大分、前に届いていたのですが、事件が続いて後まわしになりました!!
2025年2月10日の日記「二重投函」




https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1989377386&owner_id=10766760
一つはサントリーの「ロコモア」で
もう一つはAMAZONで購入した「古代に真実を求めて
古田史学論集第二十七集 倭国から日本国へ」です

尊敬する歴史学者・古田武彦氏が提唱する「多元史観」ですが、
百万遍の嘘で「皇国史観」に洗脳された人々は
容易にこの事実を受け入れようとしません

そうした勢力に負けずこちらも何遍も訴えます

2024年7月26日の日記「多元史観」




https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1988069588&owner_id=10766760
1971年に「邪馬台国はなかった」で鮮烈デビューを果たし
73年の第2書「失われた九州王朝ー天皇家以前の古代史」を上梓し、
「多元史観」を打ち出してから50年を過ぎて
古田史学の会が「第27集・倭国から日本国へ」を出しました

その序文によると「歴代中国史書に見える、卑弥呼・壹輿・倭の五王・
多利思北孤などの倭国の王の名は「日本書紀」には一切記されず、
逆に書記が喧伝する「厩戸皇子」は勿論、歴代の天皇の名も
中国史書には一切現れず、この謎を解くには「我が国の代表者は
ヤマト政権しかないという『一元史観』では容易ではない」とあります

「旧唐書」(クトウジョ)には「倭国伝」と「日本国伝」があり、
はっきりと「日本国は倭国の別種なり。その国、
日の辺にあるが故に日本を以て名と為す」と明確に書いてあります

青森の「三内丸山遺跡」の発掘や関東の埼玉古墳群などを考えると
日本各地に王族がいて最終的に近畿王朝が優位になったと考えるのが
論理的な結論だと思うのですがどうでしょうか

倭国の滅亡に朝鮮に出兵した倭国軍の天然痘伝染が大きいとか、
各地の古文書に表れる「九州年号」の存在とか、
個別の具体的な事実が真実性を証明しています

「稲荷山古墳出土鉄剣」を直ぐ目の前の王朝を差し置いて
全てヤマト朝廷に繋がる形で解釈するって笑止千万です

ミクシィのコミュニティには「九州王朝」って言うのがありますが、
参加者はたった15人という寂しさです

でも、真実は百万遍でも言わないとね

皆さん

イイネ

お願いしま〜〜す


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