まだ親父は元気で生きてるが。
定年退職したあたりであと何年生きられるか、みたいなことを気にしていた。
私も似たような年齢になり。
自分が亡くなった後のことを考えたのだが。
結論は「知らん」だった。
私は好きに生きた。
残った家族は残った人たちで好きにすれば良いと思う。
もしかしたら葬式で悲しむ人がいるかもしれないが。
悲しまれる筋合いはない。
1人の不器用な人間が好きに生きて好きに死んだ。
それだけのこと。
私の死を悲しむのは。
私の人生に対する侮辱なのだ。
そんなことより。
ドジャースの監督が同い年って知ってなんかもうどうなんそれという衝撃が大きいんじゃが。
ログインしてコメントを確認・投稿する