豊臣秀吉の兄弟を名乗った若者――知られざる“自称血縁者”の末路
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/0a27bf895e10af742a996a0ab8b059c2bc3664ba
大門先生のヤフーの歴史コラム。フロイス「だけ」が記録していた「秀吉の関白就任後に自称・異父弟が現れたけれど、偽物として処刑された」みたいなエピソードを紹介する内容。
事件が起きたとされるのが1587年。異父弟の具体的な年齢は書かれていないけれど、当時的には若者は15〜20歳くらいを指すので、生まれたのは1567年くらいと想定すると、大政所が50代で産んだ子になってしまう。当時は30代でも高齢出産扱いされていたわけで、さすがに50代で出産はありえないだろうと。
このエピソードには「異父弟騒動の数カ月後に それまで特に名乗り出たりしてもいなかった異父妹を、わざわざ探し出してきた上で処刑した」という続きがあって、フロイスは「秀吉は血も涙もないろくでなし」みたいに結んでいる。
1587年は九州征伐完了→伴天連追放令。畿内から追放されたフロイスが、追放された怒りに任せて、どこから伝わったかもわからないような噂話を書き連ねて、秀吉をディスってるみたいな構図。異父弟妹の噂が立て続けに流れたのは、どこの誰の子かも分からない人物が関白に就任したことへの世間の反発みたいなものが背景にあるのだろう。
しかし、父親不詳の人物を「神の子」として信仰しているフロイスが、秀吉の生まれ育ちの悪い噂を書き連ねてうっぷん晴らしている というのには苦笑。そういえばフロイスの信仰する「あの人」も、太陽神であるミトラの誕生日を簒奪しているのだから「日輪の子」と呼べなくないんだよなと。
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