HImaP&Σ 取締役代表 渡部学(ワタナベマナブ)。
2024年10月29日(火)日本時間、PM1:15、北海道紋別市。
やっぱり、語ってもわからない人に、人達に延々と語っても仕方ないのだが。
渡部学って自分自身を一応は悪質ではないと思ってるんだけど。
善良な諦めの悪さだと思ってる。
伝えることの大事さ。でも、言えばさ。渡部学がこうなったのは心友や恩師や最愛の人達が教えてくれた影響だ。
その総合的最終的な集大成が今の俺です。
人間そのものを愛し慈しむ。
人ってのはなぜに親しくなり親密になれば自分自身の独占欲や所有欲、支配欲に変わってしまうんだろう?
恋愛にしても、友情にしてもさ。相手は物じゃない。相手は同じ人間であり、相手の自由だ。
自由だが、しかし世界的共通の禁止事項もある。
心の繋がりを重視したいよね。男女の恋愛もさ。
身体の繋がりは深く関わってこそやっぱり愛はある。
だけど、本当は身体の繋がりより心理的な親密度だと思うんだ。
でも、それを言うと、悪質な悪癖ある人は他人の親密な人を奪って凌辱したり、性的に強制的に、財力的に圧力的に、一時的気の迷いを狙って、悪質な行為を成立させてくる。
だからこそ、守る上で自分自身の大事な人を囲うってだけの話。
もし、そんな悪質な悪癖の人間が蔓延ることがなかったら、囲う必要もないし、自由に解放して自由にさせるのが一番いい。その人間の思う通りに。
悪質な悪癖だけは自由でいいとは言えない。それが悪質な悪癖の性質と行為により、世界共通のルールで害となる意識のものなら、やっぱりそれは許されざることだ。
別に俺は敵対をむやみにして対立し、ぶつかり合いたいわけじゃない。
ぶつかりあって争い心理的に肉体的に疲弊し被害になって、お互いするなんてのは人間の人生として一番、不幸な結末になる。
だけど、だめなものはだめと言えなければ、守る人や仲間すら出来ない。
同じ意識、賛同する人達がいるはずだから、ここにこうやって公言してるんだ。
仲間が居なければ対抗出来ない脅威もある。
脅威は時として全く抑止が出来ない脅威もある。
だが、ぶつかり合いが嫌いだし嫌だから逃げるが勝ちの時の時があって、ただ関わらない努力だけで事が収まる時と。
負けても仕方ないけど、どうなっても引けない状況や内容もある。そのときは絶対的に譲ることは出来ない意思があるんだ。
それが確固たる自分自身の性格なんだろう。
性格の合う、合わないってのは凄く生きる上で重要なんだよ。
人生って性格が合う人間としか幸せに生きれないようになってる。
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