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車は動かさなかった。歩いて行った。
鏡子さんの言うとおり、百体社はすぐ近くだった。
百体──どういう意味だろう。
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魏志倭人伝が伝える卑弥呼の最期──径百歩の墓。百人の殉死。
宇佐神宮の亀山から石棺が出てきたという信頼のおける目撃談もある。
規模も径百歩と矛盾しないという。
そして、百人を祀ったかのような名前の神社──。
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境内は明るく、清浄だった。
鎮魂の場ではない。
僕はそう直感した。
斧立神社と同じように、参集所があった。
そこではコミュニティの活気を感じた。それほどに明るい気で満ちていた。
悲痛なイメージを持つのは、外部の人間だけかもしれない。
ここは地元民の尊敬を集める、ありがたい神社なのだ。
宇佐神宮より古いとさえ言われるらしいが、どうでもいい話だ。
今、僕は鏡子さんと神社デートしている。
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