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2023年10月01日14:09

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秀長が生きていれば の雑感

豊臣秀長が長生きしていれば、豊臣政権は長く存続したのだろうか
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/3a2626d1cc5390cb70311e9a4714910dc7835f46

秀長は「秀吉に対してもモノが言える人物」というイメージが強いけれど、具体的に秀吉に諫言したというエピソードが残っているわけではない。もちろん諸大名と秀吉との取次役として、細々とした取りなしは行っていたのだろうけれど、秀吉の大方針にまで意見できたのかというと、そんなことはなかったのではないか。秀長が存命だったとしても、大方針である朝鮮出兵は止められなかっただろうし、千宗易の失脚も止めらなかっただろう。

秀長存命だった場合は、朝鮮出兵の司令官は秀秋ではなく秀長になるだろう。四国や九州での大規模な戦役での司令官経験のある秀長は、秀秋よりは優位に戦を進めた可能性は高いが、やはりどこかの段階で必ず起こるであろう、明軍の参戦によって進軍を止めざるを得なかっただろう。

また朝鮮で指揮を取らねばならない以上、日本国内での秀頼誕生→秀次失脚の流れも止められなかっただろう。男子に恵まれなかった秀長は、秀次の実弟の秀保を婿養子にしている。秀保は秀次切腹の数ヶ月前に急死しているが、その死因はハッキリしていなくて、「乱暴狼藉を繰り返した挙げ句に 側近に殺された/天罰で死んだ」みたいな話もある。殺生関白として切腹に追い込まれた秀次の流れと似ているわけで、何となく勘ぐってしまうところはある。

秀長自身も非の打ち所がない人物というわけではなく、カネに汚いことでも知られていて、九州戦役で麾下の諸大名に兵糧を割増価格で売りつけようとしていた。それは秀吉に止められたはずなのだが、それでも死後に城内から莫大な金品が見つかったことを考えると、様々な手段で蓄財に励んでいたのだろう。

そんな秀長が朝鮮戦役の司令官になっていたら、やはり何かしらはやらかしていたはずで、そこを追求されると厳しい立場に追い込まれていただろう。吏僚集団に帳簿合わせされたら、多分言い逃れできない。

朝鮮での戦況は思わしくなく、嫡男秀保はおかしな立場に追い込まれていて、自身にも悪癖がある。そもそも秀長は長生きできたとして、身を保つことができたのだろうか。結局変わらないのではないかなと思わなくもない。
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