今日は久し振りの野外イベント「ぶらっと五個荘まちあるき」に参戦する。
メインイベントで江戸後期から大正時代の衣裳に身を包んだ「近江商人時代絵巻行列」と言うものがあるが、衣装持込自由との事で参加申込をし、当選したのである。
臨都閣下も、貸し衣装の明治警察で当選していたのがだ残念ながら仕事になってしまい、ぼっち参加ではある。
しかし、初めて大っぴらに明治陸軍肋骨服を着ての野外イベント。
楽しみで仕方が無い。
不安なのは天気である。
6時20分過ぎ、汁パレスを出る。
予算欠乏の折、京都駅までは徒歩で移動する。
7時前に京都駅着。
ホームで列車を待つ。
程なくして7時16分発米原行きが到着。
割と込んでいた。
五個荘の最寄りは能登川である。
能登川のホームで撮り鉄した事はあるが、下車したのは今回が初めてである。
8時15分発の近江鉄道湖北バス八日市駅行きに乗車。
10分で、ぷらざ三方よしバス停に到着。
受付を済ませ、閣下のキャンセル手続きもした。
更衣室は2階。
入ると、貸し出し衣装がずらりと並んでいた。
臨都閣下の明治警察の制服一式も置いてあった。
着替え終えて、外に出る。
まだ9時前で時間がある。
五個荘観光センターも、まだ準備中だった。
ぷらざ三方よし周辺を彷徨いていたら、撮影をお願いされた。
人力車を前に記念撮影。
そして、カメラ片手に五個荘を散策。
五個荘金堂町は、日野や八日市などと並び江戸末期から昭和初期にかけて活躍した近江商人の発祥の地。
水田風景のなかに商人屋敷と社寺が甍を並べる町並みが重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
弘誓寺門前にちんどん屋がいた。
そしてこの後、門前でおっさん爺さんカメコに散々撮影された。
屋敷や寺の周りに川が流れ、何となく母方の実家である米原の上多良を思い出す。
何枚か一眼でも撮って貰った。
そして、「ぶらっと五個荘まちあるき」メイン会場へ。
和太鼓の演奏をやっていた。
会場は安福寺の境内で、奥に本堂が鎮座している。
堂内で地獄・極楽絵図を展示していたが、幼少の時分に上多良の眞廣寺で見た地獄絵図の方が恐ろしかった。
そして、近江商人屋敷を巡る。
先ずは五個荘近江商人屋敷 中江準五郎邸。
戦前に朝鮮半島・中国大陸を中心に20数店の百貨店を経営した「百貨店王」三中井一族の五男である中江準五郎の本宅である。
団体客が来て騒がしかったので早々に退散した。
中江準五郎邸からNIPPONIA五個荘 近江商人の町 外村宇兵衛邸への路地で自撮り。
そして、一眼でも撮ってみた。
うろうろしながらメイン会場に戻り小休止。
10時20分、東近江市の歴代レインボー大使の紹介。
東近江市は、八日市市、神崎郡永源寺町・五個荘町、愛知郡愛東町・湖東町が合併して発足し、今年で東近江市市制20周年であると言う。
大和郡山藩陣屋敷跡なる看板が見えたので行ってみた。
陣屋跡は稲荷神社になっていた。
近江商人屋敷の路地をちんどん屋がやって来る。
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ちんどん屋など久し振りに見た。
10時40分、「近江商人時代絵巻行列」なので弘誓寺へ行く。
五個荘の集落の中央に位置する真宗大谷派寺院で、那須与一の孫愚咄坊が開基したと伝わる。
滋賀県下で2番目に大きい本堂は国の重要文化財。
表門は市指定文化財である。
悔しいが、上多良の眞廣寺に勝っている。
行列に参加する人が集まり、集合写真を撮る。
そして、門前に番号順に並ぶ。
11時から行列が出発する筈が、時間が押している。
11時を10分程過ぎて、待機していたらふいに声を掛けられた。
誰かと思って見たらウチの親だった。
前から五個荘は一度行ってみたいと言っていたが、まさか今日この日に被るとは。
15分程遅れて行列が出発。
弘誓寺を南に下がり、五個荘金堂町を廻る。
そして30分程歩き、大城神社に到着した。
五個荘金堂集落の南東部に位置する郷社。
明治3年以前は大宮神社、天満宮と称し菅原道真を祀る。
観音寺城の鬼門にあたり、近江佐々木氏の守護社でもあった。
東近江市謹製の水を頂く。
折角なので自撮り。
そしてセルフで撮影をする。
大城神社を出たら、親がいた。
なのでカメコをして貰う。
小杉家住宅前。
ここで、地元ケーブルテレビのインタビューを受けた。
イベントは実に良かったし、五個荘の町並みも素晴らしかった。
しかし、インタビューでは答えなかったが、明治警察の方々が揃いも揃って上着の上から剣帯を巻いているのが大変気になった。
海外ではいざ知らず、日本では剣帯は陸軍も海軍も警察も、鉄道員も皆ズボンの上に巻き上着の下に隠すものである。
気になって気になって仕方が無かった。
インタビューの後、外村家住宅でも撮影。
外村家の西向かいの弘誓寺山門でも撮影。
その後、ぷらざ三方よしに戻る。
うさうさがいた。
布引焼のフクロウたち。
ぷらざ三方よしにはお土産らしいお土産が無かったので、道を挟んで反対の五個荘観光センターへ行ってみた。
うさうさ酒。
色々と見て周り、増本藤兵衛酒造場「薄桜」と美冨久酒造「近江の甘酒みずかがみ」をチョイス。
「近江の甘酒みずかがみ」は「薄桜」よりも高かった。
純米酒より高い甘酒とは如何なるものか。
期待が高まる。
他にも、天秤棒かりんとうを購入した。
買物の後、再び五個荘巡り。
五個荘近江商人屋敷 外村繁邸へ行ってみた。
外村宇兵衛家の分家として江戸時代末期に建てられた屋敷にして、湖国が生んだ作家外村繁の生家でもある。
普段は有料だが、今日は無料で入る事が出来た。
商家ではあるが、入ると庄屋屋敷の様におくどさんが並んでいる。
しかも、赤煉瓦のおくどさん。
耐火煉瓦のおくどさんと、実にハイカラである。
今まで色々な商家や農家を見て来たが赤煉瓦や耐火煉瓦のおくどさんなど初めてみた。
おくどさんの隣には井戸。
向かいには五右衛門風呂もあった。
私が幼少の時分、母方実家の上多良の庄屋屋敷も五右衛門風呂だった。
中庭に出てみる。
カメコをお願いした。
そして、親が休んでいる合間に外村繁邸に上がり散策。
庭園がまた素晴らしい。
部屋から眺める中庭も良い。
突き当りは蔵で、外村繁文学館として様々な資料を展示している。
蔵の2階と言うのも、小田原の外郎家の蔵の2階以来だ。
そして邸宅の2階へ。
中庭をバックに自撮り。
茶室でセルフ撮影。
外村繁邸を出て弘誓寺へ。
13時半から2回目の行列。
今度は弘誓寺から北に上がる。
微妙に逆順である。
https://www.instagram.com/reel/DQOyUkuD9FS/?igsh=NmxycGswcG90dGxt
14時過ぎ、大城神社に到着。
近江商人合わせを撮影。
私も、鹿鳴館風のドレスの方々と合わせをお願いされたが、私のスマホでは撮影して無かった。
ぷらざ三方よしに戻る道すがらメイン会場に戻ってみたが、既に出店のテントも仕舞い掛けていた。
その中で、「その衣装は何?」と聞かれて、ポン菓子を勧められた。
流石は近江商人の里、商売が旨い。
ぷらざ三方よしで着替え荷物を纏める。
表に出たら親が待っていた。
道を渡りバス停に着いたら14時36分。
次の能登川行きのバスは14時38分だった。
出来過ぎのタイミングだったが、バスは2分遅れでやって来た。
10分で能登川に到着。
15時3分発の新快速姫路行きに乗車。
先頭乗車したが、割と混んでいた。
京都で普通に乗り換える。
西大路を出たら8865レ、EF66形100番台直流電気機関車が、無動力のEF64形直流電気機関車を牽引しているのが見えた。
桂停車中に追い抜いて行く。
雨が降って来た。
向日町にはDD51形液体式ディーゼル機関車が2輛停まっていた。
山崎で下車。
既に土砂降りになっていたから、タクシーで実家へ。
17時から実家飲み。
噂の「近江の甘酒みずかがみ」も呑んでみた。
実に味が濃い。
これは原酒ではないのかと思う位に甘く濃い。
焼酎で割れば最高のカクテルになる。
19時、雨はいよいよ土砂降りに。
なのでタクシーで大山崎駅へ。
19時11分発の準急京都河原町行きを待っていたが、土砂降りの影響か4分の遅れ。
烏丸に着いて表に出たら小雨だったのだが、一歩表に出たら土砂降りになった。
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