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2025年02月04日21:11

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【国東が呼ぶ】鍋山磨崖仏

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鍋山磨崖仏には駐車場はない。
路上駐車したが、さして罪悪感もない。県道は十分に広かった。

磨崖仏までは80段ほど乱積みの石段を登った。
ほどよい距離である──この場合は俗世からどれくらい離れられるかということだ。

「なんのために彫ったと思う?」

またも鏡子さんは、仏にではなく、僕に問いかける。

「供養のためでしょう」
間違っていないはずだ。

「私は、煩悩を滅するためだと思う。自分の煩悩をね」

自分の?

「これを彫っている間は、煩悩とか欲とかを忘れられたはずで、完成してからは、心を洗うためにここに来てたんじゃないかな」

どこの誰の話だろう?
まあ、一般論でいいか。

邪念では鑿(のみ)を持てないのか?
仏の前でなら心の清澄を保てるか?

僕には、わからない。
今のところ、わからない。

「たとえば、石段を登っている私の脚を、ヨコシマな眼で見ているようじゃ、まだまだよ」

あ、気づいてましたか。
はい、僕は煩悩まみれですよ。

いけませんか?

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