HImaP&Σ わたなべまなぶ
2023/07/04 17:15
この前の、自由って何かみんなで考えよう
の記事の続編
ワタクシ事ではありますが、機会があった方は読んでみてください。
幸せってのは、一人で出来上がるものじゃない。
たとえ一人の状態でもひとりでも生きてく上でひとりではない。
そこです。
わたなべまなぶが幸せで今は最高って言ってる状態も、他の人が幸せかどうかは別なのです。
たぶん、前の記事を読んだ人は、わたなべまなぶの状態をすんなり幸せとは言えないだろう。
本人が幸せってなら今は幸せなんでない?って人の感想がほとんど(笑)
そうなんです。本人が幸せ過ぎることを感じてる状態。
遡ること10数年前。
わたなべまなぶはまだ28歳、地元帰郷して、三ヶ月に一回の定期検診で健康のままだった。
まだ性欲もあり、結婚願望も、彼女の理想もあったのです。
そして、実家から一人暮らし願望あって、家具や生活空間にもこだわりあり、給与も理想はあった。
ここまでは実はね。理想を追って若かった。まだ希望に満ちて、その理想は叶うと信じてた。
だがね。自分自身では窮屈な心に気付く隙間も無かったのよ。
それが崩れていった。今思えば、今の幸せの状態まで少しずつカウントダウンだった。
持病だった腎臓が悪化しとうとう透析になるように向かった頃、一切、尿が出なくなった。その頃から性欲が激減していった。その経過で精巣が働かなくなり、精子が作られなくなった。
その当時は絶望だった。瞬く間に、イメージとしては結婚願望は断絶され、自分自身の子供が作れないことを知る。
一つ、剥がれ落ちた幸せ。そして、経過後訪れたのは性器の感度も落ち、刺激依存もなくなり、エロビも必要なくなる。
そして、仕事が透析患者になりどこに行っても、パートタイマーしか出来ないこと。
それで理想としてた一人暮らしや生活の家具やそういう夢が崩れ去る。
一つ、剥がれ落ちた幸せ。
健康だったのに透析患者になった。水分制限があり、顔も浮腫み、腕の変形。
一つ、剥がれ落ちた幸せ。
入院中、頭がおかしくなった。
こうなるぐらいならいっそ殺してくれと。そうも思ったほど。
この絶望は当時は凄かったのよ。友人も兄も母も知ってる。
死ぬ気でいた。治療も受けず薬も飲まず、引きこもりになり、食べ物さえ食べなくなった。
でも、両親と兄に強制的に治療のため病院に連れて行かれる。
首から鎖骨にかけて、太い針を指して、管を通す、そこから血液透析を急きょ行うんだ。
それが何ヶ月続いたか。
頭がおかしくなってたから変なことも言ったりしてた。死にたいとか、こんな感じで今後は生きてくのか?
絶望しかなかったんだよ。
でも、生き続けるしかなかった。死ぬ勇気なんてなかったし。本音では死にたくはない。
でも、かつての健康な状態を思うと苦しかった、辛かった。
毎週3回も透析し、当初は水分制限も厳しい。俺は守ってなかったけど。でも、健康な時と同じように飲むと死ぬほど苦しくなった。水分が尿として出なくなったからだ。
今までのように加減なく飲めば、それは透析でも引ききれず、死ぬほど苦しくなるから。
ねっわたなべまなぶの人生をここだけ書くと、皆さんはやだなって思うでしょ?
今は幸せだって信じられないだろ?
そして、退院した。
ぽっかり心に穴が空いたような日々だった。
イオンに買い物に行った際、高校の同級生がイオンに別会社として入ってた。イオン紋別店に、そこで同級生が誘ってくれた。だからイオンに面接に行く。どうせ、落ちるだろうと思った。過去に紋別市に帰郷したとき、ボロクソなイメージで辞めたから。
もう雇われないと思ったんだ。もともとダメ人間だしさ。
まーもともとダメ人間だから、夢を描いたほとんどが健康な状態でも叶わなかったかな。
そこで少しずつ、幸せな人間関係に恵まれて、良かったんだ。透析生活で国からの障害年金とイオンの給与で、その頃は仕事では明るかった、そう装ってたんだ。
でも、空っぽでさ。何も得られずに生きてる自分自身に愕然として生きてた。
今思えば、幸せな環境だったのに。
仕事は至って真面目にやってた。裏方であり、周りの人の恩恵にしか恵まれてなかった。当時は真剣に仕事しててわかってなかったけど。
手を抜くとこは抜いて上手くやってた。真面目に真剣に。
そして、少しずつ生きる喜びも得た。そして、私生活のプライベートは空っぽだったから、ほぼ遊ばないし、貯金は増えていった。
そして、少しずつちょっと身体が俺よりも状態が悪い女のコが一人、そこで頑張ってた、それも自分自身はまだマシだと思ったんだ。
でも、自分自身とその子だけしかいないのが会社に腹が立ってさ。
人を増やしてもらおうと画策したんだ。
でも、やっぱりちょっとやり方間違ってさ。
部署異動になってさ。そこでも上司に恵まれたけど、些細な口喧嘩しちゃって。
【俺なんてここで働かなくても年金入ってるのでやっていける。そんなに無理難題のようなことを言うなら辞めてもいいんです。そういう無理難題とか言わないでください】とか生意気言ったのよ。朝オペって部署で朝イチ品出し。でも、ビールや酒をやってたんだけど。簡単でいいはずなのに、重労働でね。しかも、上司の言うことを聞いてやってたけど、遅い、遅いと頑張ってもついてけなくてさ。
仕事が楽しくなり真剣で生きてる楽しみが増えた。このイオンに間接的にきっかけを作ってくれた同級生とも喧嘩してさ。天狗になってきてたんだよ。
だからか、部署異動を店長にお願いしたんだ。
そして、また異動になった。
そこでやっぱり何もわからなくてさ。遅いとか言われて、ちょっとキツイことも言われて、でも耐えてた。頑張ってたんだよ。
でも、主任ではなく社員の先輩に【お前がいると空気悪いしわかってるのか?もうここの部署は辞めろ。】って言われて堪えたことがもう爆発しちゃってさ。もうここではやれない。
総務の部長に辞めますと電話して、イオンに行かなくなった。当時は腹が立って、辞める用紙にも文句たらたら書いちゃってさ。
今は反省。それもこれも恩恵だったことは内緒だけどわかったよ。恨んでない。感謝してる今は。みんなに感謝してる。人の厳しさの裏に暖かさあったことは今はってか大分前に知ってる。
それでまた喧嘩辞めしちゃって。紋別市では急に理由なく辞めてた。なんでだろな?全容知ってる人いる?なんか誰かが犠牲になってるような雰囲気を感じたのよ。
わたなべまなぶって本当にダメ人間の能力なしだけど、人脈ならたぶん一番持ってる。
それは俺の本来の性格を知ってくれてる人達が味方してくれるからなんだ。
そして、辞めてから、すぐに母がもう仕事しなくていいよ。父もそうだ。家にいれ。兄は学は仕事しないでいれるならいいじゃんと言ってくれてさ。
母や父はこの狭い紋別市でさ。わたなべまなぶが行き場もない、狭い街で迷惑かけて、世間体や噂も怖いからもう家にいて、年金で生活しなさいってことでね。
程なくして、病院の看護師達も一年くらい経過後、もうアルバイト探さないのかい?
って聞かれて探しません。無職でいます。って冗談と本気まじりにいう。
俺は仕事やっぱり探してやろうかな?って、母が猛反対して、もう俺には仕事やる能力がないって。
そんな言い合いになり、俺だって無職のほうが都合いいから、もうやりません。それでいいんだなって喧嘩で啖呵切る。
そして、コロナが広まりだすんだ。
幸せを得ては失い、失いながらもまた得ての繰り返しだった。
兄が自分自身の趣味で一円パチンコに急に誘われた。わたなべまなぶは昔からギャンブルはしない。空っぽだった俺に兄が遊ぶ楽しみを教えたかったのか?
一円パチンコしたんだ。そして、初めて大当たりを引いた時、楽しさよりなんか泣けてきた。あぁー人生って楽しいな。って泣くの堪えたけどね。感動しちゃった。そうだなって俺には家庭はないけど、兄貴が居るじゃん、次兄も独身貴族だしさ。両親と喧嘩すれど、仲良くもあり。俺には家庭は無理だったけど。温かい家族あるじゃん、居るじゃんってね。
んで、話は少し過去に戻るけど。
性欲が無くなり、エッチな動画を見なくなる。その寂しさは少しあったが、自分処理や女性の性を欲しがる欲求が無くなり楽なのを知り始めた。男性ではなく、ただの男になった。正直、若者にはわからないだろうけど、性欲がずっとないのは楽でいいのよ。(笑)
幸せが一つ増えた。
そして、結婚願望はなんか独り身を決意した時無くなったし、性欲が無くなったせいか、独り身を楽しめるようになる。
幸せがまた一つ増えた。心が身軽になった。
仕事が無くなり、やらなくていいと諦めた両親や兄。仕事しない無職を世間体気にしてた俺は、無職を続ける内に楽しむ人生に変わった。
幸せが一つ増えた。気がつけば、金に限りはあるけど、自分自身遊ぶ分の金には困ってない。
今ではだからさ。
人生で一番幸せで楽しく過ごしてる。
両親が働けなくなったらまた次のことを考えよう。
一度の人生、許される無職なら精一杯楽しく生きよう。
心のこだわりをはぎ落とし不幸があり、でもその空っぽの中から一つ、また一つ。
気がついたらわたなべまなぶの今のところは、人生最大の自由を本当に謳歌してる。
両親に感謝、兄に感謝。友人に感謝。今まで関わった知らなかった恩恵に感謝御礼を申し上げます。
わたなべまなぶはさ。一見見るとクズ人間なんだよ。
無職で自由で金にも余裕ある。
けどさ。幸せだよって言ってる俺の経緯聞いたら、みんなどうさっ?
幸せで居させてもらえる恩恵はあるけどさ。
幸せを感じて生きるってのは
その時の幸せってのは不幸もあっての今だよ。
心を自由に
状態で窮屈に思う人生だって時にはあるさ。
わたなべまなぶのクズ人生も経緯で今は輝いてる。
両親には負担かけてるよ。わかってる。今後はどうなるかわからない。支えることも考えてます。全力でね。
嘘話じゃないからね。作り話ではない。全てが実話です。
皆さんも死にたくなるくらい辛い時があるはず、その先に幸せは必ずあると信じよう。
恩師達に感謝をまた伝えようと思います。
HImaP(暇な今を学と遊ぼうプロジェクト)&Σ(総和連合会)代表 わたなべまなぶより
皆さんの心の自由と幸せをもっと開拓しよう。
不幸が人生にあったほうがいいとか言わないからね。ないなら、ない方がいい。
たまたま、わたなべまなぶには必要なことってあるんです。必然的にね。
ではまた。
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