大河『家康』長篠合戦の勝利の要因は鉄砲だけではなかった!? 織田・徳川連合軍の意外な勝因 識者が解説
https://news.yahoo.co.jp/articles/7199b34d79750be484de761fe589c7be36e52d19
奥歯に物が挟まったような書き方の記事なのだけれども、要するに
・織田方が窪地に陣取ったため、武田方は相手の兵力を直観的に把握できなかった。
・織田方が全く攻勢に出ることなく陣地構築を開始したため、武田方は「織田方は小勢で戦意なし」と判断。
・「数で優勢なこの機を逃さず、決戦を挑むべし」と、鳶の巣を下りて対陣した
みたいな話。その後は
・酒井忠次の強力な別働隊が、手薄になった鳶の巣を奪取。武田の後方を遮断。
・未だに織田方が小勢と考えていた武田方は「別働隊にかなりの戦力を割いているのだから、織田方の本陣は手薄」と判断。酒井隊との挟み撃ちを食らう前にと攻撃を開始した。
と繋がる。まぁなるべく推論を控えたかったのだろうけれど、それにしてもスッキリしない書き方だよなと。
ヤフコメに「鉄砲が使えないレベルの雨が降っていたらどうなっていたのか」みたいなのがあったけれど、結局のところは「優勢な戦力が待ち構える野戦陣地に真正面からぶつかってしまった」のが武田の敗因なので、鉄砲の有無は決定的な差にはならないだろうと。
織田方は弓矢も相当数投入していたし、(武田騎馬隊の実態はともかくとして)雨は馬での移動にも影響を与えるわけで、やはり雨であっても同じような展開になったのではないか。
まぁ強雨で戦場が混乱すれば、それに乗じて戦場からの脱出に成功する武田の武将は増えたかもしれない。真田信綱が生き残っていれば、昌幸も武藤喜兵衛のままで、信之や信繁も武藤氏だったんだろうなと。
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