8月は1日から激務が続き、休日出勤も何日もした。
なので溜まりに溜まった振休を消化する事にした。
烏丸発6時2分、梅田行きの準特急に乗車。
1300系で、まだ通勤時間には早いから空いている。
ここ最近は、Der Zibet及びISSAY、Eins:Vierばかり聴いていたから、気分を変えてGuniw Toolsを流してみる。
西院を過ぎて地上に出ると、西の空が暗い。
真っ黒な雲に西山が覆われている。
東の空は朝日が眩しく照している。
6時35分、淡路に到着。
駅前のファミマでお茶を買い、JR淡路へ。
6時45分発おおさか東線大阪行きに乗車。
車輛は勿論、221系の6輛。
6時51分、新大阪に到着。
新幹線改札を抜けて20番線に上がると、6時59分発広島行き「こだま839号」が停車していた。
車輛は700系電車7000番台「ひかりレールスター」で、かつて山陽新幹線でフラッグシップとして君臨した車輛。
しかし、「ウエストひかり」を抜本的に発展させ、2000年に鳴り物入りでデビューした700系電車7000番台「ひかりレールスター」も、今や都落ちで「こだま」運用がメインになっており、新幹線の栄枯盛衰を感じる。
「こだま839号」が発車して、鹿児島中央行き「みずほ603号」が入線。
車輛は、山陽新幹線のフラッグシップたるN700系7000番台。
5号車9番A席に着席。
指定席は2列×2列シートで、グリーン車並み。
山陽新幹線はトンネルが多い。
神戸の北側の山をトンネルで貫いて行く。
新神戸を過ぎて、明石の辺りは平地を行くが、姫路を過ぎると山また山。
岡山から少し平地を走るが福山からはまた山。
瀬野八をもトンネルで抜けて広島に到着。
マツダスタジアムが見える。
広島からも山。
トンネルをひたすら抜けて行く。
徳山の辺りで重工業地帯が見えたが、再びトンネル。
すぐに新下関を通過し新関門トンネルで九州に上陸。
トンネルを抜けたら、そこはもう小倉。
9時35分着。
小倉で下車して、北九州高速鉄道。
所謂、北九州モノレール乗場を目指す。
改札を出たら、銀河鉄道999の車掌がいた。
モノレールの改札には、競馬の広告。
改札内には、またもや999が。
9時50分発の企救丘行きに乗車。
北九州高速鉄道1000形電車で、大阪のモノレールに比べ駅間が短い様な気がする。
小倉の町を抜けて郊外に出ると、田畑と家とで、何となく彩都線を走っている様な錯覚を覚える。
10時9分、企救丘に到着。
ここから日田彦山線の志井公園まで徒歩で移動する。
5分程で志井公園。
近くにプールがあり周りは賑わっていたが、志井公園駅は寂しい限り。
10時19分、日田彦山線田川後藤寺行きが到着。
日田彦山線に乗車するのは1996年2月以来3度目。
車輛はキハ47の2連。
次の志井で殆どの乗客が下車してしまい、貸切状態。
呼野の辺りにセメント砕石所が見えた。
日田彦山線も石炭など鉱物資源を運ぶ為に牽かれた路線。
随所に面影がある。
採銅所等は、まんま過ぎる駅名。
小倉行きの列車の待ち合わせをする為に、少し停車する。
広い構内は、石炭輸送が活発だった頃の面影を今に伝えている。
程なくして、キハ47の2連で小倉行きがやって来た。
香春の辺りには太平洋セメントの工場がある。
まるで町全体が太平洋セメントの工場の様だ。
田川伊田を過ぎて10時58分、田川後藤寺に到着。
キハ47がずらりと停車している。
実に、懐かしい風景。
27年前と変わらぬ風景が、ここにはある。
田川後藤寺で、平成筑豊鉄道糸田線に乗り換える。
今回の遠征の目的は、平成筑豊鉄道に初乗車するのが第一。
糸田線は、元は国鉄糸田線で1989年10月1日に、伊田線、田川線と一緒にJR九州から平成筑豊鉄道に移管された路線。
何れの路線も、筑豊炭田から産出される石炭輸送のために建設された。
しかし、石炭から石油へ。
エネルギー革命で筑豊の炭鉱は寂れに寂れた。
勿論、それを輸送する路線も寂れ、大赤字路線へと落ちぶれて行った。
11時20分、直方行きが発車。
夏草の生い茂る線路を走って行く。
田川の町を抜けて行く。
彦山川に沿って淡々と走り11時33分、金田に到着。
福智町の中心駅であり、平成筑豊鉄道伊田線との接続駅であるが、駅前は淋しい。
食堂は勿論、スーパー、コンビニの類いも存在しない。
駅に隣接して車庫があるから、がたごとと云わせながら列車の入れ換え作業をしている。
車庫の奥には、400形401+402「ことこと列車」が停車していた。
本格的なフレンチを頂けるレストラン列車で、一度乗車してみたい。
12時4分に行橋行きが到着。
発車は12時10分。
3線になった線路の一番左側を走る。
そして一番右側の糸田線が単線で、田川後藤寺に向けて離れて行った。
伊田線は全線が複線。
1911年(明治44年)に複線化されており、石炭輸送の重要路線だった事が解る。
車窓に香春岳が見えて来る。
一ノ岳は、石灰石採掘により平らに削られてしまっている。
そして二ノ岳、三ノ岳が桂林の山の要に並んでそびえている。
炭坑節の「一山 二山 三山 越え」の歌詞は、香春岳の三っの峰にちなむそうだ。
12時23分、伊田線の終着、田川伊田に到着。
先程乗車して来た日田彦山線と接続する。
ここから行橋までは田川線となる。
田川線は単線で、上伊田までは日田彦山線と同じ線路を走る。
田川線は、筑豊の集積された石炭を苅田港などへ運搬するために敷設された路線。
周防灘に注ぐ今川に沿って走っている。
勾金で直方行きと交換。
段々と勾配がきつくなり、平地が狭まって来る。
石炭輸送華やかりし頃は、石炭を積んだ貨車を何輛も繋げた貨物列車を、蒸気機関車の重連で牽引していたのだろう。
12時44分、油須原に到着。
油須原と云うと、日田彦山線豊前川崎駅から国鉄添田線(現・廃止)大任駅を経て油須原に至る国鉄油須原線が計画されていた。
結局、未成線となったが一部区間は上山田線に組み込まれ開業していた。
油須原線が接続する筈だった。
広い構内に、面影が見て取れる。
木造の駅舎は1895年(明治28年)開業の時のもので九州でも最古参の駅舎だと云う。
源じいの森を過ぎて勾配を下り再び平地へと降りる。
山の麓に寺が見える。
龍王寺と云うらしい。
崎山は長いホームが2本あり構内も広い立派な駅。
しかし、古びた駅舎は朽果てそうな雰囲気。
崎山を過ぎると、平坦な路線となった。
青々とした田畑に、黄金色をした稲が辺り一面に見える。
犀川で直方行きと交換。
今川が車窓に流れる。
今川を渡り日豊本線が迫って来る。
そして13時19分、行橋に到着。
折り返し13時33分発の直方行きに乗車。
JRの接続列車遅れで13時35分の発車。
新豊津を過ぎると山の麓に恩高寺が見える。
実にのどかな風景。
犀川で行橋行きと交換。
崎山から再び、山越え
ゆっくりと勾配を上がって行く。
油須原を越えて勾金で行橋行きと交換。
上伊田で日田彦山線と合流し14時37分、田川伊田に到着。
発車は14時45分。
14時58分、金田まで戻って来た。
淡々と平地を走る。
あかぢを過ぎると左側に筑豊本線が迫って来る。
813系電車がすれ違って行った。
南直方御殿口の手前で行橋行きとすれ違う。
15時22分、直方に到着。
これで平成筑豊鉄道の三路線を完乗した。
直方で下車し、須崎町商店街を抜ける。
そして筑豊電鉄の筑豊直方駅へ。
路面電車型の車輛を使用しているから、当然、地上駅だと思っていたのだが。
まさかの高架駅だった。
何となく、東羽衣駅を思わせる。
ちょうど筑豊電鉄3000形が到着する所だった。
15時34分、折り返しの黒崎駅前行きが発車。
吊り掛け式の重厚な走行音が響く。
遠賀川渡ると、地上を走る。
のどかな田舎の町を抜けて行く。
楠橋から車掌が乗車した。
意外にも勾配もあり、家が建っていたり山あいだったり。
何となく千里ニュータウンの中を路面電車で走っている様な気がした。
筑豊香月で筑豊直方行きとすれ違う。
16時17分、黒崎駅前に到着。
折り返しの筑豊直方行きは、かなりの乗車率。
瞬時に一杯となった。
黒崎駅構内に、折尾駅東筑軒の支店、東筑軒黒崎うどん店が入っていた。
遅くなったが、昼飯。
にて「かしわうどん」を頂く。
黒崎から、16時45分発の久留米行き区間快速に乗車。
811系の6輛編成。
割と込み合っている。
折尾で下車。
駅が建て直されて、全く面影が無い。
かつては鹿児島本線と筑豊本線が縦断するから、複雑な構内になっていたが、高架化されて面白味も無い、島式ホームが並ぶ駅になっていた。
辰野金吾設計と言われる重厚な旧駅舎も、解体されて今はもう無い。
各方面からの保存要望も、北九州市が予算を出すとも言っていたが、JR九州は話し合いのテーブルにすら付かず呆気なく解体した。
17時発の筑豊本線若松行きに乗車。
819系「DENCHA」で、この車輛は交流用蓄電池電車。
洞海湾に沿って走る。
この路線も、
石炭輸送の為の路線。
洞海湾の北側を走る。
海が見えて来ると終点の若松。
17時15分の到着。
かつて筑豊各地から輸送された石炭をさばく為に何本もの貨物列車が停泊していた操車場等は、駐車場やマンション等に姿を変え、旅客用の長いホームだけが当時の面影を残している。
駅前に、石炭輸送で活躍した9600形蒸気機関車が保存されている。
ただし、状態はすこぶる悪い。
そして、9600形のある公園に、猫さんがいた。
警戒しながらこちらを睨んでいる。
更に、9600形にも、猫さんがいた。
似たような毛並みだが、兄弟なのだろうか?
猫さんを撮影してから、若戸渡船の若松渡場へ歩く。
途中、ごんぞう小屋なるものが再建されていた。
この辺りはレトロな建物も多い。
石炭会館。
旧古川鉱業若松ビル。
旧三菱合資会社若松支店。
洞海湾の向かいには、ニッスイ戸畑ビル。
コスロケしたくなる。
漸く、若戸渡船若松渡場に到着。
17時50分出港の船に乗船した。
若戸渡船に乗船するのも11年振り。
2分で戸畑渡場に到着。
戸畑駅まで歩く。
駅前にイオンモールがあるから寄ってみた。
何故か北海道フェアをやっていた。
戸畑18時30分発の門司港行きに乗車。
813系の6輛編成。
18時38分に小倉到着。
モノレールが走って行く。
今日の泊まりは快活クラブ小倉駅南口店の個室204号。
晩飯はコンビニのパンでノンアルコール。
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