2025年5月6日(火)日本時間AM11:31 北海道紋別市。
何度も何度も聞き飽きたわってなるぐらい。
これが渡部学節というか。これぞ渡部学の開口一番の話。
でも、今度は違う話。真面目な話。
世の中ってのは綺麗事言っても、悪いことしてても、権力あり、組織力がある人達に我々弱い立場が抑圧されたり、虐(しいた)げられることに関して防げないし、屈することは多い。
渡部学がキラキラした夢物語のように世界の最高の権力が味方する。なんてほざいたところで、弱い一般人なら、運命を動かすほどの人達には敵わないし、悪意ある策略や悪事にはもう抑止する方法がない。
渡部学の周りにも渡部学が気づく、気付けないはたくさんあれど、防げない人達の思惑や策略は色々あり、見えない、わからないからということで、悪事を行ったりされてるかもね。
叔父が大怪我したのもまたそういう未知の領域の何かか?もしくは裏社会の中でも反社会的勢力か?
こちら側の正義があっても、あちら側の正義でこちら側が負けて犠牲を背負うこともある。
どちらが悪いわけじゃなくても。
そういうことを組み合わせて上手く不幸を組み立てしまえる人事操作を作れる人達が黒幕だったりすると勝てないよね。
弱くても失っちゃいけない正しき心。だけど、あまりに辛いことや酷い仕打ちをされると、人の心は歪み、憎しみとか恨みに心が食われる。
大事な親族や家族で近しい人達が犠牲になればなるほど。
自分の不幸や犠牲もね。悪事や悪い思惑や悪質な悪戯程度の悪意ない気持ちでする、相手には酷い仕打ちになることなど。わかったら恨みや憎しみになる。
でも、最近思う。勝てない相手には勝てないけど。
決して恨みや憎しみを抱かないとは言わないけど。
抱いたからとて、勝てない状況は変わらないし、変わらないことに憎しみや恨みを持って生きても自分にとって何も利得がないこと。
だからといって、自分や大切な人の被害を何も思わずに幸せに生きようって無関心でもないけど。
恨みや憎しみをそういう部分では秘めてるけど。それに思考が奪われた人生が逆に悪事する人達の楽しむことであるように感じてね。反骨心理が芽生える。
そう思わなくても形勢逆転とはいかないけど。
幸せで生きる努力する。心理的に幸せで楽しく生きる努力する。
恨みや憎しみで復讐を目指してなんになる?復讐して、また復讐される心理をお互いにまた繰り返す?
終わらせたい。関わりたくない。出来るなら不幸や犠牲を与えてくる人達との縁を切りたい。
でも、関わるしかないのなら、出来る限り、もうその人達のことは考えたくない。恨みや憎しみさえ浮かべる心理や意識すら相手を喜ばせるとしたら、そんなことを与えることがもったいない。そう思えるから、幸せに生きようとする。
家族や親族や自分が犠牲や不幸になることを気にしないというわけじゃないよ。
だが、勝てない状況でも恨みや憎しみ浮かべて怨念を持ってても形勢逆転なんてのはないんだから。
正義の味方が助けてくれるなんてのは奇跡であっても、常に自分達はそれに期待しないこと。
そう思うんだよね。
悪い人達のことやることは弱くて立場が低い俺たちは勝てない。その人達の思考や感情や考え方を変えるなんてことも無理だろう。
無理なことを望んでも仕方ない。だけど、その人達のことを恨みや憎しみ浮かべて怨念で生きる今を作るのがもったいない。でも、やっぱり親族や家族や自分が犠牲になると、恨みや憎しみに感情が引っ張られるけどさ。
そういう人達はそれが喜びであり、楽しみであり、仕事であれば、変えることのない我々とは敵対する立場だ。
変わることはない。
だが、勝てない状況や立場も変わることはないのなら。
我々に出来ることはなんだ?絶望を感じて生きる?それが相手の喜びなら。そんな喜びを与えるものかって反骨心理でさ。幸せに生きようと努力してやるさ。
立場が弱くても出来る限りね。
幸せも感じることも出来ない状況になったら、今度は早く死んでそいつらから何もされない無に帰したいと願うだけ。
そういうことを思うことがある。
ちょっと暗い話だけど。そう思うんだ。
HImaP&Σ 渡部学
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