼りになる。無難な道にこだわるなら引き返すしかない。せっかく苦労して登ったからには、角度を変えて、眺めてみたい。スライムのような軟体構造物を彷彿とさせる複雑に枝を伸ばすミツマタに思いを乗せていた。

下から見上げること、背景の樹木によって、細い枝についた房が泳いでいるように錯覚する。ミツマタの群生地に3年連続観察して、その奇妙な形にとりつかれた。ファッションショーのモデルのように垂直にそそり立つ整った桜の木が全てではない。こうして群生することで、複雑な形を成すミツマタも、一つの特徴である。植物を観察する目を養えば、恋においても見方は変わっていく。型にはめようとすればするほど自由を失うことになる。仕事では、決められたルーティーンをこなすことが求められる中、プライベートではそれぞれを尊重することだった。異なるスポットを忙しく回り、新発見することは、達成感につながる。一つ一つの積み重ねがその人を変えていく。猜疑心などは微塵もない。急斜面を駆け下りて、次へ向かうのみである。
(6) 蓑毛運動公園、小屋の一角のミモザ、バス停鳥居前の並木、石庄庵の並木
Yahoo地図 蓑毛運動公園
https://map.yahoo.co.jp/v3/place/xwqzMDrGXtQ
ノンストップで下る際、確かに膝に反動がくる。登りよりも下りの方が、バランスを崩しやすく、足元に注意を払った。幸い冬場乾燥化により、道はぬかるんでいない。滑って転ぶリスクは最小限に抑えられた。前傾姿勢を保てば、スムーズに膝が動くことで、エネルギーの節約につながる。バスが通る県道70号「秦野清川線」から離れ、斜面の一角に畑が点在する中、ピンクの桜並木に目が留まった。親子でボール蹴りができて、ブランコや滑り台で遊べる蓑毛運動公園は、今や空き地と化していた。かつては小さい子供が、ブランコに乗り、滑り台に上った。懐かしさを偲ぶかのように、淡いピンクの花をつける妖艶な春めき桜が無言で見守っていた。

過疎化が進む蓑毛地区は、登山客やサイクリストが交差する。険しい山間の村は、今なおひっそりと植物と人が織り成すドラマが続いている。バス停「青年橋」の脇に鎮座する小屋の前には、黄色い房をたらしたミモザが、どっしりと構えていた。単体でありながら、房が大きく、門番さながら圧巻だった。
蓑毛地区から秦野駅へかけての帰りは下り一辺倒、バス停「鳥居前」の脇道にも、春めき桜が林立する。南足柄市で生み出された品種は、険しい斜面を上るサイクリストの目にもとまる。味わい深いピンクの花は、人の心を優しく包み込んだ。バス停「才戸入口」から左手に曲がり、坂道を登っていく。お蕎麦屋「石庄庵」の前に、春めき桜並木が続く。早速カメラのレンズを向けた。山の麓にたたずむ民家が映り込むと、里を象徴する風景になる。次印カメラのレンズを花びらへと近づけた。絞りは開放気味、被写界深度の深さから、光を取り込むことで、背景の林が黒ずむ。すると手前の花びらがくっきりと浮かぶ。密集度合いが高いと、ピンク一色に染められる。光の当たり方や、撮影の角度によって、写真の出来栄えは異なる。辛うじて上空には雲がかからず、青空が残ってくれていた。写真の醍醐味を感じると、再び走り始めた。

(7) 西田原地区 玉川桜
詳細 秦野市ホームページ 田原ふるさと公園
https://www.city.hadano.kanagawa.jp/soshiki/7/1048/2/3/2/index.html
石庄庵から田原ふるさと公園までの道程はおよそ2km、県道のわき道を下っていく。東公民館に差し掛かり、西の東田原と西田原、菩提へ続く道へと折れる。唸りがあるとはいえ、ほぼ平坦である。空き地が多く、公園のランドマークとなるモノトーン色の伝承館を遠めに確認できた。目的地が見えると、地面を蹴り上げる反発力が、必然的に強くなっていく。田園地帯に佇む伝承館は、採り立ての旬な野菜を並べていた。水車小屋と向かい合う、一枚岩から蛇口のように水が湧き出す。その名も「金剛の泉」、丹沢山地の雪解け水が地中でろ過され、比較的平らな田原地区で湧き出すのである。今見頃を迎えている玉縄桜は、伝承館を挟み反対側の「源実朝」の首塚前に植林されている。午後2時30分前、積雲が迫ってくる空をバックに、薄い花びらに筋が透けて見える。鎌倉時代から眠る武将の儚い運命を語られたかのように、繊細でつつましかった。

隣の西田原地区の見渡す限り広がる田んぼの一本道を駆け抜けていく。金蔵院を含む由緒ある寺院前の通りを経て「県道705号堀山下秦野停車場線」内の田原入口バス停にたどり着いた。菩提を経由して秦野駅と渋沢駅を結ぶ「秦51系統」の神奈川中央交通のバスに乗り込んだ。乗客は主に住民とはいえ、菩提から登山へ向かう客もたびたび利用する。鄙びた住宅地の菩提を経由して、渋沢駅へ南下していく途中、水無川沿いの「平和橋バス停」で下車した。
第3章 未来へのカッティング:戸川公園の色彩と、渋沢丘陵に灯るエール
(8) 水無川沿いから戸川公園へ
詳細 戸川公園の地図 神奈川公園協会より
https://www.kanagawa-park.or.jp/hadanotokawa/map.html
水無川を2km先へ進めば神奈川県立「秦野戸川公園」の風のつり橋である。道中、濃いピンクの花びらが下向きにつくオカメザクラが彩ってくれる。いつの間にか上空は灰色の雲に覆われ、日差しが消えてしまった。秦野駅側は青空がのぞいているとはいえ、山の方向はすっかり雲によって閉ざされていた。見頃を過ぎていたオカメザクラも元気を失ったかのように花びらを閉じて、縮こまっているようだった。

足元の菜の花はピンクの花びらを被っていた。確かに人の心は天気に左右されやすい。不安がよぎった際、「世界はきっと未来の中」の一説を唱えると、幾分気力がわいてくる。海沿いにCar FMが鳴り響く、青春を謳歌する若者のように、走りぬけよう。集中すれば、時間の経過もあっという間である。恋に打ち込んだときのように公園にかけてのオカメザクラ並木を潜り抜けていった。
曲の方は、バンドサウンドさながら、ギターソロの鋭いカッティング音が鳴り響く。モノトーンの杉林に突如として放たれた原色のレーザービームである。鋭く歪んだ音色が、視界を切り裂き、未来への疾走感を生み出す。ドラムの方は、ハイハットの連打に重ねられた、ソリッドなディストーション(歪み)の轟音。「摩擦」が「熱量」へと変わり、灰色の雲の下で、視界を変えてくれた。
水無川沿いのグランドでは、子供たちのサッカー試合を見守る父親や母親の姿がある。丹沢から吹き降ろす乾いた風は、ボールの軌道を変えていく。風のつり橋の麓の遊具広場では、細い棘状のサンシュユの花が、一つの塊となって、構造物と化していた。川を渡り、下流側の岸辺には、一輪のミモザが意思表示をしているように葉を広げていた。白い砂地に鮮やかな黄色い房が目印になる。日の光に一段と映える程、明るい色合いから「優雅さ」を象徴する花言葉が生まれた。
厚みのある葉とはいえ、川風によって、こすれるような音を立てた。繊細な植物の息遣いは、川のせせらぎと相まって、丹沢山麓に季節の脈動を刻んだ。
園内の山里庭園からはコブシやオカメザクラの花越しに風のつり橋をのぞく。すると額縁に収まったかのように、春の色彩に彩られた。
橋を渡り反対側の、県道706号沿いはコブシ並木と化す。人間が達成感を得た際、片手でグーを作るように、コブシの花もその名の通り、日の光に向って突き上げるように咲く。目線より低い位置の花びらからは、柱頭をのぞくことができる。つかの間の開花期間、公園の入口で、来園者の道導としての役割を担っていた。

午後4時10分の大倉から渋沢へ戻るバス便に乗り込む前、チューリップ園の様子をうかがった。まだ空白が多いとはいえ、赤色の株は、まだ背が小さいながらしっかりと花を咲かせていた。半月後、ソメイヨシノと共に次の季節の主役が踊り出る準備は既に整っている。
(9) 渋沢丘陵高台
公園に併設した大倉バス停から終点小田急線渋沢駅まで戻り、上り方面に隣の秦野駅で降りた。南口からおよそ徒歩5分の今泉名水桜公園では、薄白のカンザクラが、無風状態ながら、少しずつ花びらを落としていた。名前の通り肌寒さが残る中に開花する品種は、主役級のソメイヨシノに後を託すかのように、閉じようとしている。
秦野市上空もすっかり灰色の雲に覆われた。午後6時過ぎ、暮れゆく空と町あかりが調和するトワイライトタイム、手前の菜の花越しに一望した。背骨のように連なる丹沢の峰々は雲を吸い込むほど、くっきりと形を保っている。菜の花の直立した姿と、麓の盆地からの窓明かりが、16分音符の余韻のように淡く光を残していた。日常へ戻る旅人へのささやかなエールだった。
「Coda(コーダ)」多摩市と稲城市の桜 未来の景色 多摩を埋め尽くすソメイヨシノと玉縄桜の残響
(10)多摩地区 池の公園
3月21日(土)温かい陽気によって、東京多摩地区でもソメイヨシノの蕾が膨らみ始めた。日中上着を脱いで散策できる中、池のある公園では、北国へ向かう途中のトモエガモが立ち寄っていた。普段カルガモが使用する小屋に居座っていた。顔に緑のラインが入ったオスは確認したところ2羽である。巴(ともえ)状の複雑な模様からその名がついた。

風が吹くたびに、360度小屋が回転していくなか、裏に隠れていたもう一羽のオスが姿を現した。その背後には灰色の個体が休んでいた。カモ類は、共通してメスは地味な褐色系で、種の区別が難しい。北へ旅立つ前、越冬地でパートナーと寄り添い、出発をする。
(11) 多摩地区 八王子市長池公園 3月24日(火)午前。
詳細 ひとまち緑が輝く明日へ 八王子市由木地区公園より
https://www.h-yugi.org/nagaikepark
長池公園外周緑地ゾーンに接したバス通りを、紅紫色の陽光桜が、咲きそろっていた。青空の下、発光体と化した並木に、足を止めて、思いにふけった。「美しい精神」の花言葉どおり、貴婦人のように艶やかでありながら品格を帯びていた。

園内の自然体験ゾーンでは、紫色のカタクリが顔を出す。紫色の花びらを反り返らせ、柱頭部が露出する。地面にしがみつくように生えるキツネノカミソリを見下ろす格好だった。深山にひっそりと咲く性質から「春の妖精=スプリング・エフェメラル」ともいう。垂直に幹が佇む陽光桜と冠のような花びらを開ききるカタクリとの非対称さは、形の多様さを示す。『垂直と水平のポリフォニー』こそが、多摩丘陵が保持する生態学的なリズムであり、旅の終盤に相応しい厚みを与えていた。

(12)多摩市鶴牧西公園 3月23日(月)夕方 3月24日(火)午前。
詳細 多摩市公園探訪より
https://www.koentanbo.com/tama/tsurumakinishi/
詳細 枝垂れ桜より 多摩川夢の桜街道 25番 旧川井家の枝垂桜より
https://www.sakurakaido.jp/sakura/view/25
3月23日(月)多摩市鶴牧西公園では、斜面に等間隔で並ぶ玉縄桜越し、シダレザクラを眺める。近づいて観察したところ、決してスマートとはいえず、ごつごつとして張りがない。人の皺に例えるほど、年月の経過を示すかのように節だらけである。武骨な幹から、枝は重力に抗うことなく、静かにしならせる。花びらは一筋の糸のように垂れ下がった。樹高約17m、樹齢推定200年。2011年に川井家から多摩市に寄贈され、市の天然記念物に指定された。「滝のように流れる花」や「糸桜」とも表現されている。吹き降ろす一陣の風の音は、過去から現在(いま)への贈り物のように聞こえた。言葉ではなく、こうして息を吸うことで、太古から現在へ時がつながったような開放感に浸れる。

午後6時15分、陽がすっかり落ちると、園内にナトリウム灯が点灯する。青い薄明の下、水の広場のクリスタルオブジェが、凛とした趣を放っていた。角度を変えて、果樹の谷の脇に設けられた眺望スポットから小田急の高架沿いの町並みを臨む。JUKI株式会社本社ビルの真っ白な建物によって、視界の一部は塞がれている。疾走していたハイハットが、淡い残響に変わる瞬間、多摩の窓明かりが、16分音符の余韻のように優しく灯っていた。人は進学や就職を含め決断の先に、家族を設けマイホームを購入する。人生軌道に乗った人々が手にする生活のともし火だった。

ソメイヨシノの並木は、連日の温かさで、はじけるように蕾が膨らんだ。言葉を尽くすより先に、ひとつ息を吸い、もう一歩だけ大地を踏みしめた。春は、すでにここにいる。
あとがき ― 20kmの鼓動、構造としての春
本稿を書き終えた今、私の掌(てのひら)には、2026年3月15日に南足柄市内と秦野市内を駆け抜けた達成感は残っている。推定ランニング距離20kmにも及んだ。南足柄市では一つ小高い丘を越えたものの、ほぼ平らな川沿いの大地を駆け抜ける際、反発力によって、足が前に運ぶ。ZARDの『世界はきっと未来の中』が放つ、乾いたハイハットの16ビートを、全身で感じ取った。いわゆる風景と同期させるための「通過儀礼」である。心臓の鼓動が低音のベースラインと重なった。息が上がるたびに、春めき桜は、静止した絵画から動力を得たように感じる。それもそのはず、「品種」として見れば、市の各地に咲いていたのである。
隣の秦野市でも、蓑毛の山中でのミツマタから始まり、春めき桜や玉縄桜を含め、早咲きの桜と出会った。植物たちは、言葉を発することがなくても、気温の変化によって、必ず花を咲かせる。決して人を意識せず、繁殖のために花びらの奥に蜜を蓄え、昆虫や鳥類を呼び寄せた。自律した美学を鑑賞するわれわれに提示していた。長池公園で見上げた陽光桜の圧倒的な「垂直」の意志と、足元で冠を反り返らせるカタクリの「水平」の静謐。その非対称なポリフォニー(多声法)こそが、私が追い求めてきた表現の理想形である。
鶴牧西公園のシダレザクラが湛える、節だらけの幹の厚み。効率や洗練だけでは辿り着けない「歳月の重み」を肯定していた。日暮れ時、JUKI本社ビルの白壁がブルーモーメントに溶け込み、16ビートの余韻が住宅街の窓明かりへと収束していった。南足柄市と秦野市へのたびを経て、地元多摩地区での植物鑑賞は、季節のめぐりをより感じることになった。なぜなら時は待ってはくれないからである。「不確実な未来」を生きる人々に希望の灯を点してくれた。
1999年に放たれた坂井泉水氏の歌声は、2026年の春、丹沢の稜線と多摩の夜景を繋ぐ一条の光として、私の筆を走らせた。「光と色彩の同期構造」の記録が、日常をすごす人々のささやかな「道標(ナビゲーション)」となることを願ってやまない。
2026年3月吉日
過去の関連作品
2年前同期
2024年 春めき桜からソメイヨシノへ テーマ曲「season」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1987395407&owner_id=32437106&from=list_diary_title
2025年 桜の開花リレー テーマ曲「サヨナラは今もこの胸に居ます」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1989709565&owner_id=32437106&from=list_diary_title
前回
2026年冬 第1回から第4回 テーマ曲「Last Good Bye」
前編
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1991720860&owner_id=32437106&from=list_diary_title
後編
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1991733026&owner_id=32437106&from=list_diary_title
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