かつて、左利きの子供が、右利きに適応するため、箸の持ち方を変えるなど、矯正を受けてきた。近年、左利きから右利きへの矯正は減少傾向にあるという。
逆に野球では、1塁ベースへの近さから、左利きの方が有利といわれている。実際右利きの選手が、左のバッターボックスに立つため、少年時代から訓練を重ねる例は多い。米大リーグで2投流で活躍する大谷翔平は、右投げ左打ちだった。今左利きに対する見方が変わっている。
■小栗旬に小池栄子ら“左利き”芸能人が増える背景に“矯正”の減少、不便が残る一方で専用アイテム続々
(週刊女性PRIME - 08月15日 16:10)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=235&from=diary&id=7526246
�‖膾緝榲群�寺動物園の企画展「戦時中の動物園〜どうぶつたちのねがい〜」について
終戦78年を記念して、大阪府の天王寺動物公園内では、8月11日(金・祝)から9月10日(日)までの約ひと月に渡る日程で「戦時中の動物園 〜どうぶつたちのねがい〜」を開催する。中でも、戦時下の飼育員と動物達の交流を描いた短編アニメーション番組は、子供たちの心をひきつけた。他に戦時中に処分された動物達の剥製品や当時の写真や実物資料を展示している。
以下天王寺動物園の企画展ページ
https://www.tennojizoo.jp/event-info/17559/
戦時下において、食糧不足から、常に飼育種の餓死の危険が付きまとう。東京都台東区上野動物園では、戦時下で殺処分をされる動物を描いた絵本「かわいそうなゾウ」を通して、悲惨さを訴えている。天王寺動物園では、上野動物園と同じく、食べ物に毒を入れて、飼育種の命を奪ったという。本編20分から成る短編アニメ「どうぶつたちのねがい」では、ヒョウの飼育を担当した原春治氏を主人公に置き、命と向き合う日々を綴っている。
写真 掲載元 詳細記事 朝日新聞デジタル 2023年8月13日付け
https://www.asahi.com/articles/ASR8D5WCBR88OXIE034.html
戦争が激しさを増すにつれて、動物園の飼育種の面倒を見るゆとりがなくなっていた。原さんは、日本軍から、担当するヒョウに毒餌を食べさせるように命令を受けた。毎日接してきた飼育種の命を簡単に奪うことはできない。現に匂いを嗅ぎ取って、毒餌を食べなかったという。猛獣ヒョウを見過ごせば、空襲で施設が破壊された際、町に出て、人々に危害を加えかねない。実際ヒトに慣れたヒョウは、猛獣と同一視できないという。動物園側にも命令に従わざるを得ない事情があった。運営資金の不足から、餌代を含め維持管理費を工面できなかったのである。原さんの代わりに、同僚がヒョウの首に輪をかけて、殺害した。最後まで抵抗した証に、壁には爪跡が食い込んでいた。
戦争の悲惨さを、アニメを通して、子供たちに教育をすることにより、平和の尊さを伝えることができる。
現在戦時中のウクライナでは、隣国への動物の移送プロジェクトなども行われている。首都キーウにある動物園では、2022年春先は一時休園したものの、同年6月から再開された。空襲に備え、動物と共に飼育種が避難するシェルターを用意しているという。第2次大戦を経験した世代が高齢化するに連れて、当時の経験をいかに次の世代へ伝えるか、課題になっている。ロシア軍によるウクライナ侵攻の前にも、「シリア内戦」アルメニアとアゼルバイジャンの係争地「ナゴルノ・カラバフ紛争」、「スーダン内戦」など、世界各地で紛争は度々起きていた。いかに戦争を回避しながら、平和的に国境や民族問題を解決するか、人類は大きな課題を背負っている。
以下 私自身が2013年8月13日(火)に訪問した際、一眼レフデジカメで撮った写真
写真=羊コリデール種 写真=フンボルトペンギン

写真=シマウマ 写真=ホッキョクグマ

以下 天王寺動物園について書いた日記
2020年10/30(金)GOTOトラベル、SNSで話題の動物達 フタコブラクダ 人と旅するネコ パンダのシャンシャン 欧州で感染第2波 第1章 天王寺動物園で暮らす高齢のフタコブラクダより
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1977373857&owner_id=32437106
以下 ウクライナの戦時下の動物達を描いた日記
2022年3月24日 戦時下の動物達(前編)、ウクライナの自然環境と動物園移送プロジェクト、日本の里山を代表して東京都八王子市長池公園 トモエガモ夫婦
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984678746&owner_id=32437106
2022年3月27日 戦時下の動物達(後編)ウクライナのキーウ動物園と桜が咲く平成タヌキ合戦ぽんぽこの舞台多摩丘陵の自然と開発計画
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984703057&owner_id=32437106
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=7524208
�◆ �NHKダーウィンが来た!レポート>
今回のテーマは、NHK日曜午後7時30分から放送されているお茶の間の人気番組「ダーウィンが来た!」のレポートである。2006年4月に放送開始以来、17年4ヶ月目を迎えた。紹介するのは、番組放送4年目となる2010年10月に放送されていたライオンである。アフリカのサバンナを舞台に、乾季が長引く中、怪我を抱える一匹のオスライオンに焦点が当てられていた。地球温暖化現象により、乾燥化が進むにつれて、サバンナの水不足は深刻化する。百獣の王ライオンの知られざる一面を明らかにする。
写真出展:NHK番組放送
番組レポート gooブ 株式会社林自動車 社長ブログ 2010年10月12日付け
https://blog.goo.ne.jp/natsu0515co/e/6dfb2dbdb88fc7c75c312b0096e81dfc
直近動物関連日記 2023年7月22日
古生物と現生動物(翼竜とライオン)九州地方で最古となる翼竜の化石が発見される サバンナのオスライン、壮絶な生涯、他ドイツの首都ベルリンでライオン騒動 東京日野市多摩動物公園のライオンバス
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1985540481&owner_id=32437106
タイトル 乾燥地帯を生き抜け!ライオン一家の長い旅
百獣の王ライオンは、肉食獣で最も強く、自分より体の大きいシマウマやヌーなどをしとめる。肉食動物で最も体が大きく、群れの団結力もあり、生態系の頂点に達する一方で、大きな苦労を要する。地球温暖化現象で何日も雨が降らず、水辺が干上がってしまうと、飢えと戦いながら草食動物を追って移動する。身体の大きいスイギュウを襲って、激しく抵抗されると、手負いのライオンが生まれる。私達が知らなかったライオンの旅を紹介する。
第1章 乾きと闘う動物達
今日の舞台は、タンザニアのほぼ中央部に位置するルアハ国立公園である。乾季の真っ只中の9月、小高い丘の木陰に、8匹の大人のメスと、13匹の子供からなるライオンの群れが見つかった。群れの子供は生後3ヶ月から1年まで、年齢が異なっていた。取材陣は13匹の子供のうち最も小さい生後3ヶ月の子供に興味を示した。現地の言葉で子供を意味する「ムトト」と名づけた。ライオンの群れの周囲には、荒野が広がり、生き物の姿は全く見えなかった。絶食状態が続く群れは、体温を奪われないようにじっと動かずに休んでいた。
当り一帯には1ヶ月ほど前まで一本の川が流れ、草食動物が集まり、ライオンの狩りの格好の場となっていた。ライオンの群れから離れた地点で、わずかに水辺が残り、キリンが水分を補給した。やがて、数百匹の群れを成すスイギュウが押し寄せた。巨体を維持するため、スイギュウは一日に40リットルの水を飲む。
スイギュウに水場を占拠される前に、カバが立ちはだかり、大きな口を開けて威嚇した。カバの肌は乾燥に弱く、水に浸からないと、体温が急激に上がってしまうのだ。数で勝るスイギュウは、角を振り上げながら、先客のカバを追い出し、残った水を飲み干した。
ライオンのムトトの家族もようやく行動を開始し、スイギュウが群がった水場に向かった。最初に気付いた一匹が、メスライオンを前にして、角を突き出し、カバと同じように追っ払った。スイギュウはたっぷりと水分を取り、再び移動を始める。
他の動物達は、川の上流を目指して進んでいく。ゾウの家族やクーズーが列の先頭に立ち、スイギュウが最後尾をいく。
ライオンのムトトの家族は、スイギュウが去った後の水場に向かうが、もう干上がってしまった。
喉の渇きで息絶えたキリンの死体をハゲワシとジャッカルが奪い合っていた。ムトトの家族がキリンの死体の前に現れると、ハゲワシは慌てたように飛び立ち、ジャッカルも避難する。生きている動物を襲うライオンだが、餌不足に陥れば、死肉を漁る事態に陥る。
ライオンは縄張り意識が強く、移動距離を伸ばすと、他の群れと遭遇する危険がある。ケンカになれば、縄張りの主に軍配が上がる確立が高い。
とりわけ、生まれたばかりの子供が群れにいると、移動距離が伸びれば、エネルギーの消耗が激しく、多くの食べ物が必要となる。他の群れのライオンに追っ払われて、餌を確保できなければ餓死の危険が高まってしまうのだ。
ライオンと比して草食動物の場合は、赤ちゃんは、母親の胎内である程度大きくなってから誕生する。生まれて5分以内に立ち上がり、1時間もすれば走れるような仕組みが備わっていた。
肉食のライオンの場合は、草食動物に比べると、成長の差が大きく異なっていた。赤ちゃんは小さい状態で生まれるため、まずは地面に掘られた穴で過ごさなければならない。群れの大人から餌をもらい、生まれて数日して、初めて巣穴から顔を出す。巣穴の周辺で兄弟同士で取っ組み合いをしたり、追いかけっこをしたりして、足や腕の筋肉を鍛える。草原を歩けるようになるまで2週間かかり、長距離移動には4ヶ月を要する。
川はなぜ消えた?
今日の舞台ルアハ国立公園の南側にグレートルアハ川が流れる。乾燥の厳しい場所に水をたたえ、豊かな恵みを動物たちにもたらした。川床にナイルワニが潜み、水分補給する草食動物の不意を突いて襲った。周辺の木々からカワセミの仲間が、川にダイビングして、小魚をとる。
草食動物から爬虫類、鳥類まで引き寄せるグレートルアハ川は、近年乾季に干上がるようになった。地球温暖化が進み、乾季に極端に雨が降らないことが一因と考えられる。川の上流は、乾季でも多少雨は降るものの、人口の増加で、水田開発が進んだ。水田が増えれば、川の水は搾り取られる。下流に行けば行くほど水の量が少なくなり、中流付近は干上がってしまう。21世紀になると、旱魃がますます厳しくなり年間100日以上も川が消える事態が起きた。
タンザニアの政府が、生態系の変化に気付き、国立公園内での開発を一切禁止し、田んぼに水を引く量も規制した。タンザニア政府の取り組みは、数年立てばはっきり分かるはずである。
第2章 ライオン一家の試練
10月、雨雲が沸き起こり、辺りが薄暗くなった。一時的に雨が降ったもののすぐに雲が通り過ぎてしまった。大地を潤すことはできず、周囲はいまだに枯れた植物がまばらに生えていた。ゾウが、本能的に水がしみこんでいる場所を見つけると、長い鼻を使って地面を掘り出した。ゾウが掘った穴から湧き出した水に他の草食動物もありついた。
一方、小さい子供を抱えるライオンのムトト一家は試練続きだ。ムトトは生後4ヶ月を迎え、ようやく長旅についていけるようになったが、獲物が見つからず、お腹をすかしている。ムトトの群れから2km離れた地点でようやく水辺が見つかった。スイギュウやイボイノシシ、レイヨウの仲間が喉の渇きを癒した。ムトトの群れも水分補給し、木陰で諸休憩した。
群れは元気を取り戻し、8匹のメスが狩にでかける。ムトトは、木陰に潜み、大人の狩りの様子を見物する。メスの視線の先に、スイギュウの群れがいた。体の大きいスイギュウに警戒を強め、8匹はそれぞれ散らばって、木陰に身を隠しながら様子をうかがった。作戦として、まずスイギュウの群れを取り囲み、四方八方から飛び掛って、混乱に陥れるのである。感のいいスイギュウがライオンに気付いて足音を立てると、他の仲間も急いで逃げ出した。8匹のメスライオンは、茂みから飛び出し、地を這うようなスピードでスイギュウの群れに突っ込んだ。異なる方向から飛び出すライオンに脅えたスイギュウは、足が乱れだした。スイギュウの群れがちりぢりになると、動きの鈍いものをとらえる。力で勝るスイギュウに対して、メスライオンは背後から一匹が飛び掛り、牙を立てた。左右から飛び出したメスライオンもスイギュウに踊りかかった。スイギュウが倒れるまで、ひたすら歪めで皮膚を引っかいて、尖った牙で噛みついた。勇気のあるメスライオンは、スイギュウの角を怖がらずに喉元にくらいついた。急所が走る喉を噛み切れば、出血死させることができ、短時間でしとめることができる。
ようやくスイギュウの息の根を止めたが、狩りの代償は大きかった。角を振り回すスイギュウの激しい抵抗にあい、一匹のメスは両足の皮膚が裂けて血がにじみ出ていた。
一方で狩りに加わらなかったはずのムトトは、右足を引きずって立てない状態だった。混乱に陥ったスイギュウの群れがやみくもに走る余り、木陰に隠れていたムトトを踏みつけたようである。ライオンの試練として、怪我を負っていようが、群れの掟に従わなければならない。仲間が食べつくす前に、ムトトも肉にありついた。
ご馳走をたっぷり食べた家族は、すぐにその場を去り、小さく助走しながら岩を踏み台にして飛ぶように崖を上った。後ろ足を骨折したムトトは立ちすくんだ。群れの仲間は崖の上からムトトを見下ろしていた。ムトトは、助走を付けることができず、蹄を立てながら崖に這いつくばった。足に力が入らず、すぐに落ちてしまう。崖から降りてきた兄弟が、ムトトに擦り寄った。励ましを受けたムトトは、足場のいい場所を探し、前足の歪めで草を掴みながら体を支えた。左前足が崖の天辺に届き、右前足を伸ばして、体を持ち上げ、苦労をしながらも上りきった。ムトトの負った傷は大きく、骨が砕け、足が完全に曲がっていた。乾季が長引けば、移動も多くなり、体に大きな負荷がかかるに違いない。
ある日のこと、餌を食べていたムトトの群れに、見慣れないオスが現れた。タテガミがフサフサし、肩に筋肉が盛り上がり、いかにもリーダーの風格が漂うオスである。オスは、ムトトの群れがしとめた獲物を奪うため、右前足を叩いて、メスに攻撃を加えた。この強そうなオスとの戦いを避けて、群れは餌をおいたまま立ち去っていった。重症を負っているムトトは、一行に遅れがちだが、しがみつくように付いていった。
第三章 ライオン一家 苦渋の決断
厳しい乾季が続くタンザニアのルアハ国立公園は、例年よりも雨季の訪れが遅くなっていた。日差しが容赦なく照りつけ、生き物たちの体力を奪っていった。草食動物はさらに川の上流へと移動を始めた。ムトトを抱える群れは、移動をあきらめ、じっとしていた。雨が降らなければ、脱水症状が起こり、命を落す事態になりかねない。
やがて家族は移動の決断を下した。ムトトは、足を引きずりながらあえぎ声をあげる。群れの仲間は、ムトトの様子を見るが、構っている暇はなく、草食動物を追いかけてずんずん進んでいった。左足だけで体重を支えるムトトは、体が限界に達していた。右足を引きずって歩くため、砂地に一本の線が刻まれる。すっかり弱り果てて、その後行方が分からなくなった。
7ヶ月に及んだ乾季が終わり、例年より1ヶ月遅れて本格的に雨が降り始めた。一気に植物が芽吹き、川に水が戻り、わずか1週間で湿潤な土地に生まれ変わった。国立公園内に水鳥が飛来し、岸辺に群がった。砂漠を移動した草食動物は水浴びをし、疲れを癒していた。飢えを凌いだライオンが、木陰から草食動物の様子を窺い、狩をする。雨季の5ヶ月間、ルアハ国立公園は生き物達に潤いをもたらす。
百獣の王ライオンは、強い群れを維持するため、手負いの仲間を見捨てる決まりがある。ムトトは、群れの掟に従い、家族と足並みがあわなくなっても、辛うじてついていった。短期間での移動が続き、ついには一行から遅れて、消息が分からなくなった。生き残ったムトトの仲間は、群れの団結を強め、狩りから子育てまで役割を分担しながら行う。雨季に多くの獲物を獲得できれば、5ヵ月後に迎える乾季を乗り越えることができる。天候不順に左右されるライオンの運命は、人間の営みに深く関係している。人口増加に伴い、川の水が田んぼに奪われ、厳しい乾季に動物達はますます水不足に陥った。タンザニア政府が危機感を察し、ようやく開発の禁止を呼びかけた。しかし温暖化が進み雨季の訪れが遅くなると、川の水位が極端に下がってしまう。タンザニアのルアハ国立公園で繰り広げられる命のドラマは、我々人間次第で大きく変わっていく。
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