せいじ、漢字で書くと摂関政治。(`・ω・´)
摂関政治とは平安時代に、藤原氏の主に北家が採った政治形態。
天皇に娘を嫁がせ、生まれた男児を天皇にし、その外戚となり、摂政や関白に就任し、政治の実権を握るってやつね。
これ、一見盤石に見えるけど、実は穴があるのだ。(゚Д゚)
それは嫁いだ娘に男児が生まれない場合。
また、生まれたとしても、幼少で死亡したりしたら、外戚になれんちう事。
実に脆い。
それと、この政治スタイルは中央では権力を振るえるが、地方が手薄となってしまう。
これが武士の台頭を促した。
結局、摂関政治は後に武士の武力に屈し、鎌倉時代時代からは、政治権力は武士に奪われてしまった。
摂関政治の全盛を築いた藤原道長の詠んだ詩、この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも 無しと思へば。
道長さん、満ちた月は後は欠けてゆくのだよ。(゚Д゚)
珍しい内容の記事でした。(〇^ω^〇)
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