長野県須坂市。
県北部、長野市の北に位置する都市で人口は五万人ぐらい。
春日部で育ち、太田の大学に通い、就職後に転勤してきた俺にとっては第三の故郷…といえるかもしれん。
とは言え、休みの度にほぼ春日部に戻っていたので、正直、そこまでディープに過ごしていた訳では無い、が。
ネットで情報集めてどんな街か語っても…
【俺の須坂像】
ではないよなあ。
俺にとっての須坂はどんな街だろう。
印象深いのは「坂と雪」か。
始めに新幹線で行ったあと、次の休みにやはり新幹線使って春日部に戻った。彼女に会うのと、車を取りに。
スパシオを回収してからは長野で電車には乗っていないと思うので、ほぼ車で移動していたイメージだな。
それまでの数日は店の自転車で通勤してた。
店からアパートまでは坂を下るのだが、
件のサイトウさんと二人乗りで爆走したりしたので。
須坂=坂必須
みたいなイメージがある。長野市に向けて坂を下っていくイメージで、住んでたアパートの外階段から微妙に長野市の夜景が見えた。微妙にね。
坂ばっかり(ネット検索すると「すべからく坂=すざか」というのも諸説の中にあるらしい)が語源なのかと思ってましたが
市内にある【墨坂】という地域が語源というのが最有力説らしい。
雪に関してはそこまでの豪雪地帯というわけでもないのかもしれない。駐車場の雪かきをたまに…いやまあまあしてたかな。それでも埼玉県民の俺が普通に運転してたしな。
高速を使うと金が掛かり、国道18号等の下道で行くと8時間とかかかる。
そこで見つけたルートが菅平を突破するというもので。
これだと5時間ぐらいで春日部に戻れるので、かなりの頻度で使っていた。
スキー場があるような山なので、山道は雪がかなりあり。
除雪車が片付けたであろう大量の雪は両側に壁になり、温泉宿みたいな建物の外には凍りついたエスティマが埋まっていた。
「あの車走れんのかしら」と心配していたけれど、車種が分かるぐらいの埋まりっぷりってことはたまに動かしてるって事なのか?
あの車完全に死んでると思ってたけど今思うとね。
菅平のイメージと、雪かき。あと初めてスタッドレス履いて積雪の市街を一冬走った事で
須坂(長野)=雪
というイメージも強いな…。
真夏もいたんだけれども。
さて。
塩川という地域にあるアパートが社宅として与えられた。
果樹園(りんご)の隣りにある3階建ての新築でもないけどまあ…って感じのアパート。壁は薄い。
店まで自転車で10分もかからない、車なら5分てところか。
アパートのすぐ裏に牛乳屋さんが経営するというホテル。応援の社員はここに泊まっていた。
俺は転勤初日からアパート。カーテンもない部屋で不貞腐れて寝た…かな、男だから気にしなかったか。正面はホテルの壁だし。
近所にはソースカツ丼が名物の…フグとか?食べられる割烹【加治川】さん。
こちらがボリュームあって美味しかったのでよくお世話になりました。つけっぱなしのTVを背に置いてあるイニシャルDとか読みながらカツ丼とか定食とか頂いてました。
仕事の後に飲んでたら、昼間にメガネ売ったお客様と隣の席になって絡まれたり?もしました。絡まれたっていうとアレですが、楽しくお喋りでした。
冗談半分で
「高いの売りつけやがって」
とか言われてもリアクション取りにくいですからね。。。
国道406 号というのが近くを通っていて、現在ではもう無いけど
【はにわ】という居酒屋さん。
安くて美味しい店だった。
【わらじコロッケ】
という成人男性の足ぐらいの大きさのコロッケが名物で、これで生ビールが仕事の後は最高でしたね。
今もあれば家族で行きたいけれども。系列店とかないもんかね。
その隣にあったレンタルビデオ屋。なんつったっけ…
こちらも眼鏡屋退職して数年後に行ったら無くなってたな。
アパートの部屋の電波が悪いのかアンテナが悪いのか、ほぼほぼテレビが映らない(砂嵐状態で、TBSだけが白黒に近い画質で映る)ので、長編のアニメとか借りてきて掛けっぱなしにしたりしていました。
とにかく長いモノを。
ということで借りて来た【銀河英雄伝説】と出会ったのもこの頃でした。
大学の時に便所の落書きで散々オススメされてはいたんですけれども。自らハマりに行くスタイル。
四話ぐらい入ってるVHSをテレビデオでエンドレス再生。
レンタル期限が来たら次を借りてきてまたエンドレス再生。
最終話まで見たらまた第一話から借りてくる。
みたいなのを1年弱繰り返していました。結構面白くて文庫の小説全部買ってしまった…。
寮を引き払って春日部に帰るときもビデオをレンタルしていて。
荷物に入れてそのまま帰還してしまったので
どうしましょう。
みたいな。
他にも居酒屋さんが駅や店の近辺に結構あり、新店オープン時は応援で東京から出張の皆さんと飲み歩いたり、皆さん帰ってからは長野エリアの皆さんと飲み歩いたりしたものです。
自分が辞める時は【ハーツ】というバーで送別会やって頂きました。ありがとうございました。
長野エリアは最盛期で四店舗ありまして、
(須坂オープン時は若里(長野市)・信州中野・須坂の3店でした。後に徳間(長野市)がオープン)
現地採用社員のヤマグチ、コバヤシ、ミヤシタ(3人は男)と…あと女性社員が2人いたが1人は名前が出て来ないな…。販売苦手で割と早く辞めてしまったんだっけか?
中野の店長がヤマグチさん。親しい人にはグッさんと呼ばれていて体格は確かに芸人のぐっさんに近いかもしれない。兄貴肌で接客も技術もある。眼鏡屋適性が高い人というイメージ。この話にはあまり出ない。
コバヤシさんは確か一つ年上ぐらいの人で酒と女が好きな細身のイケメン…でもないけどお洒落でモテる感じ?の人だ、東京では何度か一緒に仕事しているが、この物語ではあまり出て来ない。後日徳間の店長になる、んで、俺が辞める時に須坂の二代目店長になる。この辺もこの話ではあまり触れない。
ミヤシタさんは同い年。ホンダのSM-Xという車に乗っていた。この話には…あまりでないかな。長野エリアのラウンダーとして回っており、ヤマグチさんの舎弟的存在?
女性社員は…まあいいだろう、この話には出てこないし可愛いけど俺の事嫌いっぽいし…知らんけど。サクラさんというラウンダーが1名もう一人はすぐやめてしまった。
須坂のオープン時にはパートさんが3人いた。コダマさんとウノハラさんと…1日で来なくなった人と…。
ウノハラさんは体調不良で退職したので一緒に働いたと言えるのはコダマさんぐらいだな。
コダマさんは落ち着きのあるしっかりした女性というイメージ。俺と同い年なので当時24とか?
二人で店番してるとお客様に
「夫婦でお店やってんの?」
と言われたりした。
真面目で美人なんだけど好みってのはあるんだよね…手を出そうとか無かったもんね、我ながら不思議。
いやマジで性格も良かったしな。不思議なもんですよね、元カノが他に好きな男出来たって俺を捨てたけど、俺が先に裏切っててもおかしくないんだよね。
まあでもやっぱり…好みの問題なのか。或いは人種の違いみたいなものがあったのかもしらんね。女性社員が俺を好きじゃなさそうで、その人らと仲良かったわけだから俺も彼女を「なし」て本能がアラート出してたとかね。
いや、俺の辞書に裏切りの文字はない。
そういう事にしておこう。
そうそう、ウノハラさん(人妻・セミロングの黒髪が似合う美人)に教わったのが
「須坂カッタカタ祭り」という単語。
土曜だったか日曜だかにお店が空いてたので
「今日暇っすね〜」
と言ってみたら
「今日お祭りだからみんな準備したり出かけたりしてるんですよ」
ですって。
眼鏡屋が20時までの営業なので祭には行けないし、俺は盆踊りとか踊ったりしない人なので話はそれで終わりでいいのだが世間話よ。
「お祭りあるんですか、いいっすねタコヤキとか食べたいすね」
と話に乗ってみると
「須坂カッタカタ祭りといって、この辺の夏の風物詩的な、かなり大きいお祭りなんですよ」
との事、俺のタコヤキの件はガン無視。そう、誰も俺の意見など求めてはいないのだ。
「カッタカタ…?」
何だそれは。
「カッタカタです」
何でも、須坂市は文明開化で織物みたいなのが盛んだったとかで、その織り機の音から取ったらしいですが、そんな事知る由もない俺からしたら
「ケツから手ぇ突っ込んで奥歯カッタカタいわしたろか?的なやつですか?」
としか言いようがないじゃないですか?
「怒られますよ」
「ごめんなさい」
そんな感じでした。
駄目だ長すぎる。文体もグダグダだら、だら?
詳しくは眼鏡屋編に譲ることにしましょう。
つづく。
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