HImaP&Σ 渡部学(ワタナベマナブ)。
2024年10月19日(土)、日本時間、北海道紋別市。
昔、仕事の同僚であり、友人に貧乏メシをご馳走した。
スクランブルエッグにマヨネーズと醤油でスクランブルエッグに和えて、それだけをおかずに炊き立てのご飯で食う。
そんな飯は俺には普通だったから(笑)
でも、最近になってわかったんだ。その友人も札幌で合ってた友人や、言えば地元に帰郷した今もだけど。
識別とか認識が出来ないから知らなかったけど。めちゃくちゃ有名人で俺とは天地の差の身分なのにさ。
そんなの知らないから、一緒に美味しいって食べてくれたんだよね。(笑)
今考えると、恥ずかしい。そんな友人にそんな飯を食わした俺がさ。
だからといってあの当時はそれが限界だったんだけどさ。
素晴らしいかな、その友人はさ。美味しいって笑って食ってくれた。
今、思えば、身分も違う、そんなお粗末な飯は多分そうあることではなかったはず。
同じ人間だし、食事内容になると質素な簡素な食事はあるだろうとしても。
ちょっとねーその有名人。みんなが知ったら、その相手に対して、何食わしてんだ。ってファンから怒られそうだ。
一人暮らしで彼女と別れてしまったって思い込んでた頃の少し経過してた頃だし。
でもなーその彼女もそう。身分がみんな、まなぷーが会った人達がさ。
格差を知らず、全く知らないからこそだったけど。
識別が出来ないからこそだったけど。
よく、考えてみたら、外に出歩いた時は、その他の周りの人を観ることしてなかったけど。
よくよく考えると、周りの人が目の色が違ってた。俺がヒーローみたく目立ってる気分だったけどさ。
そうか、周りは気付いてたからこそ、周りの凄さにみんな周りの人達はそういう雰囲気で観てたんだな。
オーラというか、目立ってるというか、空気がそこだけ空間が区切られてるように、周りの視線と雰囲気をどこか周りと違うことを感じてたけど。
今さら気付いてしまった。当時はそれが当たり前だったからさ。
何も違和感もなかったし、それが当たり前だったからさ。
特別感なく当たり前だった。
有名人や芸能人と居るんだって認識してなかったし。
だからだよなー周りと浮いてるってか、そういう視線があったけど、薄々そんな気配を察知してたけど。
意味がわかってなかった。お互いに一般人と感覚でしか応対してなかったし、関わるのに、そう壁も感じてなかったし、オーラも気付いてなかったし、普通に周りにいる同僚や友人という感覚しかなかった。
まじで今さらだけどおそれ多いことこの上なし。
知らぬが仏とはこのこと。
自分自身の環境や人生の恵まれた恩恵を全く当たり前のものとしてしか思ってたなかった。感謝もしてたけど。
今よりなんとなく日常感を感じてた。
無知、無認知、無自覚、識別不可能がゆえに。
立場が全く違う格差ある上流階級の人達と関わり過ぎて、普通の普通が普通とは思えなく底辺のことだと感じて勘違いしたんだな。
今ならこの暮らしも人生の全てもその恩恵あるなかで、温室育ちなのがわかる。
それに気付けなかったんだ。
普通に凄いことが普通になりすぎてたからさ。
今だからいうけど、今もそうだけど。俺って運が良すぎる人間だよな。
表面的には一般人なんだけど。関わりも芸能人とない人生ではあると表面的にそうなってるけど。
見えてなかったことが見えると本当に凄い恩恵に感謝だなー。
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