2025年3月4日(火)日本時間AM8:30 北海道紋別市
色んな思惑があるのだろうけど。
やっと、渡部学も本当にやっと、未知の領域を認知して、それが日常茶飯事の人間になり。
地元に居ながら隠居生活になっている。
地元に居るから結局限界があるはず。行くところ、飲食店などや販売店では渡部学が生きてるから仕方ない。
どういう操りがあっても不備がでることはあるとしても。
人間関係も状況も今の渡部学の安全と安定と幸せを守る上で仕方ないことは納得してきたら。
それが守るつもりではなかったりでされてる嫌なこと。渡部学も守られてるのにも関わらず、わからず生きてるがゆえに起こす行動もある。
交遊関係もかなり制限された。それがずっと不服だった。地元に居るのになぜそんな交遊関係を制限されるんだと憤慨でした。
だけど、未知の領域を認識して変わった渡部学がもう変わったようにしか生きられないように。
また人間関係も繋がりも変わってゆく時なのだとわかった。
ただし、地元に生きてそこに居るので限界があるから。そこは渡部学の問題ではないのかも。
地元高校の同級生と遊ぶことが唯一の楽しみではない。他にも幸せで楽しめることは一人でもある。
変わるってのはそういうことなのかもしれないね。
未知の領域を知ってて、なお、地元高校の同級生の無認知の人間と普通にそういうものを伏せて生きられる自信はあっても、それをよしとしない動きや思惑がある。
渡部学では阻止や防げないことを考えると全てはやっぱり必然にして最善のことを総合して決まってるのかもね。
あまり深くは悩むことはない。悩んでも仕方ないことはしない。
だが、不快や不都合を黙って我慢することもしない。
しっかり不快や不都合なことは嫌だと言える自分自身はもうある。
悩まないと、何もかも我慢して言わないとは別物だから。
自分自身に都合のよい解釈をいつでも作り、自分自身の快適を自分で作るために自己を肯定し、自分が一番正しいと一番に自分を愛する。自分自身を愛せなかったら人生は楽しくない。幸せってのは自分を愛してる証拠だ。
HImaP&Σ 渡部学
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