HImaP&Σ わたなべまなぶ
2023/12/09 8:21
Facebookの投稿で、SNSで自分自身が主人公と思い込む主人公症候群について。
それに傷つく人もいるという内容の投稿での話にコメントしました。
わたなべまなぶはものすごくこれで主人公症候群?(笑)確かに記事では主人公はわたなべまなぶなんです。
主役は自分自身で自分自身を褒め称え、自分自身の価値を自分自身で上げてる。
ハードルを高く見積もるやつ(笑)
でもさ、ぶっちゃけそれについて嫌気やわたなべまなぶに対してダメ出しして評価を低くする人達はつまりわたなべまなぶに執着心あるか、たまたまに固執してわたなべまなぶの言葉や記事に不服を感じてしまっただけの相手側の勝手な心理だと思うんです。
主人公気取りでわたなべまなぶが語っても、それに対して、誰かを攻撃してるわけでもない。敵意も害意も悪意も何もないわけですしね。(笑)
僕って偉いでしょ?素晴らしいでしょ?って自分自身で言う人です。正直な話。
でも、それも人それぞれの価値観ですし、それを自ら言うの話ではないとか、格が低いとか、そういうのは受け取る側の人が自分自身の心理的な評価をして納得しただけ。
つまりはその評価は自己評価であり、わたなべまなぶの自己評価とは違うもの。
わたなべまなぶからは他人評価というべきか?
それに自分自身を肯定してる内容で自分自身を主人公気取りしててもそれは誰にも被害を与えないもの、つまり被害を受けたという人は勝手に自分自身の立場と心理でそれを自分自身の中で作り出したもの。
ケースバイケースで案件であるから、絶対的にこれで正しい弁論ではないですのであしからず(笑)
この投稿では、こうコメントしました。
主人公であることに悪気はない。人間は常に自分自身が主役と思い生きているんです。
つまりは、主役なんて滅相もないって言う人もそういう自分自身の考え方が正しいと思い込んでる自分自身が主人公なんです。
ですが、人を傷つけるのではなく、自分自身が主人公として生きてる中にも強弱や立場、心理的な勝ち負けの状態を無意識的にそれを思わせるからこそ、その人は傷つく。
傷つく心は、その人に心理的に負けている、もしくは立場上負けている、そのことで圧力がかかったなど、被害を受けたのだろう。
ただ、ここで言う被害は加害者とした主人公を語った人は害意はない。害意ない場合はこれにもケースバイケースではあるが、害意、敵意、悪意ない場合は、傷ついた人側の勝手な負け意識での損害。
例え方が合ってるかはわからないけど、俺から言うと、風景を観て勝手に寂しくなってしまったと同じ原理ではないだろうか?風景は悲しみや寂しさを与えてないのに、自分自身の心理がそう思考したような出来事ではあると思う。
しっかり主人公気取りは俺はいつもそれです。SNSでも現実でも。
ただ人に害意や敵意、悪意はないし、そうした思考や心理はないのだから、傷つく人は立場上、自分自身の立場、心理的な負けを感じる思考、そんなものを直感的に自分自身の心が感情がそれを作り出したんでしょうね。
よく、主人公を語る人間の輝きに悪意も害意も敵意もなくても、人はその態度や言葉に鼻につく嫌気を出したり、妬み、嫉妬、僻み、逆恨みなど自分自身の心のなかでそれを作り思考してしまうのかも。
名言があります。
幸せなやつに勝てるやつはいない。
これがその通りで同等な幸せの人は主人公を語る人に同感や共感や褒め称えることはあれど、嫌悪感は浮かべない。だが、心理的に自分自身に負け意識があれば、嫉妬や嫌気や怒り、僻みが生まれ、勝手に傷つきます。
これは狙って被害を与えてるわけではないのでケースバイケースでの案件内容と言えますが、この場合はほとんど加害者とされる人は加害者ではない。被害者が勝手に被害者意識を心のなかで作り出したものです。
つまりは紅葉の季節に風景を観て、綺麗で素晴らしいと見えてそう思う人もいれば、なんか秋から冬になる寒さに風景と相成って寂しく感じる人もいるが、それは自分自身の内側が勝手に想像して作り出した感情。
主人公を演じた語りに傷つく人はそれに似てると思います。
自分自身も主人公になり輝くことをおすすめします。いや、自分自身こそがもっと主人公だと言わしめるマウントではないですが、優位に感じればただ幸せになれるだけ。
この件については弱さゆえにとか、強さゆえには関係ないと思います。
まー俺は説明不足が嫌なのでついいつも長文でコメントします。
言わないと伝わらないと感じてる。察して理解してほしいけど、言わないとわからない人間が多くいることを学ぶからつい説明をきっちりしてしまう。
逆に言えば、この主人公を語る人で傷つく人も察する能力が高いから負けを意識的に悟り、嫌気や嫉妬を浮かべて自分自身が傷つくのかもしれません。全ての案件でそれが言えるとはいいませんが。
そんなふうにコメントしたわけです。
反論や異論は人それぞれ個性があり、主観が違うわけで、正否を決するような内容ではありませんのでそれを理解して察してほしい。
ここのコメントでも言ったけど。
人間ってどんなに能力が高くても人の思考が100%理解したり、意思疎通が出来ないからこそ、言わないと理解されないことがある。
だからこそ長文です。
このコメントでつまりは短文で。
主人公気取りでも悪くないとか。
傷つく人は自分自身の心がそれを作ってるだけ。とかではやっぱりコメントの受け取り方が変わります。
よくあるのが論破ってのはわたなべまなぶはするつもりはないが、論破されることを嫌う人達はいます。
それは実は正論を認めたくはないけど、正論をいわれるとぐうの音もでなく、あとは負け犬の遠吠えみたくなる。
だからきっちり説明されるのを嫌う傾向がある。
長々と語る、書くやつめんどくさいとか。時間の無駄とか。自分自身の都合しか考えてない。
まさにそれも自分自身が主役だからこその身勝手な思考と言えますよね。
関係者ではなく、読む必要もないなら読まなければいいだけ。
読んでおいて長いとか、小難しいとか嫌気やダメ出しはつまり、その読み手の主観なわけです。
語り手は特に自分自身の好きなように語ってるだけ。
こういうことを言うから反感をかうのかもね。(笑)
わたなべまなぶって自分自身が幸せだから、自分自身こそが一番の主役気取りでいつも語るから、その読み手は鼻につくとか、嫌味を感じてしまったケースはあるのかもね。
子供がごっこ遊びで主人公をやってるのが気に食わない人って大人でもいるのかな?
大人同士で主人公気取りのわたなべまなぶの自己満足に、ケチつけて嫌味が効いてしまう大人の人達もいるのは確か。
あくまでいつも語り手のわたなべまなぶの独壇場の主人公気取りなので。
皆さん気になさらずに。(笑)
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