25年前の今日、臨月なのに日本の反対側のブラジルへ飛んだ
無謀だったけどあの時は情熱と勢いで家族の反対を押し切って・・・
結果行って本当に良かったと思う
人生の中で大きな大きな分岐点になった
とっても懐かしく感じてしまいゴソゴソと当時の日記やメモを出して読んだりして。
お世話になった場所や住んでたとこ、散歩した公園などをググったりして。
まことは無事に産まれてくれてすくすく成長。
(ブラジル名 AYRTON)お世話になった家で。
誠を連れてベビーカーでよく散歩したアクリマソン公園
地元の人には赤ちゃんを連れて外へ出たら危ないからと心配されたが、銃で撃たされそうになったのは1回だけ。
25年も前の事だから日記を読んでいろんな事があったなぁと感慨深くなりました。
長男誠も25歳を迎える
という事で今夜はブラジル料理
フェジョアーダに。
豆料理で見た目はちょっとと思うかもですけど美味しいんですよ〜。
ブラジルにいた期間は4ヶ月間ほど。
JUNSANはその間、仕事の関係もあって日本とブラジルを3往復もしてくれたが
一緒に過ごせない期間はJUNSANからの葉書や手紙、FAXが嬉しかった
歯の浮くような文面をみつけてしまった
JUNSANもきっと忘れてるに違いない
「嫁さん 最愛の妻にして 一生涯の戦友であり 一生の恋人
今、地球の反対側にいて1番思う事は小生は君を愛しており また 生涯離れる事のない
大事な大切な人だということ、本当にありがとう。」
キャー(≧∇≦)
嫁もこっぱずかしいわっ
でもこのメッセージを常に胸のど真ん中に置いといたら
JUNSANの脱ぎっぱなしや、やりっぱなし、テレビとスマホのダブル大音声など
もうちょい大目に見てあげられるかも(笑)
ブラジルに浸った日記でした
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