2025年9月20日(土)日本時間AM5:08 北海道紋別市
HImaP&Σ わたなべまなぶ
光輝けばそこに悪意ある陰潜む。
そうテレビのセリフであったはずだ。
誰かが栄光や何かを掴もうとすると必ず誰かの悪意や邪魔が入るということ。
そして、強さや権力者や支配層が必ずしも我々が理想と描く正義ではないこと。
権力や強さと支配というのは傲慢の象徴でもある。
だから権力や支配とは、そのもの達の悪事や悪意ある行為もその者には正当な行為になること。
そもそも捕まらない犯罪のほとんどがそういう権威である。未知の領域を知ってわかったこと。
万人がその権利がないのはそういうこと。
記憶を覗ける人達が善人である保証はない。我々やわたなべまなぶにはそのことについては計り知れないことだからだ。
わたなべまなぶに起きる悪事ってのはわたなべまなぶだけに限っての話ではない。だが、わたなべまなぶ以外になるとどこからどこまでがわたなべまなぶに関連する人間として害が及ばないようにしたらいいのか?そこも、わたなべまなぶ本人以外でいうと領域展開は難しい。
だが、大事だと思う人に被害があると苛立ちがある。
我々は実にわがままな人間だ。知り合いや親しい人に被害があると、被害を与えた人達と関連者は悪人になって敵対したくなる。
我々の常識的、刑法の法律に触れるルールの犯罪の基準値はある。
だが、それらを越えた人達のそれはじゃーどうする?
映画で正義側の特殊エージェントが悪人側の特殊エージェントと戦い世の中を巻き込んで、一般人にはどっちも犯罪者扱いの人達がいる。
そう我々にはどっちが正義か悪人かではない。どっちも犯罪者だ。我々にとってはどっちも悪だ。
全容がわからなければそうなる。だが、小悪党はそれらをまた利用して正義面したそういう正義の人間だと犯罪を侵してなお正当化する人間も出てくる。
だから我々にとっては悪人は悪人でしかない。
全容が見えないとしても事実は残って被害がある時点でそれが害だ。被害だ。
よって区別なく犯罪者でしかない。
未知の領域で権威を持って傲慢にして被害を与えてくる。
強さがあり、金や圧力を強いる策略はいくらでも出来て、そのためさらにそれを理由に性的な圧力や生活の圧力と弱い人間にどんどん圧力をかけていく。
それが強さだとしたら、混沌だな。
勢力拡大を目論むための悪事や邪道。
金や性的行為の犯罪ってのは極悪非道の支配者だからこそ、弱い人間を虐げれる強さになる。
だからこそ刑法とか犯罪の基準値が我々には設けられているのに。
それに裁かれない人達の悪事横行をどうやって我々に止めろと言うのか?
弱い人間にはもう負ける圧力に耐えるしか道がないじゃない。
でも、それが現実の末路なのだろうか?
どうしたらよりよいバランスが取れるのか?
全容がわからないと判断もままならない。
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