福井県知事選立候補者はどんな人?3人の経歴など紹介 25日投開票
久保智祥 本間沙織 小田健司2026年1月17日 8時00分 朝日新聞 配信より
https://www.asahi.com/articles/ASV1H332CV1HPJLB00TM.html
福井県知事選のポスター掲示場=2026年1月8日午後5時17分、福井市、平井良和撮影
前知事がセクハラで辞職した福井県知事選が25日に投開票されます。立候補した3人の歩んできた人生や、立候補に至った思いなどを紹介します。(届け出順)
山田賢一氏=2025年12月26日午後0時54分、福井県庁、久保智祥撮影
山田賢一氏(67)=無所属、自民支持
昨秋に越前市長として2期目をスタートしたばかりだった。前知事の突然の辞職を受け、県議会の自民会派からの立候補要請に応じた。「火中の栗」を拾ったのは「トップ不在の緊急事態を見て見ぬふりはできない」との使命感からだ。
人権派弁護士に憧れ、京大法学部で学んだが、司法試験を突破できず2年留年。「勉強したことをいかせる」と試験を受け県庁に入庁。副知事まで勤め上げた。
県庁では、若狭湾エネルギー研究センターの整備など原発が立地する地域の振興や、恐竜博物館の入館者を100万人に増やすプロジェクトなどに取り組んだ。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の運営会社など様々な企業と協力した経験から「官民は連携どころか融合。官と民、住民が知恵を出し合い地域課題を解決するのが大事」というのが持論だ。
北陸新幹線への思い入れも強い。小浜・京都ルートの決定にも関わり、県内開業に汗をかいた。市長として新駅の越前たけふ駅で一番列車をみたときには「感慨深かった」。
論語の「信なくば立たず」が座右の銘。相手とのコミュニケーションから生まれる信頼関係や信用を大事にし、「敵は作らない」。50代で始めたロードバイクは、けがをして公務に支障が出てはいけないと封印し、近頃は読書が専ら。仕事で壁にぶつかると、中国古典などをひもとき「勇気が出る言葉を自分に言い聞かせて寝る」。
年齢を重ね、「流されるのではないけど、求められたことに応じていくのが人生。そこに生きがいや喜びが必ずある」と話す。
金元幸枝氏=2025年12月8日午後1時22分、福井県庁、本間沙織撮影
金元幸枝氏(67)=共産
4度目の知事選への挑戦を決めたのは、前知事のセクシュアルハラスメント問題が理由だ。「セクハラは人権や尊厳を強く傷つける。真正面から取り組む機会にしたい」と強い思いを抱いている。
共産党との出会いは、福井大学教育学部に在学中。戦前から戦争反対を貫いた歴史ある本物の政党、本物の人間の集まりだと感じた。
知事選への出馬を決めたころ、「趣味の時間がなくなる」と映画館に駆け込んだ。太平洋戦争末期のペリリュー島での日本軍を描いたアニメをみて、戦争反対への思いを強くした。
卒業後は党機関紙「赤旗」の記者になり、1990年に初めて衆院選に立候補。当初から消費税反対を唱えてきた。原発から再生可能エネルギーへの転換や北陸新幹線の延伸の凍結も訴える。
これまで衆院選と知事選で合わせて16回立候補したのは「安心して暮らしていける社会であってほしい」という思いからだ。座右の銘は「千里の道も一歩から」。
気分転換は、健康維持も兼ねた愛犬ラブラドルレトリバー「仁(じん)」の散歩だ。「やんちゃな盛り。強い力で引っ張られるので、結構ハード」と笑う。
選挙には毎回、支援者にカンパしてもらったお金で買った赤い服を着て臨んでいる。「普段は着ない色だけど、身につけると『戦闘モード』になれる。赤色は雪にも映えるから」
昨秋、実家に実った柿で初めて干し柿を作った。県内を朝から晩まで駆け回る毎日。自家製の干し柿をカバンにしのばせ、演説の合間に栄養補給すると、ほっと一息つける。
石田嵩人氏=2025年12月25日午前11時35分、福井県庁、小田健司撮影
石田嵩人氏(35)=無所属
昨年末、自民党福井県連会長の山崎正昭参議院議員や、一部の保守系の福井市議らの支援を受けて、立候補を表明した。今回、初めて選挙に臨んだ理由は「福井にいつか恩返ししたい」という気持ちがあったからだ。
関西外国語大を卒業し、外務省職員に。海外では米国やアフリカのザンビア、豪州・メルボルンの大使館や領事館に勤めた。
海外に目を向けるきっかけになったのは、小学校6年生のとき。医師である父の留学で1年間、英国で過ごした。
「グローバルに活躍して、人を助ける仕事をしたい」。福井で豊かな自然や食に囲まれて育った一方で、海外では貧困や病気に苦しむ人たちをたくさん見てきた。
そうして国家公務員として働く中でも、福井への思いが常に頭の中にあった。
いつも思い出していたのは、子どものころに見ていた自宅そばの田んぼや山の風景。「恩返し」の気持ちはその頃から持っていたという。
子どものころは、「運動ばかりしていた」。小学生で剣道を始めて武士道精神を知り、クラブチームではサッカーにも取り組んだ。東京や海外で働いていたときも、外国の大使館の職員たちと週末はサッカーを楽しんだ。大人になるにつれて、チームプレーの大切さを学んだ。
座右の銘は、宮本武蔵の言葉で「我事において後悔せず」。父から贈られた言葉でもある。自分がしてきた選択を後悔しないという前向きな意味が込められている。
今回の選挙も「人生の最期の時に振り返って、後悔しない選択になるはず」。
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