祖父の川崎大気汚染公害裁判を戦って後年、母は、
「お金なんか求めてない、私はただ『国』に謝って貰いたかっただけよ」
と言った。
馬鹿な話しだ。
母の、祖父との思い出は筆舌に尽くしがたいものが有るだろう。
私が母と共有している記憶はそれなりに数多い。
ただ目前に横たわる事実は
『国に大企業により祖父が壊された』
とした現実であり、裁判はその真実を証明するだけの過程だった。
裁判の結果として、国からの謝罪が有っても無くても、
『医療費助成制度』
が新たに創設された。
それでも、母にも私にも、讒言達は付いて回る。
この先の未来将来の、命の続く限り、讒言達は付いて回る。
祖父の血縁者の1人残らず全員に満遍なく、讒言達は付いて回る。
讒言達は私の後ろを付いて回る、讒言達は私の行く先の何処にでも待ち構えている。
家庭に、職場に、学校に、道の端に、横断歩道で、歩道橋で、駅のホームで、トイレの中に、図書館に、映画館に、スーパーマーケットに、駅ビルに。
そうして、私は讒言達の手先にまで落ちぶれた馬鹿者に対し、深々と頭を下げて衆人環視のランチタイムの鰻屋で
「産まれて来て済みませんでした」
と、謝罪してやってやったのだ。
あなたは国に、『何』を求めますか?。
■岸田首相、退陣直前に「政治決断」=救済策、被爆体験者は反発―被爆体験者訴訟
(時事通信社 - 09月22日 07:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=8029042
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